知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。このパートでは、2024年11月の新刊『 AIにはない「思考力」の身につけ方 ことばの学びはなぜ大切なのか? 』(今井むつみ著、ちくまQブックス)を抜粋して、今井さんが10代の読者に今、伝えたいことを紹介します。2回目は、「英語学習の考え方」についてです。
「英語は小さいうちから始めたほうがいい?」
外国語の学習についても考えていきましょう。
会話中心だった小学校時代と異なり、中学に入ってから、英語学習が急に難しくなったと感じる中高生は多くいるでしょう。中には、「小さい頃から英会話を習っておけば、こんな苦労はしなかったのに……」と感じている人もいるかもしれません。
ここで、みなさんに知っていただきたい、とても大事なことがあります。
そもそも「小さい子どもは英語の発音や単語を覚えるスピードが速い」ということと、「小さい時から英語の勉強を始めればだれでも英語が自由に使えることになる」ということはまったく別のことだということです。多くの人はこれを混同しています。
小さい子どもは大人よりも外国語を覚えやすい。これは大方間違いではありません。しかし、これは「大人になったら外国語を覚えられない」ということとイコールではありません。
「9歳の壁」は、実は英語学習にも当てはまります。
英語の達人になるためには、抽象的な概念を自分の身体の一部のように英語で扱えるようにならなければなりません。母語でさえも「9歳の壁」をなかなか乗り越えられないことを考えると、かなりハードルが高いことがわかると思います。
グローバルな社会になり、世界的に問題になっているのが「母語でも第二言語でも思考できない子ども」の増加です。例えば日本語を話す両親のもとアメリカに生まれて、小学校まで現地で過ごしたとします。日本語も英語もネイティブなみにペラペラです。うらやましいですね。
でも、本人は非常に苦労することが多いのです。
家で話す言語と、暮らす国の言語の2つを同時に学ばなければならないというのは、ただでさえ子どもにとっては負担です。そのような中で、子どもは抽象的なことばを獲得していかなければなりません。しかし、それはかなり難しい。すると言語習得が日常会話レベルにとどまり、ペラペラなのに、深い話ができなくなってしまうのです。
「深く考える力」をつけるための、ことばの学び方
子どもの言語発達を専門にしている私のもとには、海外で子どもを育てる日本人の親御さんから、たくさんの相談がきます。その時には、「日本語でも現地のことばでもいいので、片方の言語学習に力を入れて、少なくとも一つの言語では抽象的なことばを使って深い思考ができるようになる」ことが大事だとお伝えしています。
日常会話が何か国語でできても、それだけで深い思考はできません。一つの言語で構わないので、抽象的なことばを操ることができるようにすることが大切です。
もしみなさんが、日本で育ち日本語を母語としているのであれば、日本語で抽象的な概念を扱い、思考を深めることができるまでしっかりと国語の勉強をすることです。外国語は、国語の能力の伸びに寄りそうように伸びていきます。小さい頃から英語を習っていなくても、まったく心配ありません。
暗記だけをしても意味がない
では、日本語が母語の人が、外国語学習をする場合を考えていきましょう。
外国語については、非常に多くの生徒たちが暗記科目と思っているようです。そして「日本語の単語の中心」と「外国語の単語の中心」を一緒のものとして暗記をしています。
しかし、日本語の単語と外国語の単語の意味がまったく同じであることは、ほとんどありません。それぞれの意味の枠は、重なる部分があったとしても、違う部分も大きいのです。
例えば日本の高校生の多くは「know=分かる」という訳を当てて覚えていることが多いようです。すると「制服でどの学校の生徒か分かる」という文を英訳するときに、
We can know the school where they go.
というような不自然な英文をつくってしまいます。英語を母語とする人は、「knowは使えない」と言うでしょう。実際にはknowではなく、identifyやdetect、find outなどの動詞を使うでしょう。しかし日本語を母語とする人は「分かる」という日本語に引っ張られてknowとしてしまうのです。これは暗記によって「know=分かる」と「点」としての知識としてこの単語を覚えてしまった弊害です。
では、knowという単語には、どのような広がり、つまり「面」があるのでしょうか。これは、辞書をざーっと読むことでつかむことができます。
know……(事実・状況・情報などを)知っている。分かっている。気づいている。理解している。経験上知っている。(人と)知り合いである。
などとあります。どうやらknowという単語は「(前から)よく分かっている」という意味のようです。
では、この文章の中で「分かる」として使われる単語、identifyはどうでしょうか。
identify……〜を(本人・同一物であると)確認する。(人・物を〜であると)確認する。認定する。識別する。身元を確認する。
辞書に「分かる」とはありませんが、「制服でどの学校の生徒か分かる」という意味に当てはめるには、ピッタリの単語です。制服によって識別しているからです。
We can identify the school from their uniform.
英作文を適切につくるためには、日本語と英語の意味がイコールではないということを意識しなければなりません。日本語の「分かる」は、knowの場合もidentifyの場合もあるのです。
こういった間違いを繰り返しながら、knowとidentifyは、それぞれどのような文脈で使われているのかを深掘りして、やっとknowという単語を使いこなすことができるようになるわけです。
「似たことばはセットで理解」が、英語習得の近道
似ていることばの意味の違いをきちんと理解することが、英単語の深い理解への近道です。一つのことばを深掘りし、似たことばはどんな単語で、どのように意味や使われ方が違うのかを探っていきましょう。
この方法は、みなさんが母語を覚えた方法と同じです。
「ヒツジ」ということばを覚えたときに、「ヒツジは『ワンワン』ではない」とわかり、「ワンワン」の範囲を「イヌ」の範囲に近くなるように修正してきましたね。今みなさんは、identifyという単語を覚えたことで、knowの使える範囲を修正したのです。このようにして、少しずつではありますが英単語の意味の枠を、適切なものに調整していくのです。
次の単語は、同じような日本語が当てられますが、使われる文脈は違います。辞書を引いて調べてみましょう。
・study learn
・see watch look
・wear put on
・hear listen
・find look for
英単語は単体ではなくて、似たことばと一緒に覚えましょう。そうすることで、生きた知識として、一つひとつの単語の意味の理解を深めることができるようになります。
英語で学習したことを「生きた知識」にして、英語を実際に使って抽象的な内容を考えたり、表現したりできるようになるために有効なこと。それは、英語を「暗記する」のではなく、日本語との違いを探究して楽しむことです。知識を深めるために大事なことは、「比べること」です。英語と日本語を比べることで、これまで気がつかなかった日本語の難しさや特徴に気づくことができるようにもなるでしょう。
