日経ビジネス電子版連載の「ヤマザキマリの『マリユミ世の中胸算用対談』」などを基に、大幅に加筆編集した新刊『 蛮族の襲来 ヤマザキマリが大いに語る 』が2026年10月26日に発刊しました。SNSが先導する世論、力が支配する国際関係、あふれるインバウンド。日本人が大事にしてきたものが崩れていく……。今の日本に漂う閉塞感、不安感は、あたかもゲルマン民族の大移動を目の前にした、ローマ帝国の人々のよう。そんなぐらつく社会を「蛮族の襲来」というメタファーで痛快に切る、ヤマザキマリの快刀乱麻! ジャーナリストの清野由美さんを共著者として縦横無尽に話題が広がる本書から一部を抜粋、再編集して掲載します。その第1回。

メディチ家がかくも権力を握れた理由

清野由美(以下、由美):日本のマンガの市場規模は紙と電子で6925億円(2025年、出版科学研究所調べ)。マンガ、アニメ、ゲームなどIP(知的財産)周りだと、国内外で3兆8407億円(日本動画協会「アニメ産業レポート2025」)。さらに経済産業省によると、マンガやアニメを含む日本由来のコンテンツの海外売り上げは5兆8000億円(「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」25年6月)となっています。これらの数字が本当なら、国家経済に十分関与する、ものすごい産業ということになります。

 でも、なんか、我が日本は、その産業の鉱脈を、国家戦略に生かしている実感がないんですけど。

ヤマザキマリ(以下、マリ):クールジャパンって一応、文化的国策を意味していたんですよね? 

由美:13年に政府の肝煎りでできた官民ファンド「クールジャパン機構(正式名称:海外需要開拓支援機構)」は、マンガ、アニメ、食文化、ファッションなど日本のコンテンツを海外でばんばん売るのだ、ということで立ち上がりましたが、25年度の決算報告では540億円という巨額の赤字で、案の定、破綻しかかっています。看過できない失敗ですね。

マリ:日本のマンガは確かに世界で市民権を得つつあるけど、それはクールジャパンという政策による結果ではなく、出版社など一般企業や民間メディアの自主的な働きかけと、日本のファンたちによる自然なかたちでの拡散の結果ですよね。

 私はイタリアのフィレンツェで11年間も絵やら美術史やらを学んできましたが、かつて「金融」で財をなしたフィレンツェという小さな都市国家で、ルネサンスという世界の歴史に残る文化改革が起こったのは、メディチ家が芸術の国策化に成功した証しだったといえます。

由美:芸術の国策化――大事なキーワードです。

マリ:メディチ家というのは、もともと山の中で炭焼きをしていたともいわれる貧しい出自で、そんなメディチ家が、なぜ歴史を制するほどの権力を持ったか。理由はいろいろありますが、文化的な視点でとらえると、三代目の“豪華王”ロレンツォ・デ・メディチ(1449~92年)が、フィレンツェで活躍していた人気の画家、彫刻家、建築家たちを、力を持った周辺国家に派遣したことが重要なのですね。バチカンのサン・ピエトロ寺院、システィーナ礼拝堂の「最後の審判」という大作を描いたミケランジェロは、メディチ家のバックアップとともに、フィレンツェ共和国の底知れぬ力を、後世までアピールすることになりました。

(写真:Massimo/stock.adobe.com)
(写真:Massimo/stock.adobe.com)

由美:豪華王ロレンツォの息子と甥は、ローマ教皇にもなっています。聖俗両方の権威を手にしたということで、ひところの平清盛みたいな感じで。

マリ:平家はすぐに滅びてしまいましたが、それに対してメディチ家の方は、芸術が立派な国策、外交政策になるという歴史的な事例です。文化というものが、政治や宗教にうまく取り込まれていたという文脈を深く理解した上でないと、文化は国家戦略になりません。

 そもそも芸術に限らず、権力者にとって、エンタテインメントは民衆の統治手段になるということは、古代からみな、分かっていたことです。

由美:「パンとサーカス」のサーカスの方ですね。

マリ:古代ギリシャのオリンピックしかり。古代ローマ帝国があれだけ属州を広げていけたのも、統治下に置いた場所には必ず民衆が喜ぶコロシアムなどの劇場を設置し、浴場というリラクセーション施設を作ったからです。人は自分たちを喜ばせる為政者を支持しますからね。

 『テルマエ・ロマエ』の主人公である浴場設計技師のルシウスは、まさに国策に取り組んでいた官吏なんですよ。

由美:浴場は国策だった、と。

マリ:第1章で言及(※本書『日本のマンガ、世界の中での現在位置』参照)したマンガ展の企画者で、比較文化研究者のニコル・クーリッジ・ルマニエールさんには、日本のマンガは表現の面白さだけでなく、ルネサンス絵画のような、海外への多大なる影響力を持つコンテンツとして見えているはずです。繰り返しますが、彼女がロンドンの大英博物館と、サンフランシスコのデ・ヤング美術館でのマンガ展開催にこだわった理由は、そこにもあるのです。

日本が持つマンガ・アニメという「油田」

由美:先に述べた通り、マンガを含む日本のコンテンツ産業は、世界市場で大きな経済的インパクトを持っています。日本のコンテンツの海外売り上げは13年に1.6兆円だったものが、23年に5.8兆円と、10年で3.6倍に伸長しました。これは鉄鋼産業の4.8兆円、半導体産業の5.5兆円を上回る金額です(経済産業省「エンタメ・クリエイティブ産業戦略」25年6月)。

 資源小国の日本にとって、コンテンツ産業はいわば「油田」のようなものなのですよね。

マリ:そう、油田なんですよ。

由美:ところが、そんなマンガ大国・日本の足元では、マンガという言葉が結び付くのは国策ではなく、サブカル、娯楽。マンガは外交ツール、経済ツールになるという認識はまだ乏しく、さらにそれを実行していく力も弱い。弱いどころか、国が動けば動くほどマイナスになっていくという情けなさ。

マリ:浮世絵を例に挙げると分かりやすいと思いますよ。浮世絵は日本人にとっては、紙に刷られた使い捨ての娯楽物。ところが海外にとってはゴッホやモネに触発を与えた立派な芸術作品。表現作品に対する国家間の齟齬(そご)がそこで発生しますが、最終的に浮世絵は海外経由で立派な芸術作品として扱われるようになりました。

 でも、それは日本が文化政策を打ち立てたからではなくて、海外の人たちの尺度で、たまたまそうなっただけ。日本はそもそも災害大国で、昔からあまり形として残すものに執着しない傾向がありますから、そういうことも文化に対する意識と関係しているんでしょうね。

由美:たとえば韓国のK-POPなんていうのは、ひところ世界でずいぶんと幅を利かせていました。あと、韓国の映画やテレビドラマも人気があり、一つのジャンルとして国際的に認知されています。

マリ:もっと分かりやすくいえば、ハリウッドがつくった映画作品は、どんな僻地に住んでいたとしても、みな、人生のどこかで必ず目にする機会がある。イタリアなんて、500年も昔に活躍したレオナルド・ダ・ヴィンチの絵を世界中の美術館に貸し出すだけで、めちゃくちゃ儲けている。エジプトのミイラや財宝も世界中でしょっちゅう陳列されて、その都度、大きな経済が動いている。

由美:それなのに、我が日本はマンガという巨大な鉱脈と油田を持ちながら、それを生かし切っていない。この歯痒(はが)ゆさはどうしたものでしょう。

マリ:明治時代には日本の文化で西洋を席巻しよう、という動きはあったんですよ。

 たとえばパリの万国博覧会で展示された浮世絵が、多くの芸術家にインパクトを与えて高く評価されたことは有名ですが、当時の日本政府は「そんなら本国に持ち帰らないで、全部叩き売りしてこい」みたいな姿勢だったらしい。マンガと浮世絵の立ち位置はとても似ていると思いますね。

日本文化をビジネスにした先駆者、林忠正

由美:浮世絵とマンガの共通点とは、どういうものでしょうか。

マリ:使い捨て、というところですよ、やっぱり。西洋の絵画や彫刻のように先祖代々受け継がれながら、永遠に残しておくべき創作物、ということではない。その時に楽しかったらそれでよし、という後腐れのないエンタメです。もちろん中には気に入った浮世絵を大事にしていた町人もいたと思いますが、台風や火事でなくしてしまう可能性もあるから、執着はそれほど強くなかったんじゃないですかね。

 19世紀末のパリには、フランスで浮世絵を広めた立役者として、林忠正という日本人がいました。林は越中高岡藩の医師の息子で、東京で大学南校(後の東京大学)に進み、早くからフランス語を習得していて、1878年のパリ万国博覧会で通訳を務めたことをきっかけに、フランスで浮世絵を売る商売で成功した人です。

由美:元祖・富裕層みたいな人だったのですか?

マリ:元祖・富裕層だったかどうかはともかく、当時としては高度な教育を受けられる生活環境にいた人であることは確かです。とにもかくにも林忠正は、日本で軽視されていた浮世絵や、ちょっとした工芸品が、パリの富裕層にアピールすることをいち早く知って、サロン形式の販売を行なうようになりました。

 今でもそういう形式でアンティークを売る人はいますけど、サロンをアポイントメント制にして、「あなたには、この作品がいいと思います」と、顧客一人一人に選んだものを見せて販売するシステムを始めたんです。

由美:江戸時代の越後屋のような、日本ならではのビジネスモデルですね。

マリ:ギャラリー形式とは違うから、フランス人にとっては独創的で、またVIP待遇感をそそるやり方だったわけです。中でも浮世絵が人気で、その名残か、今でもフランスの骨董店では古い浮世絵を見かけることがありますね。

由美:なるほど、林忠正はビジネスモデルのイノベーターでもあった。

マリ:そういう下地を彼が作ったおかげで、ジャポニスム運動が芸術家の間で発生し、ゴッホやマネやドガが浮世絵風の絵や、着物を着せた女性の絵を描くようになりました。その前段として、パリ万博で日本の美術として紹介された浮世絵が、大きな反響を呼んでいた。特に独特な色彩感覚が琴線に触れたようです。

 それなのに、日本政府の役人はパリ万博が終わると、そんなに浮世絵が売れるんだったら、全部売っぱらってしまおう、と叩き売りの姿勢を見せた。その時に林は猛反対し、「浮世絵は、このフランスですばらしい日本の芸術と評価されているのだから、それにふさわしいリスペクトを払うべきだ」と、政府の意識の低さを批判したんです。

 すると日本サイドから「なんだ、あいつは。ただの商人の分際で、日本に金を儲けさせるつもりがないとはけしからん」と、バッシングが湧き起こり、挙げ句に浮世絵を国外に売り飛ばす「国賊」とまでいわれるようになったんです。

由美:ああ、何だか今に通じる切ない構図ですね。

マリ:日本でも海外でも、マンガ家という職業に対しては、いまだに過小評価や軽視を感じることが少なくないのですが、浮世絵の絵師たちも同じような扱われ方だったんじゃないかと思うんですよ。

 二次元の平面に描かれたシンプルな表現でありながら、想像力にしっかりと訴えかけてくる浮世絵を、私はマンガの源流にあるものとしてとらえています。平面ならではの色彩の扱い方も、マンガの着彩に通じるものを感じます。

「こたつでマンガを読んで、落語で笑って温泉で癒やされたい」――そんな、日本人が大切にしてきた幸せが崩れていく。今の日本に漂う閉塞感、不安感は、あたかもゲルマン民族の大移動を目の前にした、ローマ帝国の人々のよう。「蛮族の襲来」というメタファーで、世間のぐらつきを痛快に切る、ヤマザキマリの快刀乱麻! 清野由美さんとの漫才のようなやりとりをゲラゲラ笑って読むうちに、明日を元気に生きる処方箋が手に入り、「知性」への道が開きます。

ヤマザキマリ、清野由美(著)/日経BP/2530円(税込み)

【関連記事】