独立研究者の山口周氏は、カラヤンによるウィーン交響楽団のリハーサルを例に、一流が持つ完成度への執着について語る。経営学者の楠木建氏は、それを「頑張る」のではなく「凝(こ)る」ことだと表現する。作り込んでいくプロセス自体が楽しいのだという。書籍『知的生産のセンス』(楠木建、山口周著/日本経済新聞出版)から抜粋・再構成。

楠木建氏(右)と山口周氏
楠木建氏(右)と山口周氏
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カラヤンのダメ出し

山口周氏(以下、山口) 楠木先生に伺いたいのは、アウトプットを作るときの「ディテールやクオリティへのこだわり」についてです。僕は広告の世界でキャリアを始めて、途中からコンサルティングの世界に身を移しました。

 広告の世界では、知的生産のアウトプットは企画書や広告表現という形になりますし、コンサルティングの世界では基本は紙の報告書になります。両者に共通しているのは、一流と言われる人はやはり「アウトプットのディテールに非常にこだわる」ということです。すでに90点で及第点が取れている、と思われるものをさらに追い込んで95点に、95点になったら今度は96点へ、と際限なくクオリティを上げていく、そのこだわりがすごい。

 最近は「ワーク・ライフ・バランス」も重視されますし、仕事のクオリティを追求すると、ややもすれば「パワハラを受けました」などと言われかねない。それはそれで大事なことだとは思いますが、やっぱり「80点でいいんじゃないですか?」と思うようになったら、ああいった業界で一流の仕事はできないように思いますね。

山口周
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山口 周(やまぐち・しゅう)
独立研究者、著作家、パブリックスピーカー
1970年、東京都生まれ。ライプニッツ代表。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループなどで戦略策定、文化政策、組織開発などに従事。

 それで思い出したのですが、若き日のカラヤンが、ウィーン交響楽団でリハーサルをやるという映像がYouTubeにあります。これが非常に印象深いんです。

 本番直前のリハーサルなので、僕なんかが聞くと「どこに問題があるの?」と思うわけですが、とにかくカラヤンから徹底的なダメ出しが出るんですね。曲はシューマンの交響曲第4番で、あの曲は出だしが非常に重々しいのですが、その最初のド頭の和音がなった瞬間に、すぐ止められる。そして「皆さんの今の音は、重い荷物をドーンと地面に落とすようです。逆に地面からとても重いものが浮かび出てくるようにしてください」と。

 新進気鋭の指揮者とはいえ、相手は伝統あるウィーン交響楽団です。シューマンの4番なんて、それこそ飽きるほどに演奏してきたでしょう。そのオーケストラに対して「あなたたちの演奏は、私が求めるレベルにまったく到達していない」ということを、最初から示すわけです。

 ところが面白いもので、この1時間ほどの動画をずっと見ていると、確かに微妙な違いではあるのですが、やっぱり演奏のレベルが一段高いところに上がっていくというのが、僕でも分かります。

 この感覚は、僕は割と好きで、講演用の資料でもコンサルティングのレポートでも書籍の原稿でも同じなんですが、「これでだいたい80点にはなったな」という段階から、磨いて磨いてそれを100点にできるだけ近づけていく。このプロセスのところで、自分らしさが濃厚になっていくと思うんですが。どうですか? そういう感覚、楠木先生にもありますか?

「頑張る」よりも「凝る」

楠木建氏(以下、楠木) 頑張っているんじゃなくて「凝っている」という感覚ですね。自分のアウトプットをひたすら磨いている感じなんです。誰に頼まれたわけでもない。費やした時間や労力に対して得られる限界的な利益がどれくらいあるかなんて関係ない。「コスパ」や「タイパ」の対極にある世界です。

 例えばプレゼンテーションのスライドでも、僕は相当に凝りますね。どこに凝るかというと、「見やすくする」「分かりやすくする」よりも全体の「流れをつくる」ところです。

楠木 建
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楠木 建(くすのき・けん)
経営学者、一橋大学PDS寄付講座・シグマクシス寄付講座特任教授
専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。

山口 文脈ですね。

楠木 要するに構成や配置や順番の問題なんですけれど、プレゼンテーションの流れに凝ります。その点、AI(人工知能)はあっさりしている。当たり前ですけれど、連中には「凝る喜び」がない。

山口 分かります。その作り込んでいくプロセス自体が楽しみですよね。

楠木 僕は文章にも凝ります。これは僕のバイアスですが、「文章至上主義」なんです。文章は正直です。本当に自分で分かっていることでないと、文章は必ず破綻します。逆に言うと、文章にできないようなことは、本当は分かっていないし、考えられていない。その人の思考のセンスは文体に表れると思っています。周さんは自分の文体にこだわります?

山口 こだわりますね、むちゃくちゃ。

楠木 僕の考えでは、文体は究極的にはリズムの問題です。読んでいる人がそこにどういうリズムを感じるか。リズムを整えるために、使う言葉を微妙に変えたりします。最近はシソーラス(類語辞典)を使っている人は少ないようですが、僕にとっては欠かせない道具です。正確な表現を心がけるのは当然ですが、プラスアルファでリズムにこだわる。これも誰にも頼まれていないのに、自分で凝っているだけです。

山口 僕もリズムはとても大事だと思っています。そういえば『ナルニア国物語』を書いた作家のC・S・ルイスが、若い書き手へのアドバイスとして「音読しろ」ということを言っていますね。「自分の書いた文章は必ず音読して推敲しろ」と。音読するとリズムの悪いところ、流れの悪いところが自然と浮かび上がってくる。面白いのは、辻褄の合わないところ、ロジックの甘いところもリズムが悪くなりますね。

 ルイスは「文学は耳で味わうものだ」と考えていた。僕も楠木先生も音楽が大好きですけど、文章においてもリズムというのはとても大事だと思っています。なので、僕は基本的に音楽を聴きながら文章を書くというのができないんです。頭の中で音にしながら書いているので、音楽が鳴っていると自分の文章のチェックができないんです。

楠木 僕も言葉の選択で迷ったり、事後的に原稿をチェックしたりするときは、実際に声に出すかどうかはともかく、頭の中で「音読的なこと」をやっていますね。それも「自分と自分の対話」の一つの方法ですよね。読み返すことで、自分がオーディエンスになれるわけですから。

写真/斎藤弥里

経営学者の楠木建氏と独立研究者の山口周氏による白熱の対談録。2人の知性が示す「仕事の原理原則」。知的生産のプロセスである「入力」「保存」「変換」「出力」の各段階における、両氏の思考と実践をひもとく。

楠木建、山口周著/日本経済新聞出版/1980円(税込み)