「あのとき、あのひと言があったから私はここまでやれた」――判断に迷ったとき、仲間と協働するとき、人の行動を支えるのは「信じられる言葉」の存在だ。壁に貼られたビジョンやパーパスではない。個と組織を強くする言葉とはどのようなものか? リーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説した『 言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか 』の著者・梅田悟司氏が、共に言葉をつくり、その言葉で現実を動かしてきた経営者と語り合い、考える。対談シリーズ第1弾のゲストは、商用核融合発電所の実現を目指すヘリカルフュージョン代表取締役CEOの田口昂哉氏である。その前編。

 経営の資源は、ヒト・モノ・カネであると言われる。私(梅田悟司)は、もうひとつ要素を加えたいと考えている。コトバである。

 「ヒト・モノ・カネ・コトバ」である。

 なぜ、そう思うのか。

 企業の魂にあたる部分は、常に言葉によって語られ、理解され、広がっていく。経営者が何を語るのか。組織がどこへ向かおうとしているのか。社員が仕事の意味を、どう確かめ合うのか。そのどれもが、言葉なしには成立しない。そのため、言葉の精度にこだわることは、経営そのものにこだわることと同義であるとすら思っている。

 私は、コピーライターとして、企業のコミュニケーションやブランディングを支援している。しかし、広告で用いられるキャッチコピーのような言葉の制作を依頼されることは少ない。一方で、ミッション・ビジョン・バリューやコーポレートメッセージ、今後10年を指し示す言葉、採用に効く言葉に課題を持っている企業や経営者は増えており、こうした「経営の言葉」の開発を行っている。

 先に挙げたような言葉の数々は、個別に存在しているように見えるが、企業固有の「自社らしさ」が源泉となる。私は、「自社らしさ」を中心として言葉を設計し、社内外に伝え続ける営みを「コミュニケーション経営」と呼んでいる。そして、このたび、経営と言葉に関する書籍『言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか』(日経BP 日本経済新聞出版)を執筆するに至った。

 ただし、つくった言葉のすべてが現場で機能するわけではない。神棚に置かれたまま、誰も口にしない言葉もある。会議で、現場で、苦しいときに、社員が自分の言葉として使う言葉もある。その分かれ目は、どこにあるのか。

 本連載では、私と共に言葉をつくり、その言葉で現実を動かしてきた経営者に、話を聴いていく。

ヘリカルフュージョン代表取締役CEOの田口昂哉氏(右)と梅田悟司氏(写真=花井 智子)
ヘリカルフュージョン代表取締役CEOの田口昂哉氏(右)と梅田悟司氏(写真=花井 智子)

 「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」

 この言葉が示すものは、まだ、この世界のどこにも存在しない。

 ヘリカルフュージョン(東京・千代田)が目指すのは、世界初となる商用核融合発電所である。ヘリカルフュージョン代表取締役CEO(最高経営責任者)の田口昂哉(たかや)さんは「最初の発電までに約10年かかる。その後人類にもたらす影響の大きさを考えると、経営者としては最短でも100年先を見ないといけない」と言う。

 この言葉は、商品やサービスの説明ではない。これから「成すこと」への決意である。

 まだ存在しないものを、言葉にするとは。そして、仲間を集め、現実に向かうためには。この言葉を共につくってきた田口さんに聴く。

最初の仕事は、翻訳だった

 田口さんは、核融合の研究者ではない。長年この分野に携わってきた研究開発チームとの出会いがあり、経営者として、共同創業するに至った。研究所では、技術のめどが立っていたのに、それを事業にする道筋が存在しなかった。そこに経営者候補として紹介され、「このままにしておくのは、もったいない。この先にあるものを見てみたい」という思いから、物語は始まる。


梅田悟司氏(以下、梅田):技術や研究開発にたけた方々がいて、経営者として入っていく。言葉も違えば、文化も違う。そこで、コミュニケーションを取る難しさはありませんでしたか。

田口昂哉氏(以下、田口):最初に担った役割は「翻訳者」に徹することです。僕と彼らの間というより、彼らと社会の間に大きなギャップがあって、そこを埋めに行く、という感覚でした。

 彼らが作成した説明資料は理系の難しい話で、しかもスライドいっぱいに情報が詰まっている。正直に言って、初見で理解できる人はまずいないと思いました。だから僕が最初に行ったのは、その内容を咀嚼し、「つまりこういうことですか?」と確認していくこと。一を聞くとまた難しい内容が十返ってきます。それをまた頭の中で処理しながら、確認作業を繰り返す。そうやって粒度を粗くし、情報量を圧縮して、初めて聞いた人にもある程度伝わるレベルにしていきました。彼らの文化圏から「一般的」な文化圏へ移し替える作業ですね。

梅田:まず田口さんが理解し、語れるようになったのですね。

田口:僕が正確に理解する。そして、翻訳をして、広く伝わるようにする。その結果、最初の段階から投資家の方からお金をお預かりすることもできました。共感と応援をいただけたんだろうと思います。

田口 昂哉(たぐち・たかや)氏
田口 昂哉(たぐち・たかや)氏
みずほ銀行、国際協力銀行、PwCアドバイザリー、第一生命、金融系スタートアップなどを経て、2021年10月にヘリカルフュージョンを共同創業。一般社団法人フュージョンエネルギー産業協議会(J-Fusion)の副会長も務めている。(写真=花井 智子)

 会社を立ち上げたのは2021年10月。ちょうどその時期に、政府から「核融合」という言葉が語られ始め、新聞の紙面にも、この言葉が並ぶようになった。追い風は確かに吹いた。しかし、追い風が吹いたところで、経営者が自らの言葉で説明できなければ、何も動かない。

 田口さんが最初に行ったのは、資金を集めることでも、人を採ることでもない。研究者の言葉を社会の言葉に置き換えることだった。

七人の侍と、一人のコピーライター

 事業が進捗するなかで、核融合の技術を、より多くの人に理解してもらい、仲間を増やす必要が出てきた。「核融合とは何か」を説明するだけでなく、「私たちは何を志しているのか」を説明する。そのために、装置の名前や掲げるべき言葉の検討が行われていた。社内でも案は持ち寄っていたが、決定には至らなかったという。


田口:「ぴったりこれだ」というものを、誰も持っていなかったのが現実です。みんなの案を見ながら、誰もが自分が出した案がいいと思っている。しかし、「絶対にこれ。これしかない」と言い切れるわけでもない。僕自身も案を出しましたが、確信はまだなかったですね。

 このメンバーだけで練っても、たぶん「自分のがいい」で終わってしまう。だから、第三者に入ってもらったほうがいいと思っていました。そこで、まさにそのタイミングで投資家として入ってくれたクレストスキルパートナーズ(東京・渋谷)の南章行さんに相談して、梅田さんとのミーティングをセットしてもらいました。梅田さんとは、以前もご一緒したことがありましたからね。


 クレストスキルパートナーズとは、スタートアップへの投資に加えて、様々な領域のエキスパート「スキルパートナー」によって経営を支援する、特異なベンチャーキャピタルである。支援領域は、企業コミュニケーションからプロダクトのUI(ユーザーインターフェース)/UX(ユーザーエクスペリエンス)改良、資本政策の検討、人事制度の設計まで幅広い。筆者である梅田も、コピーライティング/ブランディング領域で名を連ねている。


梅田:印象的だったのは、初回のミーティングの場に、経営陣全員がそろっていたことです。研究開発にかかわる方も含めて、7人くらいでしたよね。

田口:梅田さんと僕の2人で話してまとめると、結局「田口の案」になってしまう(笑)。それなら、みんなで一緒にやったほうが一回で終わる、と考えたんです。

 経営やビジョンは、僕がCEOなのである程度決めていいし、決めなければならない部分があると思っています。でも、装置は、技術者・研究者からの思い入れが強い。その名前を僕がバッと決めるのは違うと思いました。

梅田:田口さんとは関係性がありました。しかし、他のメンバーからすると、「この人は誰?」という感じ。しかも、コピーライターなんて横文字の職業など信用できない。そんな雰囲気を感じていました(笑)。

田口:全員をそろえたのは、みんなの参加という意味もありますが、全員に発言してもらいたかったのもあります。梅田さんは、そのすべてを受け止めてくれると知っていたので、そのプロセスを踏みたかった。だから、最初から入ってもらったんです。

梅田悟司(うめだ・さとし)氏
梅田悟司(うめだ・さとし)氏
レコード会社を起業後、電通入社。ベンチャーキャピタルでのスタートアップ支援等を経て現在は武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授としての活動と、生成AIによる生産性向上を支援するワークワンダース取締役としてプロンプト開発を行っている。2026年7月24日に新著『言葉を武器にする経営。 なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか』(日経BP 日本経済新聞出版社)を出版。(写真=花井 智子)

 90分のうち、60分は技術の説明に費やされた。わからないことを教えていただきながら、私はひたすら、皆さんの発言に耳を傾けていた。

 ネーミングの相談が主題ではあったものの、装置の名前から検討しないほうがいいと思っていた。名前とは、田口さんの、経営者の、そして経営陣全員の思想を、ひとつの形に落とし込んだものだからである。そこで、順番を入れ替えることにした。まず、会社として何を成すのかを言葉にする。名前は、そのあとである。

 核融合発電所は、昔から「地上の太陽」と呼ばれてきた。しかし、その言葉から想起するのは、現実感のない夢物語。もっと現実に引き寄せる言葉が要る。そう感じながら、私は問いを重ねた。


梅田:「地上の太陽」では、遠すぎる。そういう議論もありましたよね。

田口:まさに、そういう言葉が必要だと思っていました。しかも、その夢を日本の力でかなえに行く。商用核融合発電所の開発は、ヘリカルフュージョンだけで実現するものではなく、日本の技術を全部つぎ込んで実現したい、そこに意味があるんだという強い思いです。

 そんな思いを受け止めた言葉が出てくると信じていましたが、「打ち合わせは90分のはずだったよな」と思いはじめたところでした(笑)。メンバーも「今回はヒアリングなんだろうな」という感じだったと思いますね。僕は、とにかく考えるための材料をちゃんと提供したいと思っていましたので、話すことに集中していました。

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)

 残り、20分。聞いた内容を統合した結果、言葉が生まれた。

 「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」

(このやりとりで決まったのは、「日本にもうひとつ太陽をつくろう。」だけではありませんでした。主題であった、装置の名前はどのように決まったのか。後編に続きます)

(写真=花井 智子)
(写真=花井 智子)
この連載は、梅田悟司氏の『言葉を武器にする経営。なぜあのリーダーのもとにひとが集まるのか』(日本経済新聞出版)のスピンオフとして日経ビジネス編集部で企画・編集しました。書籍で明かされた、「経営を武器として支える言葉」を生み出す方法論。それは実際の現場で、どのように運用されたのか。経営者に寄り添い、ともにコーポレートメッセージを生み出した梅田氏が、その舞台裏を明かします。

[日経ビジネス電子版 2026年8月18日付の記事を転載]

「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」。社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になります。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説します。

梅田悟司(著)/日経BP/1760円(税込み)