その本の「はじめに」には、著者の「伝えたいこと」がギュッと詰め込まれています。この連載では毎日、おすすめ本の「はじめに」と「目次」をご紹介します。今日は日本経済研究センター編著の『 電力の未来 最重要インフラの改革に何が必要か 』です。「まえがき」をお届けします。

【まえがき】

 世界的に著名な発明家トーマス・エジソンが英ロンドンと米ニューヨークで電気事業を開始したのは1882年(明治15年)でした。同じ年、東京・銀座で日本初の電気の街灯が披露されました。その5年後の1887年、東京電灯(現・東京電力ホールディングス)が国内で初めて電気事業を開始しました。火力発電所を建設して電気を供給しました。明治時代、日本は欧米にさほどおくれを取らずに電気事業を始めていたことを示します。

 日本の電気事業は火力発電(石炭)でスタートし、1910年代に水力発電にシフトしていきます。石炭価格の高騰と長距離送電技術の導入が「水主火従」を促しました。第二次世界大戦後の高度経済成長期に再び火力発電(石油)に移行しますが、1970年代の2度の石油危機を経て電源の多様化が進み、原子力発電が拡大することになります。2010年代に入ると海外への原発輸出も積極的に展開する機運が高まります。

 しかし、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故を受けて原発への批判が強まります。原発稼働は一時ゼロという事態に至りました。その後、新たな規制基準の下で原発の再稼働が増えますが、この間、再生可能エネルギー(再エネ)が急速に拡大します。直近2024年度の電源構成は再エネ23%、原子力9%、火力68%となっています。

 足元の電力需要は、製造業から非製造業への移行、省エネルギーなどにより減少傾向にあります。しかし今後、人工知能(AI)の普及などデジタルトランスフォーメーション(DX)の拡大により電力需要の急増時代が到来するとみられます。電力は経済を支える最重要インフラです。電力の供給不足や停電が起こると経済成長に支障をきたす恐れがあります。本書は電力と経済の関係に焦点を絞りました。

 電力と経済の関係を分析するには、脱炭素の要素を加える必要があります。つまり、脱炭素電源と経済の関係を分析することが重要です。2015年、パリで開いた第21回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21)は、世界の平均気温上昇を1.5℃以下に抑える努力をすることで合意しました(パリ協定)。

 しかし、世界の温室効果ガス(GHG)排出量は増え続け、いまは2100年に4℃上昇する排出経路にあるとも言われます。また、2026年1月、米国のパリ協定離脱(再離脱)が確定しました。世界第2位の排出国・米国の離脱は、他国の行動にも悪影響を与える可能性があります。

 それでも、プラネタリーバウンダリー(地球の限界)が意識されるなか、脱炭素の動きは停滞することがあっても、止まることはないでしょう。脱炭素には電化が有効ですが、脱炭素電源の拡大が不可欠です。ただし、再エネは供給の安定性、適地の有無などの課題があります。蓄電や送電の技術開発の加速が必要です。近年、再エネの発電コストは、発電所単体でみると火力発電より安価ですが、蓄電や送電を含めたシステム全体でみれば高いと指摘されています。

 脱炭素電源を増やすためには、自由な企業間競争が重要です。現在の電気事業体制は、戦後に発足した9電力体制に源流があります。全国を9区域に分け、9つの大手電力会社が各区域で独占的に事業を運営し、事業形態は発送配電一体でした。9電力体制はのちに沖縄電力を加えて10電力体制になりますが、問題は、民営でありながら、地域独占と発送配電一体の経営が企業間競争を妨げることです。2016年に電力小売り全面自由化、20年に発電と送配電を分ける発送電分離が実現しましたが、大手電力の営業基盤は強固です。異業種や新興企業を含めた競争を促進する電力システムが必要です。

 脱炭素電源拡大のためには、化石燃料由来の電力料金に反映される炭素価格も重要です。ただし、高すぎる炭素価格は経済に大きな負の影響を与えかねず、適正な価格設定が必要です。2026年8月末時点で、中東情勢の緊迫を背景に原油価格は高止まりしています。電力料金の上昇要因になるとみられますが、その場合も適正な炭素価格を検討する必要があります。もちろん、これは脱炭素電源を拡大させる好機と言えますが、急激な経済影響を考慮する視点も重要です。

 脱炭素電源には原子力発電も含まれます。再エネだけで電力需要を賄うには限界があります。このため各国は原発投資を増やしはじめており、日本政府も2040年の原子力発電比率を2割に高める計画です。もっとも、原発をめぐっては、使用済み核燃料の最終処分場問題や事故リスク、核不拡散などへの対応が大きな課題であり、経済的コストも大きく膨らむ可能性があります。

 本書はこのような問題意識の下、脱炭素電源と経済がどのような関係にあるのか、互いにどのように影響を及ぼし合うのかを分析しました。また、電力の未来に向けてどのような改革が必要かを探りました。AI時代の電力需給や電力システムのあり方、脱炭素化のマクロ経済への影響、次世代の革新的技術などをテーマに、各分野の第一線で活躍する専門家に執筆いただきました。

 第1章では、小宮山涼一・東京大学大学院工学系研究科教授がAI時代の電力需給について分析します。AIの利用拡大に伴うデータセンターの建設などによって電力需要は国内外で増加を続ける見通しを示します。他方、電力供給面では化石燃料から再エネへのシフトが進むなか、再エネ資源のポテンシャルの大きい地域では電力価格が相対的に低く、データセンターの立地先として経済的に有利であると指摘します。送電線など電力の系統制約を考慮しつつ、データセンターの戦略的な立地の重要性を説きます。

 第2章では、大橋弘・東京大学大学院経済学研究科教授が電力システムのあり方を論じます。電力システムの歴史を振り返りつつ、主力電源としての再エネの課題を指摘し、対策を提言します。出力の変動性と地理的な立地偏在という再エネの課題に対して、分散的なアプローチと集中的なアプローチの融合が求められるとしています。蓄電のみならず蓄熱・蓄圧など需要側での分散型の設備・技術の活用に加えて、発電側を集中的に管理して需給調整をしていくという電力システムの再設計を求めています。

 第3章では、増井利彦・大阪大学大学院工学研究科教授が脱炭素社会によるマクロ経済への影響を分析します。日本のGHG排出量を2050年までに実質ゼロにする取り組みによって、国内総生産(GDP)と炭素価格(GHG価格)がどのように変化するかを推計しています。このうち2050年のGHG価格については4.5万円/tCO2と、NDC(国が決定する貢献)を延長した50年排出削減70%(13年比)における1.5円/tCO2を大幅に上回り、対策の困難さを示しました。他方で、この章では、対策技術として水素やCCS(CO2回収・貯留)の有効性や社会変容の重要性も指摘しています。

 第4章では、諸富徹・京都大学公共政策大学院教授が脱炭素と経済成長の両立について論じます。研究サーベイを通じて、多くの研究で再エネ拡大と経済成長に正の相関が示されていると指摘します。投資拡大とそれに伴う電力価格の低下、再エネ産業の付加価値創出、そして研究開発によるイノベーションや化石燃料の輸入削減などが成長を促します。一方、再エネの変動性については、蓄電池のほか、余剰電力で水素を生成・貯蔵して対応する必要性を強調します。特に、水素を様々な分野で活用する「水素経済」の確立を提唱しています。

 第5章では、寿楽浩太・東京電機大学工学部教授が原子力発電所で生じる高レベル放射性廃棄物(使用済み核燃料、核のごみ)の処分問題を考察します。原発は脱炭素電源ですが、事故リスクを背景に賛否が大きく分かれます。核のごみの処分場がないことを理由に原発に反対する意見もあります。こうしたなか、2026年5月、東京都小笠原村の南鳥島で候補地選定の文献調査が開始されました。政府の申し入れによる初の調査です。これまでは自治体による手挙げ方式でしたが、政策転換の兆しです。各国の状況と比較しつつ、処分場選定のあり方を論じています。

 第6章では、武田秀太郎・慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科准教授が脱炭素の革新的技術として核融合を取り上げます。核融合は、太陽内部で起きている反応を地上で制御し、エネルギーとして利用します。原子核同士を超高温のプラズマ状態(電子とイオンが混在する不安定な状態)で融合させ、膨大なエネルギーを得る原理です。原子力発電と異なり、核分裂の連鎖反応による暴走リスクを有しません。この章では、核融合が脱炭素、安定供給、エネルギー安全保障に資する指摘をする一方、克服すべき課題を論じます。

 第7章では、福士譲・日本経済研究センター主任研究員が電力会社と利害関係者(ステークホルダー)の関係について考察します。電力事業は国民生活全体にかかわるインフラ産業であり、電力会社のステークホルダーは多岐にわたります。企業は株主の利潤最大化を目指しますが、近年はあらゆるステークホルダーの利益を追求すべきだとして、株主資本主義からステークホルダー資本主義に移行しつつあります。脱炭素社会や持続可能な社会に向けて電力会社はステークホルダーに対してどのように行動すべきかを検討します。

 本書をまとめるにあたっては、全体としての統一的見解を定めず、それぞれが専門性を生かして自由に執筆することとしました。執筆いただいた方々に深くお礼申し上げます。また、編集作業において日本経済研究センターの「未来社会とテクノロジー研究会」(座長・岩田一政理事長)の参加者の方々からも貴重な助言をいただきました。この点についても深謝申し上げます。

 世界的な電力需要の急増と気候変動の激化を背景に、脱炭素電源は今後も増えます。化石燃料市場の緊張が続くようなら、脱炭素電源はさらに拡大します。本書が未来社会に向けて、電力のあるべき姿について1つの視座になることを願っています。

  2026年9月

日本経済研究センター 主任研究員 福士 譲

【目次】

画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示
画像のクリックで拡大表示