稀代の経営者、稲盛和夫氏の逝去から3年。今なお信奉者が多い稲盛氏とは何者だったのか。新刊『稲盛和夫と二宮尊徳』の著者・井上裕氏が、金澤しのぶ稲盛財団理事長を訪ね、「父・稲盛和夫」と彼が遺した財団の使命について聞いた。その第1回。「父の言葉は父が話すから意味がある」の真意とは。
「父はいつも普遍的なことを言ってきました」
父が稲盛財団をつくってもう40年になります。「京都賞」もこのような大きなものになるとは予測もしていませんでしたが、やめられないものを父がつくってしまったという認識は、母にも私たち娘にもありました。母などは、やめられないということで怖がっていました。
財団が京都賞を始めて間もない頃、一時、私も事務のお手伝いをしていたことがあります。今もその頃とやっていることは、ほとんど変わっておりません。選考委員の先生方には相当のご負担をおかけしていますが、厳正で真剣な審査で毎回、先端技術、基礎科学、思想・芸術の3部門で受賞者を選び、表彰しています。この3部門制は最初からです。「人類の未来は、科学の発展と人類の精神的深化のバランスがとれて初めて安定する」という父の考えがあるからです。「人のため、世のために役立つことをなすことが、人間として最高の行為である」という父の設立理念も変わりません。
こうした理念はもう絶対、揺るがないものなので、財団が続く限り、続いていくとは思います。ただ、私が継承者かといわれると、話は別ではないかと。
父の言うことは父が言うから意味があるのであって、私たちのような家族を含め他人が言ってもあまり意味がないのだと思います。父の言うことを大切にされている方からは反発を受けるかもしれません。でも、どうでしょう。父はいつも普遍的なことを言ってきました。裏返せば、誰にでも言えること、誰でも思いつくことを言ってきたわけです。
父はよく「今度こんな本が出たよ」と私たちに見せてくれました。でも、私たち娘はもう、門前の小僧に近いわけですから、これ知ってる、いつも言ってることやないかと(笑)。私たちがあまりありがたがらないので、父が余計に腹を立てるようなことはよくありました。
自分らしく生きていく。その中で自然に受け継がれていく
でも、自分が弱っている時などに父の言葉を思い返すと、そやな、と思うことはあります。盛和塾の塾生だった方で、ある時、父の言葉をおうむ返しにするのではなく、自分の中に落とし込んで話をされる方がいらっしゃいました。その方は父に出会って、父の影響を受けて、自分も変わって、仕事に対する考え方も変わって、いろいろ話しているうちに仕事が楽しくなって、会社も変わってきたというお話をされました。それを聞いた時、盛和塾の中にもこういう方がいらっしゃるのだ、と。いや、そういう方は実はたくさんいらっしゃるのではないか。父がやりたかったことは、なるほどこういうものだったのかとわかりました。

父が書いたり、話したりしたことを自由に見て、自由に評価して、何かいいなと思うことがあれば、それを自分のものとしていただければ私はうれしいです。継承というと、広めたり、伝えたりする仕事が出てきますよね。例えば、私が父の言葉を伝えたら、絶対私の中ですでに変わっているものがあるはずです。私のカラーというか、誰かのカラーになりますよね。私、あまりそういうのはうれしくない。父の言葉や話をそのままで見ていただきたい、と。
父の考えに共鳴してくださる方がたくさんいることは素晴らしいことだと思います。でも、経典みたいにありがたがることは全くないと思います。多分、父が信頼し、望んだような方々は、自分を稲盛の継承者だとは思ってもいないのではないでしょうか。自分の言葉をまた残そうとか、そういうこともお考えになっていないのではないでしょうか。自分らしく生きていく。その中で自然に受け継がれていくものがあるとすれば、それこそ父が望んでいたことではないかと思います。
生前、私が何か言うと、お前は何もわかっていないというふうにずっと言われ続けてきたので、今も後ろのほうからそんな父の声が聞こえてくる気がしますが(笑)。(談 次回に続く)

井上裕著、日経BP、2420円(税込み)
