芸能界の第一線を長年走り続けてきた新山千春さん。そんな新山さんが改めて自身を見つめ直すきっかけとなったのが、『 森岡毅 必勝の法則 』(日経BP)、『 苦しかったときの話をしようか 』(ダイヤモンド社)などで知られるマーケターで株式会社刀のCEO(最高経営責任者)の森岡毅さんの挑戦し続ける姿勢だった。「戦い続けること」の意味を、自身の人生と重ねて考えるようになったという。シングルマザーとして娘を育てながら、母の病気とも向き合ってきた新山さんは、どのようにして前に進み続けることができたのか。森岡さんの哲学に深く共感した理由を聞いた。
シングルマザー時代は古い小さな家に
前回「 新山千春 『子どもを信じる覚悟を、森岡毅さんの本が教えてくれた』 」は、森岡さんの著書『苦しかったときの話をしようか』が、娘さんとの向き合い方の変化につながったお話を伺いました。新山さんは、森岡さんのどのようなところに共感を覚えますか。
最近出された本『 森岡毅 必勝の法則 』(日経BP)も拝読しました。森岡さんが、ご自身のオフィスをあえてきらびやかにせず、身の丈に合った環境に構えているというお話に強く心を動かされました。あれほどの実績を持つ方が、なぜそうするのか。その理由が、「達成した」と脳が錯覚しないようにするため──と知って、本当にすごいと思いました。
多くの成功者が、住む場所や持ち物など見た目が豪華なイメージですが、森岡さんは、あえてそれを選ばない環境に自分を置くことで、挑戦し続けられる状態を保っている。そのストイックな姿勢に、プロフェッショナルとしての本質を見た気がします。そして、私自身が「戦い続ける人」に引かれる理由が、少し分かったような気がしました。
実は私もシングルマザーだった8年間、娘に派手な生活は絶対にさせないと決めて、築50年の小さな家に住み続けていました。どうしても「芸能人の娘だから、生活も派手なんでしょ?」と思われがちですが、身の丈に合った暮らしをしていれば、考え方も社会からズレないだろうと信じていたんです。暮らしぶりは、お友達とのお店選びや何気ない会話の一つひとつに影響すると思ったので、これまでの環境より必要最低限の暮らしを選択することにしました。だから、森岡さんのお話を読んだとき、自分がこれまで選んできた道を肯定してもらえたような気がして、勝手ながらとても共感しました。
祖父も母も「戦う人」だった
芸能界という華やかな世界で、ずっと第一線で活躍されてきた新山さんですが、一番大事にしてこられたことは何ですか。
青森の祖父が言ってくれた、「どこまでいっても1年生だと思え」という言葉を、ずっと自分の中で大切にしています。この言葉があることで、原点に戻ることができ、謙虚な気持ちを取り戻せるんです。つらいときも順調なときも、「一年生」の気持ちで向き合えば、自分の姿勢や言葉の選び方もまったく違ってくると思っています。
それから、ある本で出合った「あいうえお」の言葉──愛・運・縁・恩も、日々大切にしている価値観です。生活の中で、意識して大事にしているキーワードです。
おじいさまはどのような意味で「どこまで行っても一年生だと思え」とおっしゃったのでしょうか?
祖父が私にその言葉をくれたのは、私が芸能界に入って上京する前日だったと思います。「戻れる家はないと思え」と、突き放すようにも聞こえるくらい、強い言葉で送り出してくれました。でもそれは怒っていたわけではなく、「それくらいの覚悟で戦ってこい」という、愛のあるメッセージでした。先ほど「戦い続ける人が好き」とお話ししましたが、それはきっと祖父の影響もあるのでしょう。
そして、私の母もまた「戦う人」でした。共働きで母がいくつも仕事を掛け持ちして、私たち兄妹を育ててくれました。でも、一切苦労を見せなかった。常に前を向いて働いている姿が、本当にかっこよかったんです。どんな仕事にも誠実に向き合うという姿勢は、最初に母が教えてくれたことです。
シングルで育児と母の介助……その中で楽しむ工夫
とても強いお母さまだったのですね。
そうなんです。ただ、私がシングルマザーとして娘を育てていた頃、母が大病を患ってしまい、生活はさらに大変な状況になりました。病院への送り迎えや介助に追われる日々の中で、仕事に十分な時間を割くことが難しくなり、経済的にも厳しい状況が続きました。まさに試練の連続でしたが、それでも「これは自分が乗り越えるべき壁なんだ」と、どこかで腹をくくっていたように思います。もちろん頼れる人がいなかったわけではありませんが、自分の力で乗り越えたいという気持ちが強かった。環境や状況のせいにせず、自分でハンドルを取ることが、私の中では何より大事だったのだと思います。
そんな中で心の支えになっていたのが、私の愛車の古いジープでした。気持ちがどうしようもなく落ち込んだ日は、娘を小学校に送り出したあと、ひとりでただ黙々とドライブをして、音楽を聴いてリフレッシュしていました。
経済的に余裕がなかったので、当時、普通のコンビニでは160円だったマウントレーニアを100円ローソンで見つけたときは、本当にうれしかった(笑)。それを20本ほど冷蔵庫にストックして、1本ずつ大事に飲む。それが当時の私にとっての、ささやかなご褒美でした。スタバでコーヒーを飲むなんて、まさに夢のまた夢。洋服もしまむらでそろえていましたが、センスのいいものが本当に多くて。高価なものは買えないけれど、今ある選択肢の中で工夫することに、楽しさや自分らしさを感じていた気がします。あのとき支えてくれたマウントレーニアやしまむらは、今でも大好きです。
「ハンドル」は絶対に自分で握る
苦しいときであっても、どこか楽しむ工夫をされていたのですね。
私はいつも「ワクワクしていたい」という気持ちが強くて、目の前のことをあまりネガティブには捉えなかったんです。「こんなにお得なのにめっちゃおいしい!」とか、「安いからまとめ買いしておこう!」といった具合に、小さなこともポジティブに変換するクセが自然と身についたのかもしれません。
シングルで育児と母の病気のサポートを同時に抱えていた頃、ふと将来に不安を感じることもありましたが、その気持ちは不思議と長くは続きませんでした。自分の家族は自分で守りたいし、どんな状況であっても自力で乗り越えたいという思いがあった。自分の人生をこの手でつくっていく。それが、私にとって大切な軸だったんです。
生活は苦しくても、自分の手で環境を整え、暮らしを築いていける生き方にこそ価値がある。いまの自分に分不相応な環境を無理して整えるよりも、母と娘と3人でしまむらに行って、「好きなのを2つまでなら買っていいよ」とルールを決めて、みんなで楽しくお洋服を選ぶ。そんな生活が、私にとっての“本物の幸せ”だと胸を張って言えました。
新山さんご自身がまさに「戦う人」なのですね。笑顔を絶やさない普段の様子とは対照的です。
自分の人生のハンドルは、どんなときも自分で握る。森岡さんの本に強く共感したのは、その根っこにある価値観が、自分自身と重なっていたからかもしれません。ちなみに、愛車のジープは今やあちこちにガタがきていて、この前なんて雨漏りまでしました(笑)。でも、それすら自分で手を入れながら大切に乗り続けています。少し手がかかるけれど、ひとつずつ自分で整えてながら楽しんでいく。その積み重ねこそが私にとっての豊かさなんです。だから、「あの頃に戻りたくない」という思いは、今でもまったくありません。
取材・文/金澤英恵 構成/中山玲子(日経ビジネス編集)、長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
衣装協力/torugato、specchio




