私は日本史を担当しているのですが、まず紹介したいのは、みなもと太郎さんの歴史漫画『 風雲児たち 』(リイド社)です。これは、関ケ原の戦いから幕末まで、鎖国が続く時代の日本に生きた人々を描いたギャグ漫画です。
いかにも王道!という人物ばかりでなく、教科書の隅のほうに名前が一度だけ出てくるような人たちまでもが、全20巻にわたってこれでもかというほど次々に登場。その一人ひとりが血の通った生身の人間として生き生きと描かれ、引き込まれます。
私自身は、教育実習でお世話になった母校の日本史の先生に紹介していただいて、この作品に出合いました。
もともと漫画を読むことはあまりなく、ギャグ漫画を読んだのはそのときが初めて。史実の中に突然現れるギャグについて行けず、実は1巻すら読み通すことができなかったのです。
でも、その後何かの折にまた読み始めました。最初のうちは、日本史の教師として「生徒が江戸時代をリアルにイメージするのに役立つかな」くらいの感じでページをめくっていました。
ところが、読み進めるうちに痛快な人物たちに魅せられ、一人ひとりの生きざまから目が離せなくなってしまった。
鎖国が続く日本にあって、蘭学を学びたい、新しい知識を得たい、新しい世界を作りたいと願い、そのために命をも懸けてきた人たち。そんな彼らの熱量がそのまま伝わってきて、こちらも熱くなってくる。これが漫画という表現の持つ力なのか。
先生たちに聞いた人生を支える一冊
あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく、中学生・高校生たちにどんな本を薦めているのでしょうか?生徒たちに薦めたい本、授業で扱った本、自分が好きな本を紹介しながら学校の特色や、本にまつわるエピソードまでをとことん語ります。
【掲載校】フェリス女学院/国際基督教大学(ICU)高校/豊島岡女子学園/広尾学園/渋谷幕張/開成/聖光学院/灘
平林理恵著、日経BOOKプラス編/日経BP/1760円(税込)
教科書のわずかな記述の背景には、膨大な人の営みがある
例えば、『三国通覧図説』と『海国兵談』を書いた林子平。
教科書では「人心を惑わすものとして、松平定信が出版統制を行い、版木を没収した」、とまあこの程度の記述なのですが、本作の中では、蘭学を勉強するところから始まって、長崎へ行ってオランダ商館長と親交を結び、各地を回って見聞を広め、朝鮮、琉球、蝦夷の3国の地理を解説した『三国通覧図説』を、寝る間も惜しんで書いた様子がつぶさに描かれています。
さらに子平は、『海国兵談』を書き、日本は海に囲まれた国で、いつどこから他国の船が攻めてくるか分からないから、海岸線を守る必要があると世に警鐘を鳴らします。
「とにかく自分が書いて伝えなくては」という使命感に燃えて書いたものの、お金はないし、幕政に意見するものであるため版元もつかず、印刷することができません。
それで、自分で版木に1文字ずつ文字を彫り込んで、苦労に苦労を重ね何年もかけてなんとか完成させるのですが、その直後に幕府に捕らえられ、版木を没収されてしまうのです。
子平はその境遇を「親も無し 妻無し子無し版木無し 金も無けれど死にたくも無し」と嘆き、程なく生涯を閉じることに。そんなところまでがこの漫画の中では丁寧に描かれ、人物像がくっきりと浮かび上がります。
あるいは、近代医学の発展の支えとなった『解体新書』。『解体新書』といえば前野良沢と杉田玄白ですが、この漫画では2人だけではなく、中川淳庵や挿絵を担当した小田野直武にもページがかなり割かれています。そして、それぞれの抱えた葛藤や思いを描きつつ、新しい知の吸収に命懸けで取り組んだ人々の群像劇が繰り広げられていきます。
教科書のわずかな記述の背景には、膨大な人の営みがあり、泣いたり笑ったり怒ったりしながら、必死に生きた人たちがいる。この漫画を読むと、そこに思いを巡らすことができるようになります。
そして、そこから興味が広がって、もっと読んだり、さらに調べたりしたくなる。そんなふうに歴史と関わってくれたらいいなあと思います。
夢中になって怒られても「先生に薦められた」って言わないで
歴史が嫌い、社会科全般が嫌いという生徒はもちろんいます。でも、恐らくそれは暗記するのが面倒だ、覚えることがたくさんあって大変だ、ということなのではないでしょうか。歴史上の人物の人間ドラマが嫌いという人ってあんまりいないと思うんですね。
そう考えれば、漫画で読む歴史は、読んで笑って楽しめればそれでいい。テストされることもありません。
しかも、例えば教科書に登場する蘭学者たちは、ほぼ名前の羅列でそれぞれの違いもよく分からない。けれどもこの漫画を一読すると、蘭学者たちそれぞれの業績や立ち位置、時代の中での役回りが、彼らの交友関係や人となりを伝えるエピソードとともにするすると頭に入ってくる。
覚えようとしたわけではないのに頭に入ってきた、そんな知識の断片は受験勉強にも大いに役立つのではないでしょうか。
私は高校2年生の日本史の授業の中で『風雲児たち』を紹介することが多いのですが、実際には江戸時代の全20巻のほかに幕末編も30巻あります。
あまり漫画を読みふけることになっても……(笑)、というわけで、「夢中になりすぎて家で怒られても、『先生に薦められた』って言わないでね」とか「他の科目の授業中に読んで、見つかって取り上げられたりしないように」などとくぎを刺しています。
興味や問題意識に基づいて深く学び、考えをまとめる
フェリス女学院は、キリスト教信仰に基づく教育を行っており、“For Others”を教育理念としています。
フェリスの社会科が目指しているのは、様々な地域や時代の社会・思想を学ぶ中で、多様性を理解し、協調を導く柔軟な思考力を養うこと。社会科の学習を通じて幅広い視点から物事を捉えられるようになることで、見落としてきた他者の問題に気づき、自分の問題として共感できるようになってほしいと願っています。
そんな当校の社会科の特徴的な取り組みの一つに、高校2年生の選択授業「社会特別講座」(社特)があります。十数人という少人数クラスに教員が2人。現代の世界と日本の諸問題について、みんなで本を読み合いゼミナール形式で担当者による発表とディスカッションを中心に授業を進めていきます。
生徒たちはそれぞれの問題意識に基づいて自分のテーマを設定し、調べ、考えて、その内容をプレゼンテーションし、友達と議論を重ねる中で自分の研究を練り上げていく。最終的には、それぞれが1万2000字のリポートをまとめることになります。
テーマは「戦争報道はどうあるべきか」「国際平和のための歴史教育―ドイツの歴史教育から学ぶ―」「科学者と軍事研究―安全保障技術研究推進制度を考える―」「フェリス女学院の修身教育にみる国家の教育への介入」「福島第一原発事故について―未来へ向けてできることとは―」など様々。
「社特は受験の役に立たないのでは」とも言われます。確かに手っ取り早く受験に使える知識が得られる授業ではありません。
でも、自分の興味や問題意識に基づいて歴史や世界について深く学び、自分の考えをまとめる作業をこの時期に行うことの意味は大きいのではないでしょうか。
社特で自分のテーマを追いかける中で、「自分が進むべきは教育の分野だと分かった」「法学部へ行って国際法を勉強することにした」など、目標が明確になるケースは少なくありません。
また、各分野で活躍している卒業生を招いて、卒業後のキャリアや現在の職業などについて在校生に向けて講演してもらう機会を設けているのですが、「私の人生の方向性は社特で決まりました」と話す卒業生もこれまで何人もいました。
よりよい世界を作っていくために、自分に何ができるか、自分は何をすべきなのかを考え、一人ひとりがそれぞれの道で、For Othersの精神を実践してくれたらと思います。
取材・文/平林理恵 写真/稲垣純也
記事再掲載にあたり、阿部氏が2024年4月1日付けでフェリス女学院中学校・高等学校の校長に就任したことをプロフィルに追記しました [2024/5/5 5:00]








