クルマ好きとしても知られる独立研究者の山口周氏。去年、ポルシェからプリウスに乗り換え、最近、トヨタ車のサブスクリプションサービス「KINTO(キント)」を利用し始めた。実は、サーキュラーエコノミーを実現するための1つの鍵となるのが「所有から利用へのビジネスモデルの転換」であり、その実験の意味もあるという。『必然としてのサーキュラービジネス』著者の磯貝友紀氏が山口氏にその意図をうかがいつつ、企業がサーキュラーエコノミーを実践していくためのヒントを探った。
トランプ再選は逆風、でも追い風もある
磯貝友紀(以下、磯貝):米国でトランプ政権が発足すると同時に、第1次政権のときと同じように再びパリ協定からの脱退を表明し、サステナビリティに対して逆風が吹いています。世界では、希少資源などを戦略的物資と位置付け、経済交渉の武器とするなど、保護主義や分断が進み、不確実性は高まる一方です。企業にとっては持続可能な原材料調達などサプライチェーンの強靱(きょうじん)化が急務となっており、その意味では、サーキュラーエコノミーにとって追い風になっているともいえます。
サプライチェーンを始点から終点まで見たとき、始点は原材料の「採取」、終点は廃棄などの「拡散」です。サーキュラーエコノミーとは、「採取」と「拡散」を最小化し、廃棄物の再利用や再資源化を駆使し、自然界にあるバージンの原材料の利用を極小化し、すでに人間界にあるものをぐるぐる回していくこと、と捉えることができます。
企業のビジネスを「採取」と「拡散」のフレームワークで整理していくと、サステナビリティの観点だけでなく、サプライチェーン強靱化という観点からも、サーキュラー化を必然的に進めなければならないと考えています。
山口周氏(以下、山口):人間は社会・経済活動の中で「採取」と「拡散」という2つのことを行っていて、地球の再生能力と人類の採取・拡散の帳尻を合わせていかなければ、サステナビリティは保たれない。そのためには、サーキュラー化、つまり今あるものをぐるぐる回すことが大事だというわけですね。
磯貝:その通りです。
「採取」と「拡散」の不確実性をいかに減らせるか?
山口:サステナビリティと同様にサーキュラー化もパッシブな印象、つまり規制があるから仕方なく対応するスタンスの人や企業が多いのですが、アクティブなサーキュラー化の例もありますよね。
磯貝:2023年に周さんと一緒に、欧州のサステナビリティ先進企業を視察しました。そのときに強く印象に残ったのは、オランダ医療機器大手フィリップスのサーキュラービジネスでした。フィリップスは、使用寿命を迎えたり、リース期間終了などで返却されたりした画像診断装置(MRIやCTなど)のサーキュラー化に取り組んでいます。顧客の医療機関から使用済みのMRIなどを買い取り、新品に準じる状態に整備・調整して、ソフトウエアも最新にアップデートして再び市場に出すリファービッシュ(整備済み中古品)事業のほか、部品再利用、素材のリサイクルにも力を注いでいましたよね。リファービッシュされたMRIの平均再利用率(重量ベース)は80%に達し、新品に比べて安く購入できます。
回収・リサイクルなどサプライチェーンの「静脈」だけでなく、設計段階でのモジュール化、リサイクルプラスチックやバイオプラスチックなどサステナブルな原材料の採用など「動脈」においてもサーキュラー化を十分に考慮しているところがポイントだと思います。
山口:「採取」においては、原材料が枯渇したり、規制がかかったり、資源や材料の価格が上がったり、地政学的な要因で手に入らなくなったりという変動が起こり得ます。「拡散」においても、規制によって廃棄できなくなったり、廃棄していることでブランドやレピュテーションが毀損されたりするリスクがある。これは企業経営で言うと、不確実性を伴う関数が2乗になるわけです。
2つの不確実性を減らすため、フィリップスのMRIの場合、拡散と採取のプロセスを自社のビジネスの中に組み込み、バリューチェーンのループを閉じてサーキュラー化したわけです。そうすれば、不確実性をかなりコントロールできるようになります。
磯貝:MRIは装置の中にある超電導磁石を冷却するために液体ヘリウムを使用しますが、液体ヘリウムは、カタールや米国など限定された地域でしか生産されていない希少物質です。そのため地政学リスクや生産国の生産・物流トラブルの影響を受けやすく、持続的な調達が困難になるおそれがあります。そこで、材料や設計を大幅に見直し、2022年にヘリウムフリーのMRIを開発しました。これも、「採取」の不確実性を除去した例です。
しかも、既存のMRIの液体ヘリウムは少しずつ蒸発していくため、定期的な補充が必要で手間とコストがかかっていましたが、ヘリウムフリーにしたことでユーザーの負担が大幅に軽減し、環境にいいだけでなく顧客からも喜ばれています。
日本でも、複合機メーカーは、リース、メンテナンス、回収、部品の再利用といったループをうまくつくり上げています。売り切り型ではなくリースにしてユーザーから利用料を取り、しっかりとメンテナンスして、製品が使用期限を迎えたら確実に回収する。メンテナンスや解体・再利用のしやすさをあらかじめ想定して製品設計しているので、再利用率も高い。ユーザーに所有権を移さずに、アズ・ア・サービス型にすることが、サーキュラー化の有力なやり方の1つといえるかもしれません。
プリウスのサブスクでどう感じるかを「実験」
山口:実は去年、クルマを乗り換えたんです。
磯貝:周さんはクルマ好きとしても知られています。確か、それまではポルシェに乗っていましたよね。
山口:はい。ポルシェからトヨタのプリウスに変えました。これが実にいいクルマなんですよ。それまでBMWやアウディにも乗っていましたが、もう比較にならないくらい素晴らしい。それで、プリウスの高いグレードに乗り換えようと思ったのですが、今、プリウスは売れすぎて受注を一時的に中止していて、販売店のほうから、トヨタ車のサブスクリプションサービス「KINTO(キント)」であれば用意できますと提案があった。サブスクといっても内装やシート、ボディカラーなど自分の好きな仕様が選べます。お仕着せのクルマしかないレンタカーではありません。月々の利用料は数万円(契約期間やボーナス払いの有無などで異なる)。最初は少し躊躇(ちゅうちょ)しました。けれども、これから先は「所有」よりも「利用」のほうにシフトしたほうがいいかもしれない。そのとき、自分がどう感じるかをちょっと試したい、これは実験だと思って3年契約を交わしました。クルマは4月に来るので楽しみです。
例えば、気になっているのは、サブスクでクルマの所有欲は果たして満たされるのか。僕の場合、会社から貸与されたノートパソコンにも、愛着を感じました。軍隊でも、戦闘機のパイロットは、自分が乗っている戦闘機を大事にするし、所有しているかどうかは問題にならないのではないかと思っています。
磯貝:実際に利用されてどう感じたか、また教えてください。
山口:実は、クルマや複合機だけでなく、サブスクだったらいいなと感じる製品はたくさんあります。例えば、エアコンやテレビなどの家電製品。テレビなどは外枠だけそのままで、中身だけ最新に入れ替えられるようにしてほしいですね。
磯貝:エアコンやエコキュート(電気給湯器)などは高額製品なので、サブスクに適しているのではないですか。定期的なメンテナンスも必要であり、リースやレンタルであれば製品寿命を迎えたら確実に回収でき、顧客を囲い込んでいるのでリプレース需要も取り込めます。
山口:僕はパナソニックの製品が好きで、家の家電もほとんど全部パナソニックなのですが、例えばこれらをパッケージでサブスク化して、メンテナンスも手厚くし、製品の性能のアップグレードも保証してという形にすれば、ライフタイムバリューがどんどん高くなります。それに応じて、顧客にポイントを付与し、スマホのマーケティングと同じように、他社に乗り換えたらポイントが消滅するようにするのも一案。サーキュラー化の実現においては、所有から利用へのビジネスモデルの転換が本丸になりますね。
企業がなかなかサブスクに踏み出せない理由
磯貝:ただ、企業幹部と話をしていると、アズ・ア・サービスやサブスクは、アイデアレベルでは出てくるのですが、「社内のケイパビリティーがなさすぎて、そこに踏み込めない」という話をよく聞きます。日本のメーカーは、販売代理店をちゃんとマネジメントできておらず、顧客接点やアフターサービスを任せきりにしているところが多いため、そうした弱気の発言につながるのかもしれません。
山口:ケイパビリティーなんて、最初はないのは当たり前で、実際にやってみないと獲得できないものです。
磯貝:家電サブスクの実現のしやすさで考えると、例えば、マンションと家電の組み合わせはどうですか。マンション1棟の全室に同じメーカーの家電を導入すれば、点検やメンテナンスも一気にできますし、スケールメリットもあるので月々の利用料もある程度抑えられます。
山口:家電サブスクが普及すれば、メーカーは製品の長寿命化に向けてさらに努力するようになるでしょう。すぐ壊れたら新品に交換しないといけないので、長寿命の製品ほど利益率が高くなる。つまり、サステナビリティやサーキュラーエコノミーとの親和性が高いといえます。
磯貝:売り切り型ビジネスでは、売り上げを増やそうと思ったら、製品をたくさんつくってどんどん売るしかありませんが、アズ・ア・サービスやサブスク型なら新規の製品製造の量を売り切り型より抑えられるかもしれません。
山口:今日の話をまとめると、ビジネスのサーキュラー化は企業にとってもはや必須であり、着目すべきは「採取」と「拡散」の最小化。予測不可能なことが次々と起きている現在、「採取」と「拡散」が経営を危うくする2大ファクターになってきている。どうすればその2つをマネジメントできるかというと、基本的にはどんどん採取して製品をつくり、使用後に廃棄していくリニア(直線的)なチェーンではなく、「採取」と「拡散」を最小化し、静脈も含めてバリューチェーンを閉じ、ループで回していくことが欠かせない。それを実現させるにはビジネスモデルの変革に取り組む必要があり、従来の売り切り型からサブスク型への転換が有力な選択肢となる。このように整理できると思います。
磯貝:わかりやすくまとめていただいて、ありがとうございます。
磯貝友紀(著)、日経BP、2420円(税込み)



