なぜ『最後はなぜかうまくいくイタリア人』(日経ビジネス人文庫)がベストセラーになったのか。分裂国家だったからこそ育まれたイタリアの国民性。イタリア人と関西人の共通点。イタリアの地下経済は国家予算並み? エコノミスト・浜矩子さんと『最後はなぜかうまくいくイタリア人』の著者・宮嶋勲さんの対談2回目。

第1回「 浜矩子×宮嶋勲 『労働=苦役』ではないイタリア人

コロナ禍で感じた矛盾

浜矩子(以下、浜) 『最後はなぜかうまくいくイタリア人』はベストセラーになっているそうです。なぜ今になって、日本人がこの本に引き寄せられるのでしょうか。

宮嶋勲(以下、宮嶋) 最初に単行本を刊行したのが2015年、文庫化が18年なんですが、2023年の6月ぐらいから急に売れ出しました。新型コロナウイルス禍という大変な時期を経て、日本人が自分たちのやってきたことに矛盾を感じ始めていたところで、改めてイタリア人的な生き方に対する憧れを持つようになったのではと思います。

 コロナ禍で多くの日本人が追い込まれ、「今までとは違う生き方があるかも」という思いに駆られたと。

宮嶋 経済活動の根幹には本来、人の幸せがあるべきです。誰もが一度立ち止まって、「幸せとはなんだろう」と考え始めているのではないでしょうか。

 職人仕事や手作業への憧れもあると思います。近頃は勤めていた会社を早期退職し、退職金を元手にワイナリーを始める人が増えています。これまで役所や大企業に勤めていれば安泰な老後が待っていると思っていたのに、どうもそうはいきそうにないと、気づき始めたのかもしれません。

「私たち日本人の多くが、今のままの生き方でいいのかと思い始めているのかもしれません」と話す宮嶋勲さん
「私たち日本人の多くが、今のままの生き方でいいのかと思い始めているのかもしれません」と話す宮嶋勲さん
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 「国家という機械」の作動がうまくいって、大きな実りをもたらしている間は、歯車の一つでいてもいい。でも、どうもこの機械はおかしい、このまま歯車のままでいても危ない、と気づいたのかもしれませんね。半面、今度はジョブ型とか提案型とか、働き方についてのさまざまな情報が飛び交い過ぎる状況になり、そのことが人々を当惑させ、焦らせているという面もある。

宮嶋 「仕事とプライベートを区別しないイタリア人的働き方」というのは、なかなかタフだと思います。国家と正攻法で戦っても勝てないから、個人はなし崩し的、レジスタンス的に生き延びようとします。常に誰かに支配され、搾取されてきたイタリアの国民性が編み出した働き方だと思います。

国家予算と同じだけの地下経済が存在

 イタリア半島では長い間、小国による群雄割拠状態が続いていましたから、複雑なせめぎ合いの中からいろんな知恵が生まれてきたんでしょう。マフィアもその一つですね。

宮嶋 よく誤解されるのですが、マフィアというのは国家と対立する存在ではありません。マフィアは国家権力に寄生し、国民に浸透していく存在です。例えばシチリアで経済活動をしている人の多くは、マフィアに税金を払っています。「なぜ、国家に払わないのか」と聞くと、「国家は頼りにならないから」と言います。

 もし、シチリアで私が強盗に身ぐるみはがされて警察に行っても、警察官はコーヒーを飲みながら「はい、調書を書いて」で終わりです。でも、シチリアのゴッドファーザーに「私はシチリアが大好きで、日本からワインの勉強をしに来ました。身ぐるみはがされてどうにもなりません」と泣きつけば、犯人を探し出し金品を返してくれるかもしれません。警察よりもはるかに優れた情報網を持っていますから。

 その代わり、ゴッドファーザーから「こいつを刺せ」と命令されたら、私は刺しに行かねばならないかも(笑)。そういう意味では日本の「必殺仕置人」というか、任侠(にんきょう)の世界に通じるものがあります。

 イタリア人は総じてタフで、マフィアはその代表格ということでしょう。だからこそ、イタリアには大いなる地下経済が存在する。

付箋のついた『最後はなぜかうまくいくイタリア人』を手にする浜矩子さん
付箋のついた『最後はなぜかうまくいくイタリア人』を手にする浜矩子さん
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宮嶋 国家予算と同じだけの地下経済があるといわれています。イタリアのレストランで食事をすると、「領収書が必要か」と聞かれます。「いらない」と言うと、安くなることもあります。そのほかに「手書きの簡易領収書」「公式な領収書」にするかによって、それぞれレストランの料金が変わることが昔はよくありました。

 昔はイタリアの国家公務員は朝にタイムカードを押したら、バルに行きコーヒーを飲んでおしゃべりをして、席に戻ったら新聞を読んで時間を過ごすといわれていました。その後はランチで、午後に少し仕事をして、時間通りに帰宅すると、夜は親戚のレストランでアルバイトをするというのです。面白いのは、レストランでは生き生きと働いているということです。

 シチリアの若年層の失業率は35%ぐらいで、暴動が起きても不思議ではないのですが、公式の数字とは違って、みんなそれなりに隠れてアルバイトをしているから、生きていけるのかもしれません。

 兼業、副業は当たり前。地下経済と地上経済の掛け持ちは当然。

宮嶋 経済状況が一番悲惨だった1980年代、シチリアの州都パレルモの中心街に行ったら、ブランド品がずらりと並んでいました。パレルモにはマフィアが収監されている刑務所があるのですが、その刑務所では高級シャンパン「モエ・エ・シャンドン」が、シチリアで最も多く消費されていたともいわれています。

 イタリアらしい(笑)。不況だといっていても日本よりずっと豊かな印象ですね。

宮嶋 もし本当に国家予算と同じだけの地下経済があるとしたら、イタリアはドイツ以上に豊かな国となります。

イタリア人は関西人?

日経BOOKプラス編集部(以下、──) 宮嶋さんはなぜ、イタリア社会に溶け込めたのですか。

宮嶋 馬が合ったんでしょうか。私は京都生まれですが、イタリア人と関西人には共通するものを感じます。イタリア人を東京に連れてくると、日本人が整列乗車をするのを見て、「距離感がある」「冷たい印象がする」と言います。でも大阪の難波や道頓堀に連れていくと、街の活気に大喜びします。

イタリアのオペラやワイン談義でも盛り上がった宮嶋さんと浜さん
イタリアのオペラやワイン談義でも盛り上がった宮嶋さんと浜さん
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 私が教えていた同志社大学で、学生に「『この印籠(いんろう)が目に入らぬか』と言われたら、どうする?」と聞いたら、全員が「ハハーッと土下座します」と答えました。「『バーン』と撃たれたら?」と聞くと、「やられた……と倒れます」と(笑)。聞いただけで体が動く、そのサービス精神が関西と東京との違いです。イタリア人もサービス精神が旺盛ですし、何よりイタリア語と関西弁は似ています。

宮嶋 「タント(たくさん)」「コンクラーベ(根比べ)」とか、意味まで似ています。おしゃべりも大好きですし、関西的な明るさというか、「労働とはそもそも幸せになるために存在している」という認識が強いと思います。

 だから、自分が本来やりたくない仕事をしなくてはいけないときは、もう「何でこんなことをしなきゃいけないんだ」と嘆きまくります。でも、そこが大事な部分です。大多数の日本人は「労働は義務だ」と我慢して、頑張ってしまうんですよね。

──日本のビジネスパーソンは、一方で「生産性を上げろ」と言われ、他方で「ウェルビーイングを大事にしなさい」と言われ、いったいどうすればいいのかと思います。イタリア人のように「好きなことだけやって、最後はうまくいく」のであれば、解決策になりそうですが。

 今は社員を必要以上に、そして安上がりに働かせるための「やりがい搾取」「生きがい詐欺」も横行していますから、要注意です。日本人もイタリア人のしたたかさ、自由な精神を見習っていくべきでしょう。

文:三浦香代子 構成:桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真:小野さやか

日経ビジネス人文庫『 最後はなぜかうまくいくイタリア人
イタリア人に学ぶ、心軽やかに生きるヒント

怠惰で陽気で適当なのに、ファッションから車まで、独自のセンスと哲学で世界の一流品を生み出している国イタリア。彼らの秘密を、日常のさまざまなシーンの行動・価値観や「イタリア人あるある」から、軽妙にひもとく。

宮嶋勲著/日本経済新聞出版/825円(税込み)