『最後はなぜかうまくいくイタリア人』の単行本が刊行された2015年、エコノミストの浜矩子さんは訪れた書店でたまたま本書を見つけ、面白く読んだという。そして「週刊エコノミスト」(15年10月20日号)に書評を発表。これを読んだ本書の著者、宮嶋勲さんは大いに感激し、いつか浜さんにお目にかかり、お礼を言いたいと思っていた。このたび本書の文庫版がベストセラーになったのをきっかけに、2人の対談が実現した。3回に分けて掲載する。
労働の疎外が少ないイタリア人
日経BOOKプラス編集部(以下、──) 宮嶋さんは日本とイタリアを行き来するジャーナリストとして、イタリアワインや食に関する執筆、ワインセミナーの開催などをされています。浜さんも欧州の滞在が長いそうですが、イタリアとのご縁はいかがですか。
浜矩子(以下、浜) 私はイタリアに住んだことはないのですが、英国には子どもの頃、1960年から64年まで滞在、さらに三菱総合研究所のロンドン駐在員事務所長として90年から98年まで住んでいました。
ロイヤル・オペラ・ハウスのシーズンチケットを買って見に行くのが楽しみで、オペラを見ているうちにイタリア語も分かるようになりました。また駐在員時代のハイヤーの運転手さんがイタリア人で、おしゃべりしたことも懐かしい思い出です。
宮嶋勲(以下、宮嶋) イタリアのワインはお好きですか。
浜 ガンガン飲むほど、大好きです。イタリア料理も好きですが、昔はイギリスのイタリア料理ほどまずいものはありませんでした。パスタが鍋焼きうどんみたいで。今やイギリスの食べ物事情も本格的なグローバル化が進んで、レベルが上がりましたね。
宮嶋 イギリスのレストランがまずいのは、イギリスに移住したイタリア人が、飲食業については素人なのにレストランを開いたからといわれていますね。
経済の専門家としての浜さんにお伺いしますが、イタリアは経済学の世界で活躍するような人物を輩出しているのですか。
浜 「パレートの法則(80:20の法則)」で知られるヴィルフレド・パレートをはじめ、有名な経済学者が出ています。既存の枠組みにとらわれず、自由な発想ができる人が多いと思います。
日本人の学者だと、まず「型にはまらなくてはいけない」「主流から外れてはいけない」と思い、先人が築いたものの上にちょこんと乗っかろうとします。そして先行研究を徹底的に突き詰め、自分が新たに貢献できるかもしれない部分を少しだけ進める。いうなれば「重箱の隅をつつくスタイル」です。
宮嶋 イタリア人にはとても無理ですね。イタリア人は1を3にするのは大の苦手で、0から1を生み出すほうが得意です。でも、普通はそれが一番難しいのですが。だから、ミケランジェロ、ガリレオ、ヴィスコンティ……と、何百年に1度、既存の枠をひっくり返すような天才が現れるのだと思います。
イタリアが突出した才能を認める文化だとすると、日本は総じて平均点を上げようとする文化です。現代は大学受験のテクニックばかり発達し、結局は親の経済力がものをいうことになります。また、本来は手先が器用で、勉強より何かを生み出すほうが向いていても、親が教育に投資して、進学校に通っている人もいるでしょう。不向きな道に進まされ、突出した才能を育てる機会が失われているように感じます。
浜 自分の望んでいた道に進めていないからなのか、生き生きと働く日本人が少ないですよね。私は『 人が働くのはお金のためか 』(青春新書インテリジェンス)という本で、疎外された労働は苦役になるが、労働が人生になれば疎外感がなくなると論じましたが、改めてそう思います。
宮嶋 イタリア人は公私の区別が曖昧です。公共機関の窓口にいる人も仕事中に平気で家族と電話します。労働とは商品として資本が売買するもの、労働とは義務であり、プライベートから疎外されたものという意識は希薄です。だから、息抜きする必要もありません。
浜 実は私もそうなんです。よく「どうやって息抜きをするんですか」と聞かれるのですが、何か新しい発見をするために調べたり、書いたりすることは、好きでやっていて、「仕事」とは意識しません。だから、オン・オフを切り替える必要もなく、推理小説を読んでいても、聖書を読んでいても、いろいろな経済分析上の発見があります。
宮嶋 フランス人はバカンスに情熱を注ぎますが、裏を返せば「バカンス以外の11カ月は灰色の日々」なのかとも思います。1カ月のバカンスで自分を取り戻さないと生きていけないほど、労働によってプライベートを疎外されているのかもしれません。
浜 フランス人はバカンスに必死すぎて、かえって疲れるかも。フランスはヒエラルキーや秩序を重んじる国です。イギリスはネクタイを締めた海賊の国で、利益優先。実は欧州各国でEU(欧州連合)に対する考え方やアプローチはまったく違いますから、そりが合わないのも当然です。
宮嶋 フランスは「国家」の存在が強烈ですね。イタリアから国境を越えてフランスに入ると、警察官が10人ぐらい待ちかまえています。特に何かするわけではないのですが、「国家はちゃんと見ているぞ」と威圧されているようです。反対にイタリアに入ると、警察官が輪になってコーヒーを飲みながら、おしゃべりをしています。誰も通る車なんか見ていません(笑)。
──同じラテン系のスペインはどうなんでしょうか。
浜 スペインとイタリアはずいぶん違いますよね。イタリア人が天真爛漫(らんまん)に情熱の炎を燃やしているとしたら、スペイン人は暗くメラメラと情念をたきつけているイメージ。周辺国への対抗意識もあるし、フランコ時代に苦労したり、カタルーニャの独立問題も影響したりしているのかもしれません。
宮嶋 イタリアも南北分裂国家で、ワインが入ると南や北の悪口を言いまくるんですが、裏表はないんですよね。
浜 でも、最近はメローニ首相が選ばれるなど、状況が違うのでは?
宮嶋 メローニ首相はアフリカや中近東からの移民に厳しいです。イタリア人も不景気で仕事を奪われると、誰かのせいにしたくなり、支持している一面もあるのでしょう。ただ、移民でイタリアに残りたいと思っている人は少ないんですよ。
シチリアまでたどりつければ、もうパリ行きの切符を手に入れたも同然。イタリアは通過点と思っている移民が多いんです。それでフランス側が怒り、ピエモンテではフランスの警察が国境を越えて、移民を取り締まるという事件もありました。
苦役でない働き方
宮嶋 労働と疎外についての話が出ましたが、「自分の時間を売って、お金をもらう」という働き方は、サラリーマンの出現と結び付くのですか。
浜 そうですね。家内制手工業には存在しない働き方です。職人が自分の作品を作る時間は、自分の時間ですからね。
宮嶋 そうですね。自分の好きなものを作っているわけですから。
浜 職人には嫌な仕事を断る自由もあります。ところが、日本では戦後体制の中でそうした働き方が少なくなりました。終身雇用や年功序列は、高度成長を生み出すには非常に効率の良いシステムだったけれども、今はもはやそんな時代ではない。にもかわわらず、いまだに踏襲しているから問題が起きているのです。
宮嶋 戦前に終身雇用はなかったのですか。
浜 日本の典型的な働き方だと思われている終身雇用制度が生まれたのは、敗戦後です。一方で、企業が終身雇用をやめて、誰も彼もがフリーランスになればいいというわけでもありません。今の日本に必要なのは、「苦役でない働き方」を再発見することです。
宮嶋 戦後にできた体制を見直す機会はなかったのですか。
浜 絶好の機会だったのは、1985年のプラザ合意です。あそこで日本の位置付けが変わり、円高になり、経済の体質も大きく変わるはずでした。しかし、あまりにも円高不況を恐れたゆえにどんどん金利を下げてしまった。「不況回避のためには何でもやる」といっているうちにバブルになり、バブルは崩壊、その後は失われた30年です。プラザ合意への対応を間違えたことが、その後の歴史を大きく変えてしまったと思います。
宮嶋 そのときに大量生産の経済から、もっと高付加価値の経済にシフトすべきでしたね。
浜 そうです。円の購買力が上がったわけだから、その高い購買力を活用して、輸入すべきものは輸入し、輸出は価格競争に頼らない、という方向に進んでいければよかったのですが、どうもそういうときに限って日本はパッと切り替えられないんですよね。一番変わらなきゃいけないときに変われない。ただ、昔の日本人を見れば、明治維新があり、大正デモクラシーもあり、今よりもっと自由な発想をしていたと思います。
宮嶋 明治維新はある意味、第2次世界大戦後と似ています。富国強兵をしないと植民地になってしまうという危機を明治の日本人は切り抜け、危機が去ったときにはちゃんと一息つきました。大正から昭和初期までは、日本映画などを見ても、なんだか楽しそうです。
浜 のんびりしていたし、芸術性も高いですよね。日本人がイタリア人的な暮らしをしていた時代もあったんですね。
文:三浦香代子 構成:桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 写真:小野さやか
怠惰で陽気で適当なのに、ファッションから車まで、独自のセンスと哲学で世界の一流品を生み出している国イタリア。彼らの秘密を、日常のさまざまなシーンの行動・価値観や「イタリア人あるある」から、軽妙にひもとく。
宮嶋勲著/日本経済新聞出版/825円(税込み)



