生成AIなどの新しい技術によって仕事の効率化が進んだはずなのに、なぜラクにならない? そんな皮肉な現実に疲れた人に、ぜひ手に取ってほしい一冊があります。退職学研究家の佐野創太さんの『 70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法 』(日経BP)です。佐野さんは、20代のときに頑張り過ぎて2度の短期離職→無職→出戻り再入社→介護離職というキャリアの紆余曲折を経験しました。それらの苦悩と向き合い、乗り越えたからこそ分かる、「70%で働く」ことの意味とは。

『70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法』(佐野創太著、日経BP)/画像クリックでAmazonページへ
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セルフ搾取的な働き方から抜け出す

「今日の感じなら、明日も行けそうだ」

 この、無理なく続けられる状態を保ちながら、日々の業務に当たることが「70%で働く」ということです。これまで私は、退職学(退職後も声を掛けられ続ける人物に成長する「最高の会社の辞め方」を体系化した実践法)の研究家として著作活動をしながら、1500人以上のキャリアや転職の相談に乗ってきました。働く個人の悩みというのは、社会の課題を映し出す鏡でもあるので、バラバラなようで共通する思いが隠れています。それが、「今の働き方をいつまで続けられるのだろう」という限界の訪れに対する不安です。楽しそうに働いているあの人も、頭の片隅では「今のままで大丈夫?」と思っています。悩みの多くは、「仕事を辞めたい」でも「もっとラクして稼ぎたい」でもないのです。

退職学研究家の佐野創太さんは、自身が全力で頑張り過ぎて働けなくなった経験から、「70%で働く」ことを提唱する
退職学研究家の佐野創太さんは、自身が全力で頑張り過ぎて働けなくなった経験から、「70%で働く」ことを提唱する

 現代社会は、常に全力で働くことを求めてきますよね。今期の目標を達成するとすぐ、来期の目標設定を上乗せされます。心も体も休まる暇がなく、まるで“無理ゲー”のよう。ゲームオーバーの予兆を感じながら、限界スレスレのところで働いている人も少なくないと思います。

 はたから見れば、取りあえず有休を取ってペースダウンすればいいのに、という状況に映りますが、本人はそれができなくなっています。なぜなら、仕事を次々にこなすとアドレナリンやドーパミンが分泌されるため、一種の中毒的な気持ち良さを味わっているからです。また、周囲から「いつも頑張って結果を出していてすごい」「君に任せておけば安心だ」と評価されれば、図らずも自己効力感が上がります。それでまた発奮することになり、休みたいけど頑張るしかない日々のループが続いてしまうわけです。

100%ではないからパフォーマンスを維持できる

 人生における就労期間は長く、一般的には20~60代の約40年間続きます。今後、年金の受給開始年齢がさらに後ろ倒しになったら、働く期間を延長せざるを得ない人も増えるでしょう。にもかかわらず、常に全力を求められる働き方は大いなる矛盾です。それに気付かずに全力を出し続けたら、私たちの息は続きません。

 だから、「70%で働く」という発想に切り替えていただきたい。生活用品の企画・製造・販売を行うアイリスオーヤマは、常に工場の稼働率を70%に保っていることで知られます。コロナ禍でマスク不足になったとき、30%の余力を生かして増産に対応したことも有名ですよね。老舗のホテルや旅館も、急なVIP客や常連客に対応できるように、あえて満室にはしないと聞きます。持続可能なシステムには、あえて100%にしない「余白」が組み込まれているのです。人間も、70%の稼働率がパフォーマンスの維持につながるのではないでしょうか。

営業成績が全国2位でも、心は“ボロ雑巾”に

 かくいう私も、かつては自ら“無理ゲー社会”のど真ん中を生きていました。2012年に新卒で人材サービスのパソナグループに入社して、営業職に就きました。小・中・高校とサッカーに明け暮れた体育会系なので、体力には自信があり、「とにかく物量を稼いで成果を上げよう」と頑張りました。いや、頑張り過ぎました。全国2位の営業成績を収めることができたものの、わずか1年でボロ雑巾のように擦り切れ、短期離職。120%で働いた典型的な悪例です。

 人って、120%まで振り切った極限状態だと、極端な二択思考に陥りやすいんです。私の場合は、「もっと頑張ってここに居続ける」もしくは「辞めるかしかない」という二択でした。恐らく、強いストレスと疲労で思考力が落ちていたせいでしょう。本当は、極端な二択思考をするときは、たいてい“詰んでいる”ときなので、休むことを選択するのが正解です。しかし、当時の私は完全にどうかしていたので、少し手を抜こうとか有休を取ろうという発想すらできず、「このしんどい働き方が40年続くのか…」と考えてしまいました。そんなのできるわけがない。もう無理だ。プツッと、糸が切れるように辞めました。

「自分はどんどん卑屈になっていくのに、職場は器の大きい人が多くて、非の打ちどころがない。極端な思考癖のせいで、『誰かミスしてくれないかな』と考えるまで追い詰められていきました」
「自分はどんどん卑屈になっていくのに、職場は器の大きい人が多くて、非の打ちどころがない。極端な思考癖のせいで、『誰かミスしてくれないかな』と考えるまで追い詰められていきました」

転職エージェントの門前払いで気付いた「自分の噓」

 会社を辞めて万事解決、とはいきません。頑張り過ぎる性格は、無職になったぐらいでは変わらないからです。実際、パソナを辞めて2、3週間後には、新しい職場で働き出していました。ところが、そこが心理的安全性とはほど遠い職場で、1カ月で辞めるハメに。すぐ、転職エージェントに登録して面談したら「あなたの経歴では登録できません」と断られました。短期間で退職を繰り返したためです。

 社会から門前払いを食らったような疎外感を味わいましたが、職にありつけなかったことで、立ち止まることができました。ずっと、うまくいかないのを社会や環境のせいにしていましたが、原因は自分にあるのかもしれない、とようやく自分に矢印を向けることができたのです。自分は自分にどんな噓をついてきただろう? 真っ先に思い当たったのは、噓をついてパソナを辞めたことでした。きつくて辞めたい一心だったのに、「社会貢献性の高い仕事をしたいので」などと取り繕って退職していました。

 この状況は、一回精算しないと気持ち悪い。思い切って当時の上司に連絡を取り、本当のことを告げて謝罪しました。すると上司は、「そんなことは分かっていた」と。「君がつらくなっているときに、いつも営業の電話を掛けているフリで仕事をしているふうに装っていたのも分かっていた」とも(苦笑)。私が誰よりも早く出社して頑張っていたことを知っていたから、これ以上無理をさせると潰れると思って本当は働き方の改善案も考えていてくれたのです。今も心から尊敬している人です。

「『社会貢献したい』と言って辞めたのって意味不明なんですよ。営業の仕事自体が、めちゃくちゃ社会貢献しているから(笑)」
「『社会貢献したい』と言って辞めたのって意味不明なんですよ。営業の仕事自体が、めちゃくちゃ社会貢献しているから(笑)」

どうして悪いことばかり起きるのだろう

 その上司が話を通してくれたおかげで、私はパソナに再入社できました。2013年の秋のことで、新規事業の責任者として求人のWebメディアの編集長となり、媒体を立ち上げました。それを業界3位の規模に成長させることができましたが、4年後、今度は介護離職を余儀なくされました。

 母がメンタルヘルスの不調に陥ってしまい、曜日も時間も関係なく、突然電話が掛かってくることが増えたのです。父や兄より、私を頼ってくることが多く、重要な会議や商談の直前にも電話が掛かってくることも多々ありました。このままでは、仕事に悪影響を及ぼしかねないと思い、辞める決断に至りました。

 「どうして自分には悪いことばかり起きるのだろう」。そう思わずにはいられませんでした。同世代の友人たちは皆充実し、楽しく仕事をしていました。転職して楽しそうに働いている人や、起業して経営者になった人もいました。それに引き換え、自分は2度の短期離職をした後に介護離職で、キャリアの行く先が見えない状況。前世でよっぽど悪いことをしたのか、とさえ思いました。そんなふうに、すべてを悲観的に捉えていたとき、1冊の本が私の目に留まりました(次回に続く)。

取材・文/茅島奈緒深 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか、スタジオキャスパー(『70%で働く』)