リタイア後にどこでどのように暮らすか、収入は…? 定年で退職するのか、再雇用で働き続けるのか、それとも早期退職か…。ビジネスパーソンが向き合わざるをえない、定年前後のリアルな現実。今回は書籍『 日経マネーと正直FPが教える 一生迷わないお金の選択 』(菱田雅生・大口克人著、日経BP)からリタイア後の暮らし方について、金融一筋30余年、日経マネーの大口克人編集委員が解説します。

リタイア後は、田舎暮らし? 都会暮らし?

 これは意見の分かれそうな問題ですね。基本的には考え方の問題であり正解もないのですが、これからの日本がどうなっていくのかを考えると、高齢者が退職後に田舎暮らしをするのは難しくなると思います。

 都会で生まれ育った人には、やはり地方で自然に囲まれて暮らすことに憧れがあるようです。確かに素晴らしい風景や四季の移り変わり、まだまだ失われていない人情など、様々な良さがありますよね。今はリモートワーク時代でもあるので、条件が合えば「田舎暮らしと仕事の両立」もできそうです。

 実際、地方に移住して暮らしたいという人は多く、そういうブログやYouTube動画はたくさんあります。私もそれらをよく見ますが、「やっぱりやめて都会に戻りました」が意外なほど多いことにも気付いています。例えば沖縄の場合、移住者の8割が3年以内に本土に戻るといわれています。

田舎暮らしにあるお金と環境の問題

 原因は「地域の人間関係に溶け込むのが困難」「住んでみたらイメージと違った」など様々でしょうが、大きいのはお金と環境の問題のようです。お金の面では、地方なら物価が安いと思ったが実はそこまで大きくは変わらず、どこに行くにも車が要るので結構出費が多い(車両代やガソリン代、保険料に修理代など)、というのをよく聞きます。自治会費や近所付き合いのお金、意外な出費もあります。

 例えば私は新潟県の豪雪地帯の出身で、子供の頃には1階の玄関が埋もれたので2階の窓から出入りした経験もあります。毎年雪が降る前には家が潰れないように木材で雪囲いをして、冬の間じゅう屋根から雪下ろしをしないといけないのですが、年を取ってくると自力では困難になります。そこで近所の人にお金を払って頼むのですが、毎冬のことなのでばかになりません。田舎だから生活費が安いとは限らないのです。

 もう1つの環境というのは、高齢になれば体も足腰も弱くなるので病院やスーパー、銀行などが歩ける距離にあると安心なわけですが、地方だとそうはいきません。日本は災害大国でもあるので、家が安く買えそうな人里離れた場所だと、いざ何かが起こった時には孤立してしまう恐れもあります(最近だと特に、山あいの一軒家が強盗に襲われるといった事件も発生しています)。

 そこで、人口減少が続くこともあって今後は「便利な場所にみんなで集まって住もう」というコンパクトシティ化が一層進んでいくと思われます。「一定の範囲内に限るが、その中では医療・福祉などの環境づくりや防災対策などをしっかり行う」というわけです。高齢者はこの動きに乗り、環境が整った、人の目が多少ある場所に住んだ方が安心して暮らせそうです。

高齢者の暮らし目線で考える

 ただこの場合、東京や大阪といった大都会に引っ越す必要はありません。

 例えば東京郊外に少し大きめの家があり、子供がもう全員巣立っているのであれば、それを売って夫婦2人で地方都市の駅前のマンションに引っ越すのはどうでしょうか。いわば「ダウンサイジング+プチ地方移住」です。

 私も仕事であちこちの地方都市に行きますが、新幹線の駅前のような開けた場所でも東京よりはるかに自然は多く、環境は十分整っているのに家賃は安いというのを実感しています(ぶらぶら歩いて不動産屋の看板をウオッチする程度ですが)。

 エリアは各人の好き好きですが、できれば積雪や台風など自然があまり厳しくないところ、大災害が来るという話の少ないところで、その気になれば1~2時間で便利な都会にも出られる場所がいいように思います。

 田舎暮らしには良さもありますが、高齢者にとっては地方都市の駅前など“プチ都会”暮らしが安心な面もあるといえそうです。

そもそもFIREはした方がいい?

 数年前、非常にはやったFIRE(Financial Independence, Retire Early =経済的な自立による早期リタイア)ですが、最近はあまり聞かなくなりました。理由は簡単、インフレのせいでそれまでの前提だったロジックが崩れたのと、人間は社会的な生き物であり、お金のためだけに働いているのではないからです。

 FIREは米国の「4%ルール」という考え方が基本です。これは年間生活費の25倍のお金を投資などで作り(年間支出が400万円なら1億円)、それを年4%で運用できれば、毎年生活費を取り崩していっても少なくとも30年は資産が尽きないので、退職して好きなことをして暮らせる、という話です。

 4%というのは、米国のS&P500指数のある期間の成長率が7%で、その間の物価上昇率が3%だったので、差し引き4%ということです。

 しかし、米国の物価は2022年6月には前年同月比で9.1%も上昇しました。翌年には再び3%台に戻ってきており、日本の物価上昇はこれより穏やかですが、私には「4%ルールって見込みが甘すぎない?」という気がします。ただ生きていくだけならこれでもいいでしょうが、バイクで日本一周など、趣味や「好きなこと」を貫いて生きていくにはお金も余計にかかりますから。

人間はお金のためにだけ働くのではない

 それもあって最近では、FIREしたけど再就職する「FIRE卒業」がトレンドワードになったりしています。運用難で資産が減ってしまったこと、毎日自由に生きてみたけど退屈や孤独に耐えられなくなったことなど、様々な事情があるようです。もう定年退職の年になったけれど「なるべく長く働きたいな」と考えている私には、後者の理由はよく分かります。

 そもそも人間がなぜ働くのかといえば、お金を稼ぐ以外にも「人に認められたい(承認欲求)」「人の役に立ちたい」「仕事を通じて人や社会に関わりたい」「新しい何かに出合いたい」という根源的な欲求があるからです。承認欲求にしても、SNSに「映え写真」をアップして「いいね」を集めるような瞬間の栄光ではなく、仕事の上で何かの専門家になったり資格を取ったりして、「この分野ではとうていあの人にはかなわない」と認められる方が、喜びが大きいですよね。こうした欲求があるから人間社会が発展してきたわけで、多くの人は、少しくらいお金が貯まったからといって毎日家で1人で遊んでいる生活には耐えられないのです。

 もちろん、経済的自立を得れば好きな仕事を選べる良さはあり、それには私も憧れます。でも好きなことばかりの毎日も、また退屈かもしれません。「長生きするには適度なストレスも必要」というように、職場の面倒な人間関係や自分にはちょっと難しいリクエストも、うまくこなせれば「よっしゃー!」と喜びになりますよね。

 一番カッコよくて体と心の健康(特に認知症予防)にもいいのは、FIREできるだけのお金を作ったのに仕事は普通に続け、職場で同僚と冗談を言い合っているような生き方だと思います。

 ということで、FIREの決断は個人の自由ですが、計算違いや孤独になる可能性もあります。私自身は社会と長く関われる方に喜びを感じます。

(写真:Seventyfour/stock.adobe.com)
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菱田雅生・大口克人著、日経BP、1870円(税込み)