人には、他人から自身を守るために「心理的距離」が必要だと言うのは、韓国の精神科医であるキム・ヘナム氏です。心理的距離があることで、他人の侵入と干渉から自分の世界を守ることができます。また、これは逆に相手を傷つけないために必要な距離でもあります。この距離を保てるかどうかで、人間関係の質が決まってきます。『 人間として最良のこと as a person 』から一部を抜粋し、紹介します。
親しくなるのを恐れる人々
「あたし、あんたが嫌い」。誰でもこんな言葉を聞けば、一瞬、体が固まってしまいます。もしも相手から愛されたい気持ちがあったなら、「自分を嫌っている」という思いは、「自分は存在する価値がない」という思いにまで及んでしまうでしょう。映画『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』での天才青年のウィルがそうです。
ウィルは幼い頃に実の両親に捨てられ、何度も養子に出されてはなしにされていました。ある里親からは耐え難い罵倒や暴力まで受けました。そんな子ども時代のせいで、彼は世の中に対する深い不信と憎しみを抱くようになったのです。
彼はボストンの貧民街で暮らしながら、マサチューセッツ工科大学(MIT)で清掃夫として働いています。大学での教育は受けていませんが、どんな分野でも独学で習得できる優れた頭脳を持った彼は、友人たちと共にハーバード大学の学生とディベートしては一発で相手をやりこめ、勝利の喜びに酔うのでした。
幼少時に捨てられて虐待された人は、自分が悪いから見捨てられて虐待されたと感じます。そんな無力さと劣等感でいっぱいの自分を守るために、ウィルは「知性化(intellectualization)」という防衛機制を使用します。人並み外れた知的能力を使って、出会った人を残らずからかいの対象にして無力化してしまうのです。
それによって、もはや誰からもばかにされたり、苦しめられたりすることがないようにします。しかし、彼は勝利を収める瞬間さえも寂しいと感じます。また捨てられるのではないかと、誰にも心の内を打ち明けたことがないからです。
そんなある日、ウィルはハーバードの医大生スカイラーに出会い、付き合い始めます。しかし、彼女にも心を開くことができず、ついには別れてしまいます。スカイラーはウィルにこんな言葉を残して去っていきます。「あなたは、弱い姿をさらけ出したら、私に捨てられるんじゃないかって怖がっているのよ」
親しい人がいることは、生きるための大きな力になる
どんなに困難な状況にあったとしても、たとえ罪を犯して刑務所に行くのだとしても、自分を見捨てることなく温かく包み込んでくれる人さえいたら、心から幸せなはずです。
心理学者のブルーノ・ベッテルハイムは、ナチの強制収容所で自身を保っていた力は、「誰かが心の奥深いところで私の運命を心配してくれているという確信」だと言っています。その延長線で見るとすれば、人々が結婚をする理由も、自分の運命を心から心配してくれる1人の人をつくるためかもしれません。
そしてデューク大学メディカルセンターの研究によると、危険な手術を受けなければならない状況でも、配偶者あるいは親しい友人が多い人のほうが、そうでない人に比べて、生き延びる確率がはるかに高いということです。それだけ親しい関係は、人が生きるための大きな力なのです。
他の人たちと親密な関係を築ける能力は、初期成人期に身に付けておくべきことだと言えます。世の中の人間関係は、自分が望む好ましいものだけではありません。価値観や性格スタイルが合わず嫌な人たちとも、うまく付き合わなければならない時がしばしばあります。職場の同僚やビジネス上の付き合いをしなければならない人たち、新しい隣人たち、配偶者の家族などが、それに属します。
この時、理想とする人間関係がない人たちは、30歳を過ぎると嫌な状況と嫌な人たちが相手でも、それに耐えて、尊重できる力と余裕を持つようになります。「理想がない」というのがいいのです。現実の限界を認めて、他人の長所と短所を見る視野が広がるため、気に入らなくても関係を保つことができるのです。
しかし、年齢を重ねたからといって、対人関係の幅が広がるわけではありません。年を取るにしたがって、好きな人たちや、認めている人たちとだけ関係を持とうとする人たちもいます。
このような人たちは、平凡な関係に埋もれているとも言えますが、そのほとんどが自信不足です。こうした人たちは、とうてい認められない人とうまく関係を保つことを「屈服」してしまったと受け取ります。そのため、しつこく自分のやり方を強要し、それを受け入れられない人たちを認めようとしません。
このように、他人に心を開くことをあまりに恐れてしまうと、孤立してしまい、閉鎖的な生活を送ることになります。もしくは、最初から親しい関係を否定し、孤立する関係ばかり選ぶようになります。
他人と親しくできる人は「心理的距離」を持てる人
もちろん人にはみな、他人から自身を守ることができる「心理的距離」が必要です。心理的距離とは、他人の侵入と干渉から自分の世界を守ることで、アイデンティティーを守り、内にある攻撃性や破壊的な性的欲求が外にほとばしり、相手を傷つけるのを防ぐのに必要な距離です。そのためアイデンティティーがきちんと確立できていない人たちは、他人と親しくなるのを恐れるほかないのです。
親密感とは、アイデンティティーを失わずに、相手と持続的に心を通わせることを言います。しかし、他人と仲良くできない人は、それができる自信がないのです。「誰かと親しくなりたいという願望は、自身の最も深いところにある自我を他人と分かち合おうとする願望だ」。これはノースウエスタン大学教授の心理学者であるマクアダムス博士の言葉です。両親から捨てられるほど駄目で劣っている自分を見せることができなかったウィルは、愛する人と別れてしまいます。
ウィルのように親しくなるのを恐れる人たちは、みな自分の駄目な姿のことばかり考えています。そのせいで、相手にも同じかそれ以上の苦痛や悲しみがあり得ることを認められないのです。
そういう人を見るたびに思い出すのが、米国の心理学者ダニエル・ゴットリーブです。彼は妻に渡すプレゼントを取りに行った時に不慮の事故に遭い、頚椎(けいつい)を損傷し全身まひになってしまいます。事故当時の年齢は33歳。彼はむしろ死んだほうがましだと考えました。
しかし、お見舞いに来る人たちはみな何もできない状態の彼に「生きなければいけない」としか言いません。彼は苦しみをちゃんと理解してくれない人たちをひたすら恨めしく思います。もう誰にも会いたくないし、誰の話も聞きたくありませんでした。
そんなある日の夜中、ベッドの脇に1人の女性が座っているのを感じました。その女性は、彼が心理療法士なのを知り、悩みを相談しにきたのです。どんな内容か分からないけれど、四肢に異常がない彼女の表情は、四肢がまひして横になっている自分よりも暗く見えます。彼女は病床にある彼の前で、世の中の苦しみをすべて1人で背負っているかのように、つらさを訴え始めました。
彼女は愛する男性が去ってしまった現実があまりにつらいので自殺したかったという話を延々とします。最初は理解できませんでしたが、しかたなく(?)彼女の話に集中しているうちに、事故後初めて自分のつらさを忘れることができたのです。
そして、彼女の苦しみを聞いてあげられただけでも、彼女の役に立ったのだと分かった瞬間、彼は全身まひでも十分に生きていく価値があることに気づいたのです。彼女を通して自分がまだ役に立つ存在だということに気づき、苦しみを他人と分かち合いながら生きるのが人間だと悟るのです。
親しくなるのが怖いみなさん、もしかしたら相手はあなたが先に手を差し出してくれるのを待っているのかもしれません。その人もあなたみたいに寂しくつらい思いをしているけれど、それがばれるのが嫌で勇気を出せないでいるだけです。もしも勇気を出して少しずつ人間関係の網の目を作っていくならば、憂うつや苦しみが網の目で濾(こ)されていくのを感じられるはずです。
たとえ挫折があっても、それ以上は人生に対して疑いを抱くことがなくなり、時に悲しくなることがあっても人生のむなしさを感じずにすむことでしょう。ですから、あなたがまず勇気を出して手を差し出すべきです。
(翻訳=バーチ・美和)
現代人には、子どもと大人をつなぐ「あいだ」の時期がありません。昔は、若者がさまざまな大人に混じり、大人になるための方法を学んだり、メンターに教えてもらったりしていました。しかし、現代ではもうそのような余裕はありません。大人になれない人間は、豊かにはなれません。この本では、韓国で尊敬を集めている精神科医で、精神分析医でもあるキム・ヘナム氏が、豊かな人間とは何か、どうしたら幸せな人生を送れるのかを解説します。
キム・ヘナム(著)、バーチ・美和(訳)日経BP、1980円(税込み)


