遺言書には「付言事項」を付けて、遺産分割の理由や気持ちなどを述べることができます。ただし、遺言書は税務署に提出する相続税の申告書に添付するため、付言事項の内容によっては思わぬ税務調査を招くこともあります。ベテラン税理士の内藤克さんが、付言事項の注意点を解説します。書籍『残念な相続<令和新版>』(内藤克著/日経プレミアシリーズ)から抜粋。

「先生、この前、遺言を書くために弁護士に相談したら、付言事項も書くようにと言われました」
「ほう」
「法的には効力ありませんが、味気ない遺言に加え、気持ちを伝える効果がありますからと」
「そうですね、経緯を書かないとかえって相続人間でトラブルになりますからね。でも、あまり踏み込みすぎると税務署に誤解を与えることになりますよ」
「税務署も私の書いた遺言書を見るんですか?」
「もちろん、申告書に添付しますからね」

遺言は相続税の申告書に添付する

 「太郎、おまえには感謝している。おまえが会社を上場させたおかげで私は巨万の富を築くことができた。おかげでお母さんと世界旅行を楽しんだり、箱根に別荘を購入してゴルフを楽しんだり、充実した余生を送ることができた…」

 こんな付言事項の記載された公正証書遺言を見たことがあります。税理士として相続人に税額計算を説明したとき、「巨万の富」という表現を見て、「お父さんも大げさだなあ」と一同苦笑いした記憶がありますが、そのとき、私は「もしかしたら税務調査が来るかも」と思いました。

 というのも、相続財産全体が2、3億円程度だったからです。決して少ない金額ではないのですが、私の感覚では「巨万の富」とは10億円くらいを想定していましたので、隠し財産があると税務署に勘繰られるのではないかと――そして、実際に1年後に税務署から連絡が来て、税務調査が始まったのです。

 相続税の申告では取得した財産に応じて各人の税額が決定するため、申告書に「遺産分割協議書」または「遺言書」を添付します。当然提出された遺言書は税務署がじっくりと目を通し、怪しい点がないかを確認することになります。「巨万の富」に反応したわけではないにせよ、出資した息子の会社が上場して利益を得たとすると、名義株、生前贈与、海外資産などがないかの確認が必要と判断したのでしょう。

 税理士法33条の2の書面添付を行っていたため、意見聴収が行われたのち、税務調査に突入しました。その税務調査では、配偶者を被保険者としていた生命保険の計上漏れがあった程度で大した修正はありませんでした。税務調査終了時、調査官に「『巨万の富』を調べに来たの?」と聞いたら調査官も苦笑いしていました。

遺言書は税務署もチェックする(写真:tamayura39/stock.adobe.com)
遺言書は税務署もチェックする(写真:tamayura39/stock.adobe.com)
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遺言で妻の財産に言及する理由

 妻へ宛てた遺言の中に、「名義預金」を匂わせる表現があったこともありました。顧問先の社長のお父様が亡くなって間もないころ、「自宅から父の遺言が見つかったので開封に立ち会ってほしい」と依頼を受けました。本来、自筆証書遺言は開封せず、裁判所で検認を受けなければならないのですが、封筒はのり付けされておらず、奥様はすでに内容を把握しており、「子供たちに説明する場に立ち会ってほしい」とのことでしたのでおうかがいしました。

 商売で苦楽を共にした妻への愛情あふれる遺言でしたが、文中に「○○(妻)名義の定期預金は、万が一に備えて使わずに銀行に預けたままにしておきなさい」というような表現が使われていました。自分の財産の行方を指定するのが遺言なのに、なぜ妻の財産について言及したのでしょうか。

 奥様に確認したら、「主人の土地が自治体に収用されたとき、その補償金(非課税)の入金口座を私の口座に指定したのです」とのこと。本来、故人が受け取るべきものですので、故人が奥様名義の預金の名義借りをしたと捉えられても仕方がない状況です。故人も自分の財産であるという意識から、このような表現を使われたのかと思いました。

 10年以上前の出来事というのと、金額的にもさほど問題となる規模ではなかったので、そのときは「贈与税の時効」という判断をしました。

付言事項とはどのようなものか

 例えば、相続人以外の人に財産を相続させようとした場合、経緯が分からないと相続人が誤解してトラブルになることも懸念されます。また、特定の相続人に財産を集中させようとした場合などもその後の兄弟関係に影響を与えることもあるので、遺言の本文のほかに書いた人の気持ちを表す文章を残す、これが付言事項といわれるものです。

 法務省のホームページには、付言事項の例として、以下の文章が掲載されています。
「□□陽子さんには、いろいろと面倒を見てもらい、本当に感謝しています。恩返しをしたいと考え、私の財産を贈ることにしました。子どもたちには、不動産や金融資産を生前に贈与しているので、どうか陽子さんへの配慮を頼みます。」

 実際は、このくらいのソフトな文章ばかりではありません。親不孝をした相続人に対して財産を渡さない場合、なぜ渡さないか具体的に過去の出来事を明記して、まるで「生前に言えなかったことを遺言を通して伝えようとしている」ようなものまであります。このような場合、感情を逆なですることになり被相続人ヘのやりきれない気持ちがほかの相続人に向けられることも多いため、付言事項を通じてコミュニケーションを取る方法はあまりお勧めできません(他にも伝達手段はいくらでもあります)。

税務署はバランスの悪い遺言に注目する

 通常、遺言の内容を補足する意味で付言事項を書くため、例えば、「なぜ今回は弟に多く財産を渡そうとするのか。それは、生前、兄にはさんざんお金を渡したからなんだよ」といった気持ちが文章ににじみ出てきます。この説明に説得力を持たせるため、具体的な贈与時期や贈与額を記述したくなりますが、これが税務署に対して余計な疑義を持たせることになるのです。

 「学費を出した」とか「サッカー留学させた」のようにそもそも非課税の贈与であれば問題ないのですが、「自宅の頭金を出してあげた」とか「ローンの残債を肩代わりした」「離婚の慰謝料を払ってあげた」などは贈与税の申告がされていたかチェックされることになります。

 贈与税は、「安く売ってあげた」とか「借金をチャラにしてくれた」「生命保険の名義を変えた」なども「みなし贈与」として課税対象となるため、税の知識がないとうっかり余計なことを書くことになりかねません。付言事項がなくても税務署は、「なぜこんなに遺産分割のバランスが悪いのだろう。生前贈与があったに違いない」と考えるのです。

 「贈与税の時効は6年だから、それより前のことであれば関係ない」とタカをくくってはいけません。現在は相続前3年以内の贈与については相続税の課税価格に織り込むこととなっていますが、税制改正により、2024年以降の贈与は、相続開始前7年分の贈与については相続税の計算に加算することになります。ということは、7年分の贈与に関して相続税として課税できるのです。今後は、税務署は生前の財産の動きに関して重点を置いた調査が予想されます。

日経プレミアシリーズ『 残念な相続<令和新版>
「遺産分割でもめないように」「相続税を減らしたい」――良かれと思った対策が、かえってトラブルを招く。ベテラン税理士が、相続で陥りやすいわなを明らかにし、必ず押さえておきたいポイントを分かりやすく解説します。

内藤克著/日本経済新聞出版/1045円(税込み)