企業や組織には目に見えない「らしさ」というものが存在する。創業者の理念や日々の判断の積み重ねなどから、自然と醸成された文化や価値観である。これらは社員の行動や意思決定に大きな影響を与えている。「らしさ」を言葉にすることは、言葉を生み出す以上の価値がある。組織の本質を掘り起こし、共有し、更新しながら継承していくための戦略的なプロセスなのだ。『言葉を武器にする経営。』から抜粋・再構成してお届けする。
経営の言葉は内部で使われてこそ強くなる
企業の現場には、経営者が大切にしている判断軸があり、部署ごとに異なる現実がある。そして、社員一人ひとりが抱える誇りや違和感がある。しかも、こうした複雑な感情は、整った言葉の形をしているわけでもない。
ビジョンやミッションやパーパスをはじめ、企業に存在する言葉は、本来、社員同士の認識をそろえ、日々の判断を支え、組織の進む方向を確認し合うためのものである。企業に存在する言葉のすべては、経営を支える「経営の言葉」なのである。そのため、内部で機能しなければ、その存在価値は半減する。
多くの経営者やリーダーは、この構造に気づいているにもかかわらず、外への説明や見栄えを優先しようとする圧力に屈してしまう。これこそが「言葉を無力化する構造」であると考えている。
外向きに整えられた言葉は、ときとして、その美しさゆえに反論しにくい。理念としては美しい。しかも、否定しにくい。だからこそ、その場では受け入れられやすい。
しかし、反論しにくいことと、腹落ちしていることは別である。社員がその言葉に異を唱えないのは、納得したからではなく、「間違ってはいないから、まあいいか」と思っているだけかもしれない。決まりごととして理解しただけかもしれない。
内部で言葉が使われることで、言葉と行動、言葉と現実が合致する。社員の規範となり、その言葉が指し示す方向へと社員を導き、背中を押してくれる。言葉は外に向かって映えるから強いのではない。内側で使われることで強くなるのである。

組織を支える「らしさ」という空気
「うちの会社らしくないね」
新商品の企画書を見て、経営者が発した一言である。
その一言は、全員が感じている感覚でもあった。しかし、チームの誰もが、そして、経営者自らも、その「らしさ」とは何なのかを言葉にすることができない。しかし、「らしくない」ことだけはわかる。
このような発言や光景は、あらゆる企業で起きていることだろう。
企業や組織には、目に見えない「らしさ」というものが存在する。創業者の理念や歴史的な転換点、日々の業務における判断の積み重ねなどから、自然と醸成された文化や価値観である。これらは、社員の行動や意思決定に大きな影響を与えている。
「うちの会社らしい」といった表現が日常的に使われるように、感覚的には組織の内部で共有されていることが多い。
ところが、多くの場合、組織の本質ともいうべき「らしさ」は、言葉になっていない。経営者や社員がなんとなく理解している暗黙の了解のような存在であり、感覚的には共有されているものの、具体的に説明することができない。
文化は、その企業の歴史が刻んだ無数の出来事の積み重ねから生まれる。創業期の苦労や成功体験、危機を乗り越えた瞬間、経営者の決断、社員同士の関わり方、顧客との接点での判断など、さまざまな場面で繰り返し選択されてきた取り組みや工夫が、「うちの会社のやり方」として定着していく。
こうした試行錯誤は、規則やマニュアルとして明文化されることなく、日々の仕事のなかで、「背中から学ぶ」「技を盗む」といった非言語的な形で受け継がれていく。
「らしさ」の核を見つけ、見える形にする
長い間その組織にいる人にとっては、その「らしさ」は決して特別なものではなく、当たり前のようにそこにある。もはや「当たり前すぎて、あえて言葉にしようとすら思わないことこそが、らしさ」というのが正しい表現になるだろう。まさに、当たり前のなかにこそ、企業の本質が潜んでいるのだ。
社員は、どのような仕事の進め方を「うちの会社らしい」と感じているのか。どのような場面で誇りを感じているのか。経営者は何を伸ばし、何を守ろうとしてきたのか。そうした具体的な実感のなかに、まだ言葉になっていない「らしさ」の核が点在している。
「らしさ」が言葉になっていない状態は、組織の弱みにもなり得る。長く働く社員同士であれば、説明しなくても通じ合える、阿吽の呼吸でわかることは、信頼の証として機能するかもしれない。
しかし、新入社員や中途入社者にとって、暗黙の了解を理解することは容易ではない。新しく加わった人々にとっては、知る由もない厄介な存在でしかない。
「らしさ」が言葉になっていない結果、仲間を集める採用において、組織文化との不一致が起きてしまうこともある。採用においては、求める条件やスキルと合致するかどうかも重要だが、同じ船に乗る船員として、組織文化に合うかどうかは、かなり重要な指標になる。「同じ船に乗ってほしい」と「同じ船に乗りたい」を正確に合致させるためには、やはり言葉が重要になる。
「らしさ」という空気を言葉にすることで、組織の内側にある感覚は、はじめて共有可能なものになる。経営者の頭のなかにある抽象的なイメージや、現場に漂っていた暗黙の了解が、誰もが認識できる形として具現化される。
その結果、社員は、自分たちが何を大切にしている組織なのかを正確に理解できるようになるし、新しく加わる人にとっても、大切にしている判断基準や価値観が自分と一致しているかを、誤解なくわかり合えるようになる。
さらに言えば、言葉を与えられることで、はじめて「らしさ」は継承可能なものになる。創業者が退いても、ベテラン社員がいなくなっても、組織の根幹にある価値観を次の世代へ手渡していくことができるようになるのだ。
最後に、もうひとつ大切なことがある。言葉にすることで、議論の対象になり得るのだ。これまで無意識に従ってきた行動規範や判断基準を、言葉として扱えるようになった瞬間、それらを見つめ直し、精度を上げることができるようになる。何を守り、何を変えるべきか。こうした前向きな議論が生まれるのは、言葉が存在するからである。
「らしさ」を言葉にすることは、言葉を生み出す以上の価値がある。組織の本質を掘り起こし、共有し、更新しながら継承していくための戦略的なプロセスなのだ。
「あの言葉があったから、ぶれずに進むことができた」――社員たちがこう言えるようになったとき、「言葉」は無形資産として経営を力強く支える武器になる。個と組織を強くするためにリーダーが持つべき言葉の技術を磨き、高めるための考え方と実践手法を解説する。
梅田悟司著/日本経済新聞出版/1760円(税込み)
