「うちには大した財産はない」「きょうだいの仲がいい」――そういって相続対策は必要ないと考えている人がよくいます。ところが、こうした場合でも、相続には大きなリスクが存在します。ベテラン税理士の内藤克さんが、相続でよくある落とし穴を明らかにし、その対策を解説します。書籍『残念な相続<令和新版>』(内藤克著/日経プレミアシリーズ)から抜粋。
「うちは長生きの家系ですから…」
「うちはきょうだい皆、仲がいいですから…」
相続対策はまだ必要ないと考えている人の話を聞くと、理由はだいたいこの3つに分類されます。他には「相続対策に興味を示すと生命保険や不動産の営業を受けるからイヤだ」という思いや、どこの家にも1つや2つはある「人に言いたくない話」をしなければならないわずらわしさで相続対策から遠ざかる、といったケースもあるようです。そういう場合は別として、冒頭の3つの理由には実はそれぞれ大きなリスクが存在しているのです。
相続税がかかる人は増えている
大した財産かどうかは感じ方に個人差があるので一概には言えませんが、冒頭のような発言をする人は、要するに「相続税はお金持ちの税金であって、我々庶民には関係ない」と考えているのでしょう。
ですが、2015年から相続税の基礎控除は大幅に下がっていて、相続税がかかる対象者は増えているため、油断はできません(基礎控除は「3000万円+600万円×法定相続人の数」)。
また、「住宅ローン(借金)が多く残っているから財産から引けるんじゃない?」といっても、これは死亡時に団体信用生命保険で完済されるため債務控除はないことになります。
さらに、相続財産が自宅だけの場合、場所によっては相続税はかからないかもしれませんが、法定相続分(法律で定められた各相続人が遺産を分ける割合)に基づいた分割は難しくなります。遺産分割の材料である預金など流動資産が少なく、分割財産の選択肢が乏しくなってしまうからです。
2020年4月から、配偶者が土地建物を取得しなくても、家賃なしで自宅に住み続けることができる「配偶者居住権」が創設されました。従来は、配偶者が土地建物を取得してしまうと、預貯金などの流動資産をあまり取得できなくなるケースも見受けられました。一方、「配偶者居住権」は評価額が低いため、これを取得しても預貯金の取り分がさほど減らず、配偶者が老後の安定した生活を確保しやすくなりました。妻と子供たちの関係があまりよろしくない場合などは、「遺言で配偶者居住権を指定する」ことをお勧めします。
つまり、「大した財産がない」ほうが分割では困ってしまう可能性が高いのです。このような場合は、生命保険への加入や資産の売却などで、手元の流動性を高めておかなければなりません。
「健康寿命」が残っているうちに対策を
最近は健康寿命の重要性が意識されるようになりました。健康寿命とは健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間を言い、平均寿命と健康寿命との差は男性で約9年、女性で約12年と言われています。この間に認知症などを患うと自分の意思表示ができなくなり、契約などの法律行為が不可能になります。
その場合は裁判所によって「法定後見人」が選任され、後見人は本人の利益を考えながら法律行為の代理を務めることになります。本人がたとえ遺言を書いていてもそれに従ってお金を動かせるのは相続開始(親の死亡など)してからの話で、生きている間の財産処分は自由にできなくなります。
もし孫に対して「おまえが大きくなったら、おじいちゃんのお金でイギリスにサッカー留学させてあげるからね」といって長年にわたってお金を積み立てていたとしても、認知症になって後見人が選任されてしまうと、その約束は事実上そこまで。後見人は他の相続人とのバランスを考えて積極的な贈与をさせてくれなくなるのです。
このような場合の対策としては「民事信託」(家族信託)が有効になります。民事信託は2007年の改正信託法の施行により始まった制度で、本人の財産を子供に信託して、財産名義を移した上で管理してもらうというものです。しかし、この信託契約そのものも認知症などで意思表示ができなくなった後ではできないのです。
人間、寿命があらかじめ分かっていれば余裕を持って対策を講じる時期を決められますが、こればかりは誰にも分かりません。「長生きの家系だから」と安閑と構えているのではなく、健康なうちに自分の財産をどう使ってほしいのかを意思表示して、法律的な手続きを済ませておく必要があるのです。
長生きは喜ばしいことですが、その分、老後資金の確保や認知症対策などの相続前対策を考える必要があることを肝に銘じておかなければなりません。
きょうだいは仲がいいというけれど…
「うちのきょうだいは子供の頃から仲良しだ」といっても、いつまでもそうとは限りません。事業に失敗してお金を工面しなければならなくなったり、結婚した配偶者が上手に親戚付き合いできずに疎遠になったりするなど、環境が変われば仲の良かったきょうだいの関係も不安定になってきます。本人たちだけなら問題がなくても、それぞれの配偶者が出てくるとトラブルが顕在化します。
特に、きょうだいの配偶者同士がもともと折り合いが悪かった場合は、相続となるとまるで代理戦争のようになり、きょうだい同士が何年もの間争うことになります。
親の介護をするのは実の息子ではなくお嫁さんであるケースも多く、ちゃんと介護費用に使っているのに、後で「母のお金を一体何に使ったんだ!」ときょうだいから厳しく追及されることもあります。
親は自分が生きている間に子供同士のトラブルなど見たくないものですが、子供としては親が生きている間に、遺言などできちんとした意思表示をしてほしいものです。
内藤克著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)

