日本では「中国衰退論」がメディアをにぎわせているが、データが示す実態と、ちまたで語られるストーリーの間には落差があるように思われる。見誤る原因は、視点=レンズの歪(ゆが)み。本連載では新刊『チャイナ・アセアン なぜ日本は「大中華経済圏」を見誤るのか?』から一部を抜粋、「レンズの焦点の合わせ方」について考える。第1回は「レンズの曇りが大赤字を招く」。
「こうあってほしい」という幻想を捨てよ
講演や執筆活動をしていると、企業関係者、政府官庁の公務員、さらにビジネスエグゼクティブの方から日本の経済安全保障や、中国という国のリスク、そして脱チャイナ、ポストチャイナなどの国家や地域経済圏を前提とした枠組みで話が進むことが多い。しかし、この思考方法がいつまで続くのかと筆者は疑問に思っている。
なぜなら、「こうあってほしい」という願いが透けて見えるからだ。それは、「そんなはずはない」というレンズの曇りと同じ思考だ。こういう時には「実態はどうか?」と考え、シミュレーションをしたり、全く別の意見を求めることが大切である。仲間内で盛り上がり、議論が一方的に先鋭化するようであっては、最後はハシゴをはずされるのがオチである。
では企業がやるべきことは何か。ビジネスの単位、モノづくりの基盤は、国レベルなどより、もっと細かく、中国の例だと省・市レベル以下であるし、消費者からすれば品質と価格次第であって、どこで作ったか、作られたかは、二の次、三の次の話だろう。従って、事業活動の基本は他の企業と差別化をし、価値ある商品・サービスを届けるのが本来の企業の在り方だろう。
もちろん、そうもいかない産業があることは承知している。安全保障、資源、インフラなど、国民生活や平和と安全を確保する産業については、規制がかかる。米国、中国、日本……、どの国であってもそれは同様である。
例えば重厚長大産業は、工場設置に許認可が必要だし、貿易に当たっては関税の影響も甚大だ。投資金額も大きいので政府の補助金や税など、国家の枠組みや省・市のインセンティブなどの規制を考慮しなくてはならないのは当然だ。
しかし、それらの規制が、全産業分野における比率として見た場合、果たしてどれほどを占めるのか、冷静な議論をしないと、「国家の安全、守るべく手立てを最優先に講じたが、その結果、自己規制や自縄自縛的な弊に陥って、肝心な生活・経済が貧しくなってしまった」となる恐れはないか。ただでさえ、どの国も財政難に苦しみ、経済成長が最大の課題となっている時代である。
「問題なのは経済なのだよ」とはかつての米大統領選でのクリントン氏の選挙スローガンであった。いつの時代も、国のリーダーを目指す人たちにとっては、明日豊かになれるかどうかは、国家・国民を引っ張っていく上での不可欠な要素である。極端な保守派、タカ派の議論は派手で分かりやすいが、それも足元の経済あってこその議論であろう。経済やビジネスパーソンが萎縮するようなことはあってはならないだろう。
しかも、今は当の焦点となっている中国の景気減速が現実的に起きており、先行きどうなるか、将来展望がなかなか読みにくい。発表される経済統計を見ても新規投資が少ないのも事実である。不動産市況の低迷は相変わらずだ。アジアという観点で見た際、チャイナ・アセアンの舞台上で、巨大中国の経済の好不調がASEAN側にどう影響するのか、それについて様々想定されるケースを考えておくことは意味があるだろう。重ねて言うが、これがレンズの曇りを補正するということだ。
報道ばかりを追うと重要なものを見逃す
東西冷戦の終わりを告げるベルリンの壁崩壊やレーニン像が倒されるケースは歴史の教科書にも載っている。リビアの革命家であり、長らく指導者の立場にあったカダフィ大佐の転落、サウジアラビアの裕福な家庭に育ちながら9.11のテロを指導したウサマ・ビン・ラディンの暗殺、さらに有力人物の突然の逮捕などもニュースで取り上げられる。
しかしセンセーショナルなニュースの裏では、実は統治体制が古くなり、それを支える基盤が緩んでいたり、民衆の関心事が政治から経済などに移って統治が緩んでいたりする。その変化が招いた結果であることは語られないまま、センセーショナルな場面だけが報じられる。
筆者のような仕事をしていると、世界が注目する出来事が起きた時には「わが社への影響は?」「今後どうなるのか?」といった問い合わせが次々寄せられ、今後のシナリオや国際情勢とビジネスに関連する話が求められる。
こうした出来事への対処は、もちろん重要だ。しかし重大事へのメディアの特報にばかりレンズを当て過ぎると、その一方で、「何か」を見落としてしまう。それは経済であったり、人々が求めているものであったり、社会のその先の姿のようなものである。
また、しばらくたつと人は、そのニュースへの関心を失う。ついこの前まで「わが社にとって一大事です」「社長から緊急対応といわれています」と言っていたにもかかわらず、だ。
だが、時間がたって同じようなケースが同じような場所で起きると、またもや同じ質問が繰り返される。構造的な分断(スライス化・階層化)にレンズが当たっていなかったからだ。レンズを矯正しない限り、延々と同じことが繰り返される。最悪のケースは、企業としての状況判断をし、戦略をたくさん立案したのに、前提が覆ってしまう状態だ。
チャイナ・アセアン地域におけるビジネスにおいて変化を軽視する姿勢は、大赤字を出している企業に共通して見られる傾向である。
日頃からモノを見る目、レンズを磨き上げること、情勢判断のシミュレーションをしておくことはビジネスの損失を防ぎ、利益を生む。つまり情報分析はコスパがとても良いのだが、いつ成果が出るか分からないコストだと軽視されるケースが後を絶たない。地道に情勢を追っていないと、有事に動いても情報は得られないのである。勝ち組といわれる企業は、この手のレンズの磨き上げを不断に続け、分析した情報を常にトップと共有し、自社の世界観の構築や未来の進路を点検している。
邉見伸弘著、日経BP、2970円(税込み)

