森岡毅 必勝の法則 』(日経BP)、『 苦しかったときの話をしようか 』(ダイヤモンド社)などで知られるマーケターで株式会社刀のCEO(最高経営責任者)の森岡毅さん。話題のテーマパーク「ジャングリア沖縄」でも注目を集めているが、森岡さんの言葉は、人生の戦略を立てるうえで示唆に満ちている。タレント・俳優の新山千春さんは、そんな森岡さんの言葉に背中を押され、娘の進路に向き合うなかで、親としての役割を問い直すことになったという。進路の悩みから始まった母娘の対話、そして「子を信じる」という選択——その覚悟を支えた森岡さんの言葉とは。

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新山千春(にいやま・ちはる)
1981年生まれ、青森県出身。第20回ホリプロタレントスカウトキャラバンで審査員特別賞を受賞し、芸能界デビュー。以降、俳優・タレントとしてドラマやバラエティー番組などで幅広く活躍。2006年に長女を出産し、シングルマザーとしての子育てや日常をつづったブログが注目を集める。チャイルドマインダーや食育アドバイザーなど、育児に役立つ資格も多数取得。趣味はドライブ、釣り。

娘の進路の悩みが、すべての始まり

どのようなきっかけで森岡さんの本を手に取られたのでしょうか。

 きっかけは、娘・もあが高校受験を控えていた頃のことでした。幼稚園から中学校までは、私がリードする形で「ここがいいと思うよ」と娘に進路を提案してきましたが、高校からは夢に近づける場所を、自分の意思で選んでほしいと思って。「行きたいと思う学校なら、どこでもいいよ」と、彼女自身に選択を委ねたんです。でも、娘にとってそれは想像以上に大きなプレッシャーだったようで、「夢って言われても、まだ15歳なのに……どうしたらいいんだろう」と、本当に戸惑っていました。

 ちょうどその頃、今の夫と付き合い始めたのですが、「受験が夢につながるなら、一緒に考えていこう」と言ってくれました。彼は戦略を考えるデザインの仕事をしていて、どこか森岡さんにも通じる考えを持っている人なんです。それで、夫と私、娘の3人で話していたときに、「森岡さんの本がいいかもしれないね」と彼が提案してくれて。そのときに初めて手にしたのが、森岡さんが娘さんのために書いた手紙を基にまとめられた著書『 苦しかったときの話をしようか 』(ダイヤモンド社)でした。私もテレビで森岡さんの姿を拝見していたので、まずは自分で読んで、これは娘にも読ませたいと思ってプレゼントしました。

パートナーの方は、森岡さんの本のどのような点をすすめられたのですか。

 森岡さんはビジネスの世界で著名な方ですし、読む前までは「私にはちょっと難しいかも」と先入観を持っていたんです。でも夫が、「この本には、悩んでいる人や心にモヤモヤを抱えている人に向けたメッセージがたくさん詰まっている。きっと君にとって“これだ!”と思える言葉が見つかるはずだから」と言ってくれて。その言葉に背中を押されて、手に取ってみることにしました。

親としての価値観を揺さぶられた一冊

新山さんは、森岡さんの著書『苦しかったときの話をしようか』を自身で読んだのち、娘のもあさんにプレゼントした
新山さんは、森岡さんの著書『苦しかったときの話をしようか』を自身で読んだのち、娘のもあさんにプレゼントした
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実際に本を読まれて、いかがでしたか。

 親として、大きな衝撃を受けました。本には、森岡さんが経験した苦労や不安、そしてそれをどう乗り越えたかが書かれていました。読み進めるうちに、「不安を燃料にしてどんどん強くなっていく」「不安なのは君が挑戦している証拠だ」といった言葉に出合い、胸を打たれました。
 それまでの私は、「進路はあなた自身で決めなさい」と言っておきながら、娘の将来のために「こういう職に就いてほしい」とか「大学には行ってほしい」と、自分なりに“幸せになるルート”を漠然と描いていたのだと気づかされたんです。本当に大切なのは、「娘自身が何をしたいか」を軸にすることのはずなのに。森岡さんの言葉は、私たち親子にとって大きな知恵となり、困難に立ち向かうためのヒントとなったのです。

お子さんに伝えたいけれど、うまく言葉にできない。そんな親御さんの思いを、森岡さんの言葉が引き出してくれたのでしょうか。

 そうなんです。序盤に出てくる「子どもたちは自分の世界を飛ぶために生まれてきた」という言葉にも心を動かされました。先ほどもお話したように、私はどこかで、娘には苦労せず、安定した人生を歩んでほしいと願っていた。娘が安定してくれれば、私自身も安心できる。そんな気持ちが、きっとどこかにあったんですよね。でも、そうじゃない。娘が自分でやりたいことを見つけて、それを自らつかみにいくことこそが、これからの時代を生きる本当の力になる。森岡さんはそう教えてくれました。この本に出合わなければ、そんな大切な視点に気づけなかったかもしれません。

娘がいじめを受けていたことを語った

森岡さんの本に出合われた娘さんに何か変化はありましたか。

 娘が自分の将来の夢を口にしたのは、ちょうど森岡さんの本に出合った頃でした。「プロのダンサーになりたい」と。もちろん、ダンサーは人に感動を届ける素晴らしい仕事です。そう頭では分かっているのですが、親として願っていた“安定”とは少し距離があるように思えて、正直戸惑いました。応援したい気持ちはある。でも、将来への不安も大きい。その狭間で、私の葛藤はとても大きかったです。

 というのも、私自身が芸能界という“安定のない仕事”の厳しさを身をもって経験してきたから。だからこそ、「娘にも同じ思いをさせていいのか」と悩んで、「本当に大学に行かなくていいの?」と、何度も膝を突き合わせて話し合いました。

 高校3年生になると、周囲から「どこの大学に行くの?」と、まるで進学が前提のように聞かれる機会が一気に増えてきました。最初はそのたびに戸惑いもありましたが、森岡さんの本に出合ってからは、「うちの娘はプロダンサーを目指しているんです」と、自信をもって答えられるようになりました。少しずつ、自分の中で納得が積み重なっていって、自然とそう言い切れるようになったんだと思います。

「娘が自分でやりたいことを見つけて、それを自らつかみにいくことこそが、これからの時代を生きる本当の力になる。森岡さんはそう教えてくれました」と話す新山さん
「娘が自分でやりたいことを見つけて、それを自らつかみにいくことこそが、これからの時代を生きる本当の力になる。森岡さんはそう教えてくれました」と話す新山さん
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実際に森岡さんとも出会われたようですね。

 決定的だったのが、とあるテレビ番組の収録で森岡さんに直接お会いできたことでした。番組は、先生役の森岡さんに、高校生数人が生徒役となって将来の夢や目標について相談するといった内容でした。そこに参加した娘が「ダンサーという夢があるんですが……」と森岡さんに相談したとき、中学時代にSNSなどでいじめに遭い、転校までしたことを自分の口で初めて打ち明けたんです。

 当初は、番組内でいじめの経験を話す予定はまったくありませんでした。でも、森岡さんが先生役として登場されると聞いていたからでしょうか。収録直前、娘が私に「私、あのことを話したい」と伝えてきたんです。急いで番組のスタッフさんに相談し、本人の意思を尊重して、本番に臨むことになりました。娘はいじめを受けていたこと、その経験から人の目を気にするようになり、自信を失っていたことを、カメラの前で勇気を持って自分で語ったんです。

『苦しかったときの話をしようか』(ダイヤモンド社)には、将来の夢やキャリアをどう描くのかについて多くのヒントが詰まっている/画像クリックでAmazonページへ]
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娘さんの言葉を受けて、森岡さんはどのように応じられたのでしょうか。

 「とっても素晴らしい夢ですね」「過去のつらいことは思い出したっていいんです」と、娘を優しく、そして力強く肯定しながら、アドバイスしてくださいました。そのまっすぐな言葉に、私の至らなさも痛感したんです。頭では、娘がダンサーになりたいと語ることを、「素晴らしい夢だ」と理解していたつもりでした。でも、心の底からその思いを娘に伝えきれていなかった。そんな後悔がふいに込み上げてきました。

 森岡さんは、驚くほどの熱量で、力強く、そして具体的に未来の可能性を語ってくださいました。その言葉がどれだけ娘の心を震わせたか。そばで見ていてはっきりと分かりました。そして、森岡さんの語り口からは私自身の自信のなさを吹き飛ばすほどのすごい熱量を感じました。娘を信じて応援してあげれば、その先には彼女自身の世界が待っている。自分の夢を自分自身で選び、決断したという経験こそが何より大切なんだ。森岡さんの言葉は、そんな覚悟を私たち親子の中に育ててくれたように思います。

取材・文/金澤英恵 構成/中山玲子(日経ビジネス編集)、長野洋子(日経BOOKプラス編集) 写真/稲垣純也
衣装協力/torugato、specchio

希代のマーケターとして知られる森岡毅氏の強さの根源を日経ビジネス記者が徹底解剖。挫折を経験した森岡氏はどのようにして立ち直ったのか。快進撃の背景にある、森岡氏率いる100人の異能集団「刀」とは。マーケティングだけでなく、森岡流の組織論やリーダー論も学べる一冊。