生成AIなどの新しい技術によって仕事の効率化が進んだはずなのに、なぜラクにならない? そんな皮肉な現実に疲れた人に、ぜひ手に取ってほしい一冊があります。退職学研究家の佐野創太さんの『 70%で働く 「もっと頑張る」から脱出する働き方の思考法 』(日経BP)です。佐野さんは、20代のときに頑張り過ぎて2度の短期離職→無職→出戻り再入社→介護離職という紆余曲折を経験しました。思うようにキャリアを積むことができず悩んでいたとき、解決のヒントをくれたのがさまざまなジャンルの本でした。
真逆の視点で思考がひっくり返った本
基本的に、私にとって本は「相談相手」で、悩んでいるときに手にする存在です。『 RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる 』(デイビッド・エプスタイン著、東方雅美訳、中室牧子解説、日経BP)に相談に乗ってもらったのは、今から4、5年前のこと。乳児だった子どもの世話に夢中になり過ぎて、仕事に身が入らず、思うような成果を上げられない時期でした。
どうしたら、子育ても仕事も全力でできるだろう。何事も極めたいタイプなので、中途半端な状況に悶々としていました。ところが、この本では「重要なのは『幅』で、人生で成功するのはスペシャリストよりゼネラリストである」といったことが書いてあったのです。当時の自分とは真逆の視点によって思考がひっくり返されて、世界の見え方が一変したように感じました。
世界は「親切」でなく「意地悪」
著者によると、専門性が武器になって成功しやすい領域は実は限られているといいます。例えばゴルフやチェスのように、ルールが明確で結果がすぐに出て、かつ、似たパターンが繰り返される領域です。技術を磨くにはトレーニングを重ねて努力することが近道で、そのシンプルさから学習環境は「親切」である、と分析します。
しかし、世の中の大半――ビジネスも経済も、医療も社会問題も、あらゆる状況が刻一刻と変わりますよね。予測不可能な出来事の連続で、明確なルールはありません。著者いわく、そうした「意地悪な学習環境」では、「『幅(レンジ)』が人生を生産的、かつ効率的にするための術となる」と。ある分野で得た知識を別の分野に応用することで新しい発想を生みやすく、それを武器にできる、というわけです。
もちろん、専門性がものをいう領域もあり、本書は専門性を否定しているわけではありません。ただ、現代のように変化の波が大きい時代には、幅広い知識を持っているほうが生存戦略として理にかなっていることを、教えてくれています。
一見関係のない学びが、成功につながった
本書を読みながら、あの成功体験は知識の幅を広げたおかげだったのか、とふに落ちた出来事を思い出しました。大学受験のときの話です。
私は一浪していて、特に小論文が苦手でした。小・中・高校とサッカーに明け暮れた“サッカー脳”で、頭の中に勝ちか負けかしかなく、出題文に対していつも持論で論破しようとしていたんです(笑)。予備校の先生に、「小論文は客観的な事実や論理を組み立てる力を見る問題だから、言い負かさなくていいんだよ」と諭される始末。そこで先生におすすめの小論文の参考書を尋ねたら、「そういった本は佐野君には向いてないな」と。代わりに「『〇〇入門』という本をたくさん読んで」と言われたのです。
『○○』に入るテーマは小論文以外ならなんでもOK。古典入門でも現代社会入門でも、倫理学入門でも、生き物の育て方入門でもいい、ということでした。どういうことだ? と半信半疑ながら、受験生向けにいろいろな話題を5ページずつぐらいで要約した本を見つけました。それが映画やドラマのハイライトみたいな感じで、すごく面白かったんです。そのシリーズを読めるだけ読んだら、本当に小論文の成績が上がりました。それだけではなく、なんと現代文と英語の長文問題の成績も爆上がりしたんです。読解力や思考力が付いたからでしょうか。自分でもビックリしたことを覚えています。

知識の幅は働きやすさにも通じる
この「いろんな知識を身に付けたら、現代文と英語の成績まで上がった」という現象は、仕事でも起きるものだと思います。
例えば、営業の人が情報技術や財務に関する本を読んだとします。すると、それまで耳を素通りしていた開発チームや経理部の要求を理解しやすくなりますよね。その結果、相手のロジックにハマる提案ができて、社内での仕事の通しやすさが改善することがあります。また、会議資料のコピー取りなども、単なる雑用としてやるのか、そこにある資料の内容に興味を持つかで差が生まれる。後者はおのずと関連情報を調べるなどして、知識の幅を広げていくからです。
キャリア論として考えると、担当外や希望していない仕事もやる意味は意外と大きいものです。将来、自分が任せられるプロジェクトで生かせるかもしれない。こうしたマインドセットを持つことは、「他人からやらされている仕事」を、「主体的にやっている仕事」として捉え直すことにも役立ちます。そして、「頑張らされている」と「頑張っている」では、仕事の疲労度が大きく異なります。やらされ仕事は短時間でも苦役です。
やりたいことが分からない人にもおすすめ
今やっている仕事の価値を感じられない人や、自分がやりたいことが分からなくて悩んでいる人にも、『 RANGE(レンジ) 知識の「幅」が最強の武器になる 』を読んでほしいと思います。
悩んでいるとき、自分の頭の中に答えが見当たらないから悶々とするわけです。ならば、幅を広げて外に出ればいい。一気に視野が広がって、自分の可能性や選択肢が広がる感覚を味わえるでしょう。深く思い詰めているときには、「答えはここにあるはずだ」と同じようなことを繰り返し考えて、視野狭窄に陥りがちです。だからこそ意識的に幅を広げることが、実は問題解決の近道になるのです。
そんなふうに考えられるようになったのも、本書のおかげです。以来、私は仕事で悩んだときは、「働き方」に関する本よりも、サッカー選手やミュージシャンの生き様、あるいは雑草の生態に関する本なんかを読むようにしています。専門外の領域ほど、そういうことだったのか! と膝を打ちたくなる答えが潜んでいるものです(次回に続く)。

取材・文/茅島奈緒深 構成/大松佳代(日経BOOKプラス編集) 写真/小野さやか
