大学卒業後、都内の共学高校での10年間の勤務を経て、この4月から、母校である桜蔭学園で社会科を教えています。
赴任当初は、もしも板書中に誤字でも書いたら、ビシッと指摘されちゃうんだろうなあ、と、実は少々怖かったんです。でも一歩入って不安は吹き飛びました。みんなキャピキャピしていてかわいくて。
中学の歴史の授業で、悪政で有名な王の話をしたときのこと。「ええっ、そんな王様イヤだあ」「私もイヤだあ」と教室がザワザワ。そのピュアな反応に心つかまれてしまった私は、次の時間の高校の政治経済の授業で、「前の授業で中学の子がもうかわいくて。あの子たちも3年後には皆さんのような高校生のお姉さんになるのよね」と話したんです。すると、こちらは大人の落ち着きで私の話を受け止め、でもその表情は少しはにかんだようなかわいらしい笑顔。そうそう、桜蔭ってこういうところだった、と高校時代がよみがえります。
学校全体が醸すしっかり学び、励むことをよしとする空気感、そして、そこに集まったポテンシャルの高い女の子たち。
実は、他校の教師として10年間外から母校を見てきた私は、「もともと成績のいい子だけを集めているのだから、進学実績がいいのは当たり前」とちょっと素直でない見方をしていた部分もありました。でも内側から見る彼女たちは、努力を重ねて入学し、がんばれる環境を得てさらに励んでいて、それが進路につながっているということも分かりました。
社会問題や世の中の動きに敏感な生徒が多く、中には授業中の私の雑談までメモを取り、質問してくる子も。社会科の教師としてこれ以上刺激的な環境はないのではないかと、日々感じています。
先生たちに聞いた人生を支える一冊
あの名門校の先生は、これから大人へと成長していく、中学生・高校生たちにどんな本を薦めているのでしょうか?生徒たちに薦めたい本、授業で扱った本、自分が好きな本を紹介しながら学校の特色や、本にまつわるエピソードまでをとことん語ります。
【掲載校】開成/灘/渋谷幕張/豊島岡女子学園/フェリス女学院/広尾学園/聖光学院/国際基督教大学(ICU)高校
平林理恵著、日経BOOKプラス編/日経BP/1760円(税込)
大学生の私が、大きな衝撃を受けた本
そんな生徒たちにお薦めしたい本の1冊目として選んだのは、『 嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え 』(岸見一郎・古賀史健著、ダイヤモンド社)です。この本では、フロイト、ユングと並ぶ“心理学の三大巨頭”と称されるアドラーの心理学が、哲人と悩み多き青年の対話形式で分かりやすく説明されています。
私がこの本に出合ったのは大学生のとき。出版されてすぐ大ブームとなり、なんとなく手に取った私は、人は自分の意志でいつでも変わることができるというアドラーの考え方に初めて触れ、大きな衝撃を受けたのです。
何かがうまくいかないとき、私たちは、境遇のせいだとか環境に恵まれなかったからだなどと、どこかにうまくいかない原因を見いだし、それを言い訳にして悲観的になったりしますよね。
ところがアドラーは、これを否定する。過去によって人生が決まるわけじゃない。自分がどうありたいか、目的の持ち方次第で未来は自分で決めていけるのだと言うのです。
本書の中で、哲人が青年に放つ「いまのあなたが不幸なのは、自らの手で『不幸であること』を選んだからなのです」という、考え方の根本を揺さぶるような言葉。現実を突き付けられる酷なフレーズではあるけれど、逆を言えば、私たちは自分の手で幸せを選択することもできるということでもあります。
さらに哲人は、人間は変わることができる存在なのに、あなたが変われないでいるのは、「自らに対して『変わらない』という決心を下しているからなのです」と青年に言います。「つまり人は、いろいろと不満はあったとしても、『このままのわたし』」でいることのほうが楽であり、安心なのです」と。
他人の境遇を羨ましく感じたり、どうして自分はこんな性格なのかと悩んだり――若い頃はとくにこのような思いを抱えがちです。そんなとき、アドラーの思想や言葉の数々はきっと心に響く。だから、悩み多き高校生にぜひともこの本を薦めたいと思います。
私自身、「人は変われる」というアドラーの考え方に支えられた
そして、アドラーの「人は変われる」という考え方は、私自身が教師という仕事をしていく上での支えにもなっています。
そもそも私が教師になったのは、桜蔭時代に教えていただいた社会科の先生に憧れてのことでした。授業が上手で説明は分かりやすく、雑談はいつまでも聞いていたくなる面白さ、そして何よりもみんなを引きつけるカリスマ性がありました。
私も先生みたいになりたい――その思いは強かったけれど、私はもともと人前で話すことが得意ではなく、分かりやすい説明もできず、話が面白い人でもありませんでした。もちろんカリスマ性もなかった。
それでも、私は絶対に先生みたいになるんだという目標を持ち、自分を変えようと努力を重ねました。そうしたら、1年目より2年目、2年目よりも3年目というふうに、年々いろいろな変化が生まれてきたのです。授業をするスキルが上がり、説明も少しずつ上達し、「先生の話、面白い」と言ってくれる生徒が増えてきました。
カリスマ性は今もありませんが、新任教師だった頃とは明らかに違う自分になれた。これは「人は変われる」というアドラーの考え方に支えられた部分もあったと思っています。
「他者の期待など満たす必要はない」
『嫌われる勇気』からもう一つ。
アドラー心理学では「承認欲求」は否定されていて、本書の中で哲人は「他者の期待など満たす必要はない」と言っています。
でも桜蔭生の多くはそれまで周囲の期待にしっかり応えてきた子たち。だから自分が期待に応えられなくなったとき、それをとても大きなことのように感じ、挫折感を覚えてしまう生徒もいます。
これは桜蔭生に限りませんよね。勉強して入試を突破して入った集団の中でこれまでのような存在でいられなくなる、そんな経験をする人は少なくないはず。この本は、そんな人たちにも、読んでもらえたらいいなと思います。
哲人はこう言っています。「われわれは、他者の期待を満たすために生きているのではない」と。
時間をかけて探求できる場は大切
先ほど、社会科の先生に憧れて教師になったことをお話ししましたが、私にはもう1人憧れている先生がいます。それは、次に紹介する『 さばの缶づめ、宇宙へいく 』(小坂康之・林公代著、イースト・プレス)の小坂先生。
本書は、高校生たちがJAXA(宇宙航空研究開発機構)から宇宙食として認証された、さばの缶づめを開発するまでの13年間を描いたノンフィクションです。
小坂先生は、新卒で期待に胸を膨らませ、日本で一番歴史のある水産高校に赴任。ところがそこは、授業がなかなか成り立たない教育困難校でした。
なんとか生徒たちにやる気を出させたいと試行錯誤するなかで、小坂先生は「実習」として行われていた缶づめ製造に着目します。おいしいさば缶づくりを、地元の漁業者と膝を突き合わせて探求するという、今でいう「探究学習」がずっと前から行われていたのです。
生徒たちのことを「どうしようもない」と決めつけずに熱意をもって接し続けた結果、それぞれが主体的に行動し、先輩から後輩へと何代にもわたって夢をつないで実現します。そんな生徒たちを引っ張るというより一緒に走って行く。そんな小坂先生の取り組みに心を引かれました。
桜蔭では、何十年も前から、中学3年で「自由研究」を行っています。これは一人ひとりが自分の興味や関心に合わせてテーマを設け、本を読み、資料に当たり、取材をして、論文にまとめるというもの。これが桜蔭における「探究学習」であると言えるのではないかと思います。
テーマは、例えば「AI」「色彩」「睡眠」など多岐にわたります。何か一つのテーマを深く掘り下げて突き詰めたという経験は、将来どんな分野に進んだとしても必ず役に立つはずです。また、先行研究からの引用と自分の言葉との違いを意識できるので、「言葉」というものに責任を持つようになるといった意義もあります。
卒業生の中には、ここで取り上げたテーマがきっかけで、卒業後の進路を決めた生徒もいます。こういう話を聞くと、時間をかけて探求できる場を設けることの大切さを改めて感じます。
取材・文/平林理恵 写真/稲垣純也






