大物作家やタレント、経営者などに書店で1万円を渡し、自由に買い物をしてもらう──。そんな夢のようなYouTubeの企画が、本好きの心に刺さり、人気を集めている。チャンネル『出版区』を運営するのは、出版取次大手のトーハン。動画にたびたび登場してゲストの読書家たちの話を巧みに引き出し、動画編集まで手掛けているというトーハン社員の「カメラマン青木」さんに話を聞いた。
試行錯誤の末に届いた「万バズ」
私は、トーハンのYouTubeチャンネル『出版区』で、映像ディレクター兼カメラマンを担当しています。よく「YouTube制作は外注ですよね」と聞かれるのですが、『出版区』は完全に自社制作のコンテンツ。企画・撮影だけでなく、もちろん動画編集まで全てやります。チームは3人体制。本当は毎週更新が大変で、外注したいのですが…。コストを考えると難しいです。
実は以前はシステム部門のSEで、出版流通に関わるシステムの開発を担当していました。一方で、働きながら放送作家の養成スクールに通い、個人的に「いつかラジオ番組をつくれたらいいな」と思っていたんです。
そんなこともあって、YouTubeチャンネルの新規事業に手を挙げ、今も一緒にコンテンツを作っている他の社員と、独学で動画編集のノウハウを学びました。そして社内で無事ゴーサインが出て、2021年8月にYouTubeチャンネル『出版区』が走り出しました。
今の『出版区』は、著名人に1万円を渡して書店で買い物をしてもらう『本ツイ!─本屋ついてって1万円あげたら何買うの?─』や、フリーアナウンサーの宇垣美里さんとタレントで俳優の片桐仁さんが本の魅力を語る『宇垣・片桐の踊る!ミリしら会議』、サブカルに強い芸人の永野さんと声優の鷹村彩花さんがディープな会話をする『永野・鷹村の詭弁部、はじめました!』など、アップすれば数万回、数十万回再生になる企画をいくつか持っています。ちなみに一番再生されたのは、宇垣美里さんが『本ツイ!』のゲストとして登場し、読書愛を爆発させて書店で買い物する動画で、119万回再生です(26年7月時点)。
ですが、立ち上げ当初は全く方向性が定まっていなかった。地方の書店を訪ねたり、「ぱんく青木」として自分が前に出ておすすめ本を紹介したり、あれこれ試してみましたが全く再生回数が伸びませんでした。今でも、1000回再生に届かない過去動画が残っています。
本の要約や著者の新刊インタビューでやっていくことも考えましたが、似たチャンネルが多くあって、差別化がしづらい。そんなある日、チーム内でテレビ東京のバラエティ番組『家、ついて行ってイイですか?』の話題が上がり、「著名人の書店の買い物に同行してはどうか」というアイデアが出たんです。
ちょうどホラー漫画家の伊藤潤二先生に新刊インタビューの予定があり、1万円を渡してヴィレッジヴァンガードでの買い物に同行させてもらったところ、公開週に再生回数が6000回超えに。チャンネルを始めて1年、それまで「どんなに頑張っても1週間で1000回再生を超えられない」という状況だったので、光明が見えた気がしました。それ以降はしばらく、『本ツイ!』の企画をメインに公開するという方向に切り替えました。
朝井リョウさんの出演が転機になった
YouTubeチャンネルの再生回数が伸びずに悩んでいた頃に読んだのが 『TVディレクターの演出術──物事の魅力を引き出す方法』(高橋弘樹著、ちくま新書) です。著者の高橋弘樹さんはテレビ東京のプロデューサー、ディレクターとして『TVチャンピオン』『家、ついて行ってイイですか?』などの番組を手掛け、現在はビジネス動画メディア『ReHacQ』を運営する、視聴者を引き込む映像を作る達人。この本では、高橋さんの番組作りに対するアイデアと工夫が明かされています。
実はこの本よりも前に、ある放送作家の方から 『「空気」の研究』(山本七平著、文春文庫) をすすめてもらったのですが、こちらは少し学術的な内容で、実践に落とし込むのが難しい部分があって。この高橋さんの本は、実際の番組作りの話でしっくり来たので、インタビューのスキルを実践的に学べて勉強になりました。ちなみに高橋さんにはのちに、『本ツイ!』にも出演してもらっています。
過去の『本ツイ!』で印象的だったのは、先日 『イン・ザ・メガチャーチ』(日本経済新聞出版) で本屋大賞を受賞した朝井リョウさんの出演回。90万回超再生とバズったのですが、これがまた1つの転機になったように思います。というのも、朝井さんが話上手なので、「作家さんって、こんなに話が面白いんだ」と、さらに多くの視聴者を集めるきっかけになったんです。以前はゲストを探すのも「10人に申し込んだら8人に断られる」くらいの確率でしたが、朝井さんの出演回以降は出版社やタレント事務所からの“逆オファー”も増えて、ありがたい限りです。
ファンダム経済を描いた『イン・ザ・メガチャーチ』は、「物語を通じて誰かを扇動すること」について考えさせられました。今や推し活だけでなく、リアリティショーや商品の宣伝をするにしても「ストーリー」が求められますよね。物語を使うことが人の心を搾取することにならないのか、そこに弊害はないのかは大きなテーマです。一方で、朝井さんは『本ツイ!』で書店を回る中で、人の優しさに触れるような本を紹介していました。物語にはそんな側面もあります。
なぜかいつも、読書家たちが名前を挙げる本
『本ツイ!』の撮影をしていると、不思議なことに、読書家のゲストたちが口々に同じ本の名前を挙げることがあります。 『スイマーズ』(ジュリー・オオツカ著、小竹由美子訳、新潮クレスト・ブックス) はその一つ。朝井リョウさん、声優でものすごい読書量の池澤春菜さん、宇垣美里さんの動画で登場しています。「そんなに名前が挙がるなんて、どんな本なんだろう?」と手に取ったところ、いい意味で期待を裏切られました。
市民プールを舞台にした物語で、認知症の女性の日々がつづられています。正直に言って明確な起承転結や、ハラハラ、ドキドキする展開はないんです。だけれど、「人生を走馬灯のように振り返ってみたときにこことここがつながるのか」「確かにこういう人生もあるな」と納得してしまう。
動画の視聴者からは「紹介されているのを見て読んでみたけれど、よく分からなかった」という感想もあって、それが小説というものの面白いところだと思います。私も10代の頃に読んでいたら、この作品の良さが分からなかったかもしれません。
もう1冊はモデルで俳優の莉子さん、お笑い芸人の伽説(ときどき)いわしさんが紹介していた 『水たまりで息をする』 (集英社文庫)です。
著者は芥川賞作家の高瀬隼子さん。高瀬さんは思考実験的な作品を書かれる印象がある方で、この作品は「ある日、夫が風呂に入らなくなる」という内容です。この状況がキャッチー過ぎますし、状況が面白い小説はどのページを読んでも面白い。普通なら「風呂に入らない夫」と和解して、無事に風呂に入ってもらって、心温まる結末…というストーリーが思い浮かぶと思いますが、そうはならないのが、この本の面白いところ。150ページくらいの作品なので、最後まで一気に読めると思いますよ。
取材・文/三浦香代子 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 撮影/小野さやか





