インターネットの未来はどうなるのか。それを知るために押さえておきたいのが「3つの対立軸」。すなわち「有形資産と無形資産」「モノ中心主義とサービス中心主義」「新自由主義と修正資本主義」についてです。長年情報通信政策に携わり、現在は大手プロバイダーのIIJ副社長である谷脇康彦氏の著書『 教養としてのインターネット論 世界の最先端を知る「10の論点」 』から一部を抜粋して紹介します。
前回「GAFAが巨大化したカギは、データという無形資産」で取り上げた無形資産としての「データ」ですが、このデジタル技術が実現しようとしている世界が「データ駆動社会(Data Driven Society)」というものです。データ駆動社会とは、データの収集・蓄積・解析・流通などを通じて国民(個人・企業)の行動変容を生み出したり、データ活用による新たな価値の創造をもたらす社会のことです。
具体的にはリアルな現実社会において様々なモノにセンサーを設置してデータを収集し、これを膨大な量のビッグデータとしてサイバー空間に蓄積します。そして、このビッグデータの持つ意味をAIの活用で解き明かします。これにより、リアル空間に存在する様々な課題解決のためのソリューションを探し出すことが可能です。
このデータ駆動社会の実現において避けることができない3つの対立軸を紹介します。
論点1.「有形資産」と「無形資産」
データ駆動社会について考えるとき、モノという有形資産(tangible asset)とは異なり、データという無形資産(intangible asset)が社会経済の中核で機能し、その比重が大きくなるなかで、従来とは異なる市場ルールが求められます。それはデータの持つ特性(限界費用ゼロ、非競合性、ネットワーク効果など)が従来のモノとは大きく異なるからです。
各国ともに手探りの状況にあるのは、データ駆動社会においてデータ連携が大きな価値を生み出すことは理念として理解できるものの、広範囲なデータ連携を進めるインセンティブが企業側に働きにくいからです。サプライチェーンに位置づけられる企業群や資本関係のあるグループ企業などが、データ連携を図ることでサプライチェーン全体の生産性を向上させたり、企業群としてデータの戦略的な活用を図ることは考えられますが、例えば社会課題解決へのソリューションづくりのために多様な企業がデータを持ち寄るということは現時点では考えにくいです。
むしろ環境問題などにおけるアプローチを参考としつつ、企業が自発的にデータ提供を行うことで「公共的な役割を果たしている」という社会的な評価が得られる、DAO型のデータ協働組合のような組織を組成して、そこでデータ共有を行った参加者にはトークンを付与するなど、何らかの誘因づけを行う仕組みを考える必要があります。
また、何より無形資産であるデータの経済的価値を測定することが現時点ではできていません。しかし、同じ無形資産である知的財産が企業の財務会計に計上されているのは、知的財産の場合はすでに第三者評価や市場取引が行われることで市場価格が形成されてきたことによります。だとすれば、データの取引市場の育成などを図りデータの市場価値を形成していくと同時に、その経済的価値を計測可能とする仕組みづくりも考えていく必要があります。こうした取り組みを通じて、データ駆動社会がもたらす経済的インパクトを計測したり、データ価値と企業価値を紐づけたりすることも可能となるでしょう。
論点2.「モノ中心主義」と「サービス中心主義」
これまでモノの設計・製造・販売は中長期にわたる設備投資計画を基に企業が推進し、モノの販売(売り切り)で一括して投資コストの回収と利益の確保を実現するという事業モデルを維持してきました。これは産業革命以来の大量生産・大量消費を支えてきた伝統的な事業モデルです。
しかし、データ駆動社会において、デジタル技術を活用したモノの価値は技術革新を背景に急速な陳腐化と価値の減耗が進みます。
このため、伝統的なモノの販売、すなわちモノ中心主義(Goods Dominant Logic)とは市場環境が大きく異なります。具体的には、モノの設計・製造・流通・販売に要した費用を投資で回収する際には、モノを利用することで提供可能となるサービス(例:「車を所有・利用」するという行為ではなく、「車による移動サービスを利用」するという考え方への移行)を利用者に提供して顧客との関係を維持しつつ、サービス提供の対価で投資コストの一部を回収し利益を確保していくサービス中心主義(Service Dominant Logic)の考え方です。例えば、クラウドサービスは従来のサーバー類を購入してシステムを構築するという所有・運営型の形態を変え、クラウドサービスという役務を必要な量だけ購入するという形態になっています。
サービス中心主義ではモノの販売を前提にすることなく、モノを共有するシェアリングの形態をとる事例が多くなっています。また、モノの利用実態をデータとして把握したり、利用者の属性データを基にサービス内容の改善(例:車の走行データを基にした自動車保険の適用料率の変更)、ソフトウェアによってサービス内容の更新(例:車に搭載されたOSの機能をネット経由で更新して機能追加するOTA[Over The Air]という手法)などが可能になっています。
したがって、サービス中心主義の比重が大きくなるにつれて、データを最大限活用しつつ、モノの稼働率やサービス価値の向上、サービスそのものの普及などを実現することが可能となります。「所有から利用へ」という流れは、データ駆動社会が進展することでさらに加速します。
論点3.「新自由主義」と「修正資本主義」
資本主義社会では、市場メカニズムを基本に据えて社会経済システムが設計されています。一般に、モノを売りたい人(供給側)とモノを買いたい人(需要側)の間の調整過程でモノの価格が決まります。
しかし、例えば供給側と需要側の対等な関係が崩れたり両者の有する情報に非対称性が生まれ、結果として供給側の交渉力が強くなりすぎると、合理的に形成されるよりも高い価格が設定されてしまいます。つまり、市場の失敗という状況が起き、超過利潤が供給側に発生します。こうした市場の失敗を引き起こす要素を排除するために独占禁止法などの競争ルールの整備がこれまでも重ねられてきました。しかし、こうした競争ルール以外の規制のあり方については、1980年代から米英を中心に政府による規制を可能な限り取り払うことで市場メカニズムが有効に機能し、社会厚生が最大化するという新自由主義の考え方が主流となりました。
一方で、近年ではデータ駆動型の事業モデルが多数出てくるなか、市場のパイの拡大が実現したとしても市場における分配の不公平感(一部のプレーヤーへの富の集中)が深刻化しており、一定の規制によって市場メカニズムを補完することで所得分配の公平性の確保や社会厚生の最大化につながるという考え方が出てきました。これが修正資本主義と呼ばれる考え方です。
社会経済システムでデータの果たす役割が大きくなっていくなか、巨大プラットフォーマーの弊害が明らかである以上、修正資本主義の考え方を採用することには妥当性があるといえます。しかし、これは政府による規制度合いの強化が無条件で容認されることを意味するものではありません。デジタル技術の革新の速度は速く、かつ変化の度合いが大きく、他方、政府が法律をつくり適用するまでに多大な時間がかかることを考えれば、法規制だけが唯一の手段というわけではありません。過剰な規制はむしろ技術革新を損なうことにつながる危険性があります。その意味ではルールの多様性の確保が求められます。
谷脇康彦(著)、日経BP、1980円(税込み)

