日本では「中国衰退論」がメディアをにぎわせているが、データが示す実態と、ちまたで語られるストーリーの間には落差があるように思われる。見誤る原因は、視点=レンズの歪(ゆが)み。本連載では新刊『チャイナ・アセアン なぜ日本は「大中華経済圏」を見誤るのか?』から一部を抜粋、「レンズの焦点の合わせ方」について考える。第3回は「思い込みレンズを外す法」。

ごく当たり前の欲望が人を動かす

 日頃からモノを見る目、レンズを磨き上げることは一朝一夕には出来ない、と嘆いても仕方がない。レンズを曇らせないために何が出来るのか、建設的に考えていきたい。私は有事や情勢判断を自分事にすることが大事だと思っている。そのためのポイントは、情報をいかに印象的なものに変換するか、だ。

 具体的な例を挙げて説明しよう。

 著者の高校時代、社会科の先生が学校に、旧ソビエト連邦(現ロシア連邦)からのお土産を持ってきてくれたことがあった。中でも印象的だったのは、マクドナルドの包み紙とチラシであった。「これを手に入れるのに2時間並んだ」と、先生は話していた。

 若い読者の方はイメージ出来ないかもしれないが、米ソによる東西冷戦下にあった当時は「マクドナルドとジーンズがベルリンの壁を壊した」と言われた。西側のものが旧ソ連に導入されてライフスタイルが急激に変わり、“鎖国”が終わったのだ。

 ビジネスの世界ではこのレンズの合わせ方が重要だ。旧ソ連の経済体制や政治、社会体制などの説明だけでは、ニュアンスをつかむのは難しい。エコノミストの意見だけでは引っかからない。マクドナルドやジーンズの方がよほどビジネスへの示唆が湧いてくるのだ。

 見えにくい現象というものは、足元で起こっている身近なケースに寄せて捉えることが出来るかが、一つのポイントである。

 「ハンバーガーやジーンズ? たったそれだけのことがなぜそんなに重要なの?」と思われるかもしれない。そう、“たったそれだけ”だ。だが、“たったそれだけ”のことで人は動くのだ。カッコいい車に乗りたい、食べてみたい、楽しんでみたい。人々の欲望に近ければ近いほど、物事、世の中を動かす原動力になる。大事件を目にしたら、その裏での人々の生活に目を走らせるべきだろう。

 日本に来ている中国の方の観光客を見てほしい。あの購買力やたくましさ、元気さ、好奇心等々、世間にある悲観的な中国崩壊論とはあまりにギャップがあるとは思えないだろうか。普通の思考があれば、「中国経済は、そこそこ回っている」と考えるのが合理的なのに、なぜ悲観論が出るのか? そんなふうに逆からの問いで考えることも、レンズのピント合わせの訓練になるかもしれない。

レンズを曇らせてはいけない

 話はややそれるが、筆者の情報分析の思い込みエピソードもここに記しておこう。

 筆者は各国を回る際、はやりの店のみならず、あえて不動産の情報を聞くようにしている。不動産店に行き、店の人と話すと、その地の人々の生活様式や物価、関心事などが話題になるケースが多い。時に(日本の)新聞に書いてあることとズレているのだが、このズレが大きいほど、変化の予兆があるということなのだ。

 不動産情報の収集は、発展の凸凹を見つける際にも、もちろん有効だ。そこで、中国・杭州市をかつて訪問した際にも、タクシードライバーに不動産の状況を尋ね、今後の都市計画の説明や建設中のビル群が意味すること、つまり杭州市が大発展を遂げることを教えられた。

 実は、私にはその話が全く信じられなかった。当時の杭州市は2級都市で、観光名所の西湖を抱える風光明媚な都市だった。地下鉄が12路線も張り巡らされ、高層ビルが林立する将来の景観は、全くイメージできなかったのだ。いや見ようとしなかったと言っていい。

 「まさかこのような土地で人流が活発化するはずがない」。そう思い込んでしまった。

 深圳の大発展や上海の浦東新区の大発展をこの目で見て、銀行マンとして投融資をしてきたにもかかわらず、だ。私のレンズは曇っていた。

 それ以来、自戒の念として、極端な見方だけでなく、その逆の中道的な見方というレンズを持つようにしている。現場を回ればよいというものではない。地味だが数字をにらみ、地元の人の話をよく聞くしかない。地道な筋トレとも言ってもよい。

 新聞を読み込み、チラシ、SNSにも目を向けている。日本にいても、コリアンタウン、チャイナタウン、あるいはインバウンドでにぎわう東京・銀座の裏通りなど、一見、ビジネスとは関係のないところにも意外なヒントが転がっているものである。

 論理的に考えれば、数年後に未来都市が出現し、10倍以上も都市が拡大するなどという世界は想像しにくい。中国は特別だともいわれるが、実は、世界には様子が一変している場所は想像以上にある。

(写真:komthong wongsangiam/stock.adobe.com)
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「中国衰退論」がメディアをにぎわせるが、それは本当か。正しい情勢判断のために、日本は今、何を見るべきなのか。リアリズムに立脚する国際情勢分析専門のストラテジストが、モノを見るレンズの「焦点の合わせ方」と、日本繁栄の手段「アジア太平洋での交差点化」について説く。

邉見伸弘著、日経BP、2970円(税込み)