祖父母が阪急電鉄沿線に住んでいたこともあって、少年時代のぼくが応援していたのは阪急ブレーブスだった。

 当時のブレーブスは強かったが人気はなかった。何度かガラガラの西宮球場に足を運んだものだ。やがて阪神タイガースがもう一つの贔屓チームになった(情熱の割合はタイガースが増えていくようになる)。ブレーブスへの熱が消えたのは、チームをオリックスが引き継ぎ、上田利治監督が退任したときだった。

 とはいえ、その後、週刊誌編集部で働くようになり、ブレーブスのスターだった山田久志さん、佐藤義則さんとお話させてもらったときは本当にうれしかったものだ。監督だった仰木彬さんに取材をしたこともある。
 その後、大阪近鉄バファローズを吸収合併、オリックス「バファローズ」となったときには全く興味がうせていた。近年、強くなったバファローズを、ぼくは外国で育った遠い親戚のような感覚で見ている。

 そのバファローズをオーナーとして粘り強く見守った宮内義彦氏の聞き書きである本書『 諦めないオーナー プロ野球改革挑戦記 』(日経BP)には、いくつか発見があった。
 一つは買収直後のことだ。

〈球団経営は赤字と阪急から聞いていましたが、想定以上の経費増に悩まされることになりました。
 例えば球場の使用料です。ホームグラウンドである西宮球場は阪急の所有です。これまでは球団に使用料の負担はありませんでした。ですが、オリックスの球団が使うとなれば、当然、球場使用料を阪急に払う必要があります。(中略)結果的に1年目の球団の赤字額は30億円近くまで膨れ上がりました〉


 他業種でM&Aを仕掛けるとき、宮内氏ならば1円単位まで計算するだろう。想定以上の経費増はありえないはずだ。
 また「西宮球場の継続利用が譲渡条件の1つ」であったという。そして変更の場合には「相当の期間前にその旨通知する」という覚書を交わしていた。数億以上の出費につながるにもかかわらず、「相当の期間」という表記はビジネス文書としては、かなり曖昧な感がある。

 球団の買収というのはかなりまれだ。宮内氏でさえ、野球界の常識を優先せざるを得なかったのか。彼は「オリエント・リース」から「オリックス」への社名変更を機に知名度を上げるためにブレーブスを買収したと語っている。プロ野球球団にはそれだけの価値があると踏んだのか。

 いずれにせよ、辣腕のビジネスマンである宮内氏らしくないと意外だったのだ。
 結果として担当者間のやりとりで、「相当の期間前」は「2年間」となり、神戸に移転することになる。

「緩かった」阪急ブレーブス買収、シビアになった近鉄バファローズとの合併

 ぼくが宮内氏の経営手段に興味を持ったのは、今年春に『 横浜フリューゲルスはなぜ消滅しなければならなかったのか 』(カンゼン)というノンフィクション作品を上梓したことと関係がある。

 フリューゲルスはJリーグ創設時の10チームである「オリジナル10」だった。母体となる企業の1つである、佐藤工業が業績悪化により撤退。残された全日本空輸は、横浜のもう一つのクラブであるマリノスとの合併に踏み切る。この取材と執筆に掛かった約4年間、ぼくはクラブの経営とは何かを考え続けた。フリューゲルスの運営母体である「全日空スポーツ」を仕切っていたのは、親会社からの出向者であり、当事者意識が薄かったのだ。

 その意味で、宮内氏は全権を握る「オーナー」である。合併直後こそ、緩さがあったにしても、その後の近鉄バファローズとの合併判断はシビアである。

〈近鉄バファローズは本拠地を、藤井寺球場から97年に完成した大阪ドーム(現・京セラドーム大阪)に移していました。3万6000人を超える観客を動員でき、かつ関西広域からファンがアクセスしやすい好立地にある。(中略)もし近鉄バファローズが身売りするとなると、近鉄の代わりに別の企業が来て大阪という大きな市場を取ってしまう〉


 近鉄からの条件は「バファローズ」という名称を残すことだけだった。宮内氏はこれを受け入れた。
 合併に反対するファンの反発に対して、彼は〈これは経営判断です。業種は異なりますが、航空会社や製鉄会社などの合併と同様のことなのです〉と記す。

 この本では触れていないが、この時期に会社更生法適用となった大阪ドームの経営権をオリックス子会社が実質的に取得している。
 球団経営において「球場」は肝である。楽天がゴールデンイーグルスをはじめる際、指定管理制度を利用して「宮城球場」を手に入れた。北海道日本ハムファイターズは「エスコンフィールドHOKKAIDO」を建設した。神戸を後にすることで一時的にもともと少なかったファンが離れたかもしれないが、したたかに本拠地を手に入れたのだ。

 ただし、ここから長くバファローズは低迷する。
 そこで彼が得たのは〈オーナーなんて所詮は素人。具体的なことには口を出さないのが一番いいのです。現場の言うことを、信じて任せることが肝心です〉という至極まっとうな教訓だった。

 成功者はみな自信家である。そして成功体験をスポーツの世界で試そうとすると、たいがい失敗する。
 シンプルであるが、実行するのは難しい、この教訓を貫くことで、オリックス・バファローズは山本由伸、吉田正尚などのメジャーリーガーを輩出し、同時に優勝を狙えるチームとなったのだ。

構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)