東京都のデジタル化を支える組織であるGovTech東京。そのCTOを務める井原正博氏が薦める書籍をご紹介。ヤフーやクックパッド、起業を経てGovTech東京に来た井原氏。「スーパーエンジニアしか採用しない」という時期を経て、今は「一人ひとりが幸せだと思えるような組織」を目指していると語る。その過程で読んだ本とは?

ヤフーからクックパッド、起業を経てGovTech東京へ
私は大阪府出身で、兵庫県の関西学院大学の経済学部出身です。だから、コンピュータサイエンスを体系的に勉強したことはないんです。就活をするときに、「物を作る仕事に就きたいな」と思って、コンピュータのプログラムに取り組むことにしました。当時はまだコンピュータサイエンスを教えている学校は少なかったですし、会社に入ってからプログラミング教育があるという感じで、徳島県のジャストシステムを受けて、そこに入社しました。
それから3年半ぐらいして東京に来て、ベンチャー企業に在籍しました。その後、ヤフーに8年、クックパッドに5年いて、そこから自分の会社を起業して9年半ぐらいやっていました。その会社は他の人に委ねて、GovTech東京に入りました。

去年(2024年)の元日に妻の母親の実家のある能登半島にいたんです。そこで地震が起きて、被災して4日間過ごしました。その場所は震度6弱ぐらいだったのですが、耐震とか免震とかがない古い家だったんで、倒壊はしなかったけれど建物としては全壊で。今はもう取り壊しました。
家は倒壊しそうなので、そこを出て避難所へ行きました。地震が起きたのは夕方だったのですが、その瞬間にバーンと、電気、インターネット、電話回線などが全部落ちるんですね。一次情報を発信する役所の方も被災しているので、無理なのは分かるんですが、何も情報がなくて。「あそこの道が崩落しているらしい」「封鎖されるらしい」「このまま東京に戻るルートがなくなる」という情報が、全部伝聞なんです。その後、なんとか東京に戻ってくるんですが、そのときにやっぱり「情報にアクセスできるかどうか」っていうのいうは、本当に人の生死を左右するんだなというのを痛感しました。自分はITしかできないけれど、「いつか東京でこうしたことが起きるとしたら、何かしらその前に対策をするために役に立ちたいな」と思ってGovTech東京にやって来たわけです。
ちょうど起業した会社も、自分が代表をやって引っ張っていけるのはここまでかなと思っていたタイミングでもあったので、会社を譲ってGovTech東京に参加しました。震災がきっかけというよりは、震災を経験したのが後押しになったという感じですね。
裏側の仕組みを理解しておくことも大事
「ポインタは、他の変数のアドレスを内容とする変数であり、Cでは頻繁に使用される。その一つの理由は,それが時として計算を表現する唯一の方法であるためであり、もう一つの理由はこれで他の方法で得られるより通常はもっとコンパクトで効率的なプログラムが書けるからである。」
最初のジャストシステムに就職が決まったときに読んだのがこの『プログラミング言語C』でした。当時は途中で挫折したのですが……。ポインタの箇所で挫折しましたね。ポインタというのは、メモリのアドレスという住所みたいなところを、ポインタで指すという概念なんですが、「何だこれは?」と理解できなくて、それを乗り越えられないまま就職しました。入社してから研修やOJTでしっかり教えてもらいました。
今はもうC言語を学ぶ人は多くないと思います。ただ、Go言語とかRustを学ぶにしても、C言語のような低レイヤーの仕組みを理解しておくのはすごく大事なんですよ。C言語って、メモリを自分で操作しないといけないんです。例えば「こんにちは」という文字列を作るだけでも、10バイトのメモリを確保して、最後の終端文字のためにさらに1バイト確保して……という作業が必要になる。とても大変です。でも、今のRubyやPHPなら「str = "こんにちは"」って書くだけで済むじゃないですか。

ただ、そのとき裏側で何が行われているのかを理解しておくことは大事です。普通に動いている間はよいのですが、何かトラブルが起きたとき、それを理解していないと原因を特定できない。車だって、動いているときは問題ないけれど、壊れたときに仕組みを知らないと直せないのと同じです。ウェブサービスやデジタルサービスも、動かなくなったときに「どこを直せばいいのか分からない」と困る。
だからこそ、基礎的な知識を持つことはすごく重要なんですよ。今さらC言語でプログラムを書く場面は多くはないかもしれません。特にウェブサービス系のエンジニアはほとんど書くことはないでしょう。でも、だからこそ学んでもいいのではないかと思うんです。
『プログラミング言語C』は、当時は特に分かりやすかった一冊です。今はもっといろいろな本がありますが、C言語を作った人たち自身が書いた名著で、当時はこれ一択だったと思います。自分がITエンジニアの道に進むきっかけになった本です。当時は途中までしか読まなかったけれど(笑)。
継続する良い組織を作るための考え方
「第五水準の指導者は二面性の典型例だといえる。謙虚だが意思が強く、控えめだが大胆なのだ。」
『ビジョナリーカンパニー2』は、クックパッドに入ったときに読んだ本です。「100年続く企業をどうやって作るか」という話で、アメリカで100年続いた企業をジム・コリンズというコンサルの人のチームが分析して書いた本です。ジム・コリンズは、P.F.ドラッカー、サティア・ナデラと並んで、世界で最も影響力のあるビジネスシンカーの1人です。
前編の『エースをねらえ!』のときにも話しましたが、「時を刻むのではなく時計を作れ」と。自分がエースになるのではなく、価値を提供し続けられる企業を作るにはどうすればいいのか、そういう話が書いてある本です。
企業というバスにどういう人を乗せるべきか。1席空いているときに、誰を乗せるのか? 乗りたくない人を乗せてもいけないし、乗るべきじゃない人を乗せてもいけない。同じゴールに行く人じゃないと。逆に、乗るべきじゃない人を降ろさないといけない場合もある。そういう厳しさが必要になることもある。良い組織、継続する組織を作るのに必要とされる考え方を学べた本だと思います。

クックパッドにいたときは、本当に自分の方針に合った人しか入れませんでした。少なくとも自分より優秀な人しか入れなかった。あまりに面接で落とすから、エージェントが人を紹介してくれなくなったほどです。当時は、超スーパープレーヤーしか入れないような組織を目指していました。後々、それが良かったのですが。
当時重視したのは、「とにかく何でもいい。一点でもいいから、今いる人の誰も持ってないものを持っている」ということでした。その人が入ると、やっぱりその分野ですごく成果を出すんですよね。だから周りから尊敬される。一個でもいいから誰にも負けない自信があれば、他は負けても精神的に楽ですよね。
当時、クックパッドのエンジニアだった人は、今もほとんどどこかでCTOをやっています。クックパッドをそんな会社にするための採用ができたのは、この本を読んでいたからだったのかもしません。
もっとも、自分の会社を始めたときはまた違いましたけどね(笑)。小さな会社ですし、別に給料がすごく良いわけではない。どんな会社でもそうですが、最初からすごい人が来るわけないし、来てくれるだけでありがたいですよね。だから今は、超スーパープレーヤーだけを求めていません。同じゴールを一緒に目指したいと言って来てくれたメンバーたちと、最大の成果を出したいと思っています。
普遍的な本質。自分をマネジメントできるのは自分だけ
「マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。貢献する責任である。権限ではなく、責任がマネジャーを見分ける基準である。」
マネジメントって、「マネージャーがやるもので、自分はマネジメントされる側だ」と思っている人がいますが、自分自身をコントロールできるのは自分だけなんですよ。他の人には絶対にできなくて、状況を前向きに捉えるか、ネガティブに捉えるかも自分次第です。だから役職に関係なく、すべての人に役立つ本だと思います。
「ドラッカーぐらい読んでますよね?」とマウントされることもありますから(笑)、読んでおいてもいいかもしれません。でも、この本は本当に本質を言い当てていますし、時代が変わっても普遍的に役に立つ内容だと思います。
ドラッカーの本もいろいろありますが、なにしろ『エッセンシャル』で『基本と原則』ですから、この本から読むのがおすすめです。

他にも、お薦めしたかった候補の本があって。もう亡くなってしまわれましたが、ラグビーの平尾誠二さんの本で『人は誰もがリーダーである』(PHP研究所)という本。ラグビーって、試合のときに監督はグラウンドに下りないんですよ。試合になったら、監督はスタンドから見ている。だから、一人ひとりがリーダーシップを持って進んでいく。そもそも、リーダーという役職ではなくて、あなたが自身のリーダーなんですよ……という話でした。
やっぱり、みんなに幸せに生きてほしいんですよね。やりたいことをやって生きていこうと。もちろん、自分のやりたいことだけをやれるわけではないのですが、それでもやりたいことをやろうと。そうしないと成果も出ないし面白くないでしょう? 何かをやらされる人生ではなくて、自分で選んでやる人生の方が面白いはずです。そう思って本を読んで、せめて自分ぐらいは自分のことを認めてあげたいですよね。「俺、頑張ってるよね」って思って人生を歩んでほしいし、みんながそう思えるような組織を作りたいと思っています。
GovTech東京は今もエンジニアを募集中です。とにかく手を動かす、設計してアプリを作るという人が必要です。東京都って本当に幅が広くて、行政関連の手続きだけじゃなく、海、山、教育、介護……とやるべきことはたくさんあります。行政こそ、本当にエンジニアが必要なフィールドだと思います。東京都って、下手をするとちょっとした国より大きな組織なので、やるべきことは本当にいっぱいあるんです。
取材・文:村上タクタ/写真:尾関祐治(人物)、スタジオキャスパー(書籍)/構成:西 倫英=日経BOOKSユニット第2編集部


