意思決定や業務プロセスの最適化に、生成AIをフル活用する企業が現れています。「地面師たち」や「イカゲーム」など次々にヒット作を生み出しているネットフリックスもその一社です。アフターAIの世界へ一歩踏み出すため、先駆者の事例をひもといていきましょう。本稿は、新刊『アフターAI 世界の一流には見えている生成AIの未来地図』から抜粋・再編集しています。
すでに起きているAIによる産業変革
AIという波の影響は、すでにあちこちで見られています。AIドリブンカンパニーと言えるような企業が、世界には数多く生まれているのです。
ここで1つ質問です。皆さんがよく見ている動画配信サービスのネットフリックスは、トップページでどのぐらいAIを利用していると思いますか。こういう質問をするぐらいだから50%かな、70%かなと想像するかもしれません。しかし実際にはほぼ100%がAIで作られているのです。トップページの大きなオススメだけでなく、ランキングやカテゴリーなどの表示順、さらに言えば、1つのドラマのサムネイルや紹介画像ですら、その人の嗜好性に合わせて最適化されています。UX(顧客体験)にAIが組み込まれてしまっているんですね。ショート動画サービスのティックトックはAIドリブンカンパニーであり、すでに15億人を超えるユーザーを獲得しています。ティックトックの視聴時間がユーチューブの視聴時間を超えた(Sensor Towerの調査によると2020年第3四半期に超えた)ように、AIがゲームチェンジャーになってきています。
もう1つAIがゲームチェンジャーになっている事例を紹介します。皆さんはファストファッションのSHEINをご存知でしょうか。中国で安く作っているから人気だと考えがちですが、それは正確な捉え方ではありません。SHEINはAIプロセスを重視することでその力を発揮しています。ファッショントレンドに乗って生産するというだけでなく、ファッショントレンドを見つけて実際に作るマニュファクチャリングの部分にもAIを活用しているのです。ティックトックやインスタグラムを監視して、トレンドを先回りして予測し、正確な需給予測ができるからしっかりと売り切れるわけです。結果として、SHEINは米国のファストファッションの売上の過半数を握るような破壊的産業革命を起こしています。
生成AIを構造的に捉える5つの波
生成AIを構造的に捉えるために、ここで5つの波を紹介します。「生成AIの加速的進化」「AGI(汎用人工知能)、ASI(人工超知能)シンギュラリティー」「AIネイティブなスタートアップ」「BIGTECH」「既存産業内の競争」の5つです。
1つ目が、(連載第1回で紹介した東大大学院の)松尾(豊)先生の予測を超えたような生成AIの進化の速さです。2つ目が、AGI(汎用人工知能)や、人間を超えるようなASI(人工超知能)などのシンギュラリティーです。シンギュラリティーによってエネルギー変革が起きたり、バイオ素材で寿命が延びたりといった大きな変化が起きてきます。3つ目がAIネイティブなスタートアップで、効率化し高速化した開発を行っていきます。ベンチャーキャピタルがバックに付くことで既存の産業にアタックしてくることもあるでしょう。逆にオープンAIのような先行大手がある機能を実装すれば、関連するAIスタートアップが何社も倒産していくといった4つ目のBIGTECHの影響もあります。5つ目として、既存産業内の競争も激化します。これまで日本語の壁に守られていた日本企業にとって、言葉の壁がなくなっていくことにより破壊的なイノベーションの必要性に気づくことになるかもしれません。
日本では、ChatGPTをいかに効率的に使うかという視点で考えがちです。その視点でも、世界ではすでに75%程度の企業で生成AIが有効に使われているのに、日本は40%程度という大きな差があると言われています。それも、これは効率化という戦術の面での数字に過ぎません。
人間をAIに置き換えるリソース論だけの議論です。実際に大切なのは、どこで戦いを起こして、どこで波に乗るかといった戦略です。ここを見間違えてはいけません。
ゲームチェンジのエンジン
戦略を考えるに当たって、生成AIのゲームチェンジのポイントを整理しましょう。生成AIの技術的な構造変革を理解するとわかりやすいです。
AIは、基本的には人間の知能を真似するものでした。昔は、ルールを決めて人間と同じように動かすAIがありました。それが、機械学習(マシンラーニング)と呼ばれるような最適化技術が生まれ、さらに深層学習(ディープラーニング)という発明があって、様々なものが認識できたり予測できたりするようになりました。
このディープラーニングの延長線上に、トランスフォーマーという新しいモデルができました。トランスフォーマーは、文章の次に何を答えるか、どの単語を続けることがもっともらしいかといった処理によって、正解に近い回答を導き出す技術です。よく、「ChatGPTに聞いてもつまらない答えが多い」という声を聞きますが、それは当たり前です。もっとも無難な答えを出すのがトランスフォーマーを使ったLLM(大規模言語モデル)の特徴だからです。
ただし、LLMのすごいところは、トレーニングのモデルを大きくして大量に学習させていくと、より正解に近い答えを出せるようになっていくことです。10の20乗から22乗ぐらいのデータを学習させると、文脈に合わせて説明するといったことができるようになります。これが10の25乗から28乗ぐらいまで進むと、もしかするとAGIに達するかもしれません。そういうところに私たちは来ています。
こうしたAIの進化の中で大切なことは、先ほども説明したようにこれまでの人や仕事の置き換えをするだけではなく、新しいビジネスが生まれることです。これまでデータとして使えなかった非構造化データが分析に使えたり、例外的なデータを作り出すことで学習が進んだり、ユーザー1人ひとりに本当に向き合うハイパーパーソナライゼーションといったサービスが提供できるといったことが例として挙げられます。コスト削減や効率化ではなくて、さまざまな新しいビジネスを生む素地になるわけです。
地政学的な観点からは、これまでオープンAIやエヌビディアが一強だった分野で、混戦に変わり始めていることが挙げられます。何よりもクローズドモデルからオープンモデルに変わっていることは重要なファクターです。これまで成長を牽引してきたプライベートなクローズドモデルに対して、オープンモデルが急成長して追いつき始めています。欧州のミストラルAIとメタのラマは、オープンモデルとして専門的なAIの学習まで許可しています。これまでオープンAIのChatGPTでは専門モデルの利用ができなかったシーンで、専門モデルを活用できるように進化が続いています。
もう1つの変化としては、コストダウンがあります。この2年で、例えばChatGPTの利用コストは1000分の1に下がっています。当初、1回300円かかっていて人件費より高いと思った作業が、0.3円でできるようになればさまざまなビジネスに埋め込むことができます。
こうした変化に対して、ここで一番言いたいことは、「もう世界は落下している」「ある方向に落下することは決まっている」ということです。既得権益のある人たちが邪魔をしたとしても、それは重力に抗っているので大きな流れの中ではあまり影響はありません。私たちは、波の方向を見つけて、世界が落ちるスピードよりも先に落ちることが大切です。5つの波を見極めて、落ちる速度よりも早く変革することを心に刻んでもらいたいと思います。
シバタナオキ・尾原和啓著/日経BP/2420円(税込み)
■日時:2025年9月5日(金)19時(18時30分開場)~20時
■会場:六本木 蔦屋書店 2階SHARE LOUNGE内イベントスペース
※参加チケットの種類と料金などイベントの詳細とお申し込みはこちらから>>六本木 蔦屋書店『アフターAI』刊行記念イベント特設ページ



