知っておきたい今井むつみさんの認知科学の広くて深い世界を、体系的に学べるように、えりすぐってお届けしていきます。このパートでは、2024年11月の新刊『 AIにはない「思考力」の身につけ方 ことばの学びはなぜ大切なのか? 』(今井むつみ著、ちくまQブックス)を抜粋して、今井さんが10代の読者に今、伝えたいことを紹介します。1回目は、「ことばの力」と「学力」についてです。
「ことばをたくさん知っている」は頭がいいということではない
今学校で学んでいるみなさんが気になるのは、学力に関することだと思います。ここでは、「ことばの力」と「学力」の関係について考えていきたいと思います。
まず、「ことばの力」には、2つの大きな誤解があります。
ひとつは、日常生活において日本語を自由に話していれば、ことばの力に問題はないと思われている点。もうひとつは、ことばや漢字をたくさん知っていれば、ことばの力が高いと思われている点です。
日常生活のことばに不自由しなくても、たくさんのことばや漢字を知っていても、それだけでは残念ながら十分ではありません。学力を伸ばすために必要なのは「抽象的なことば」です。
抽象的なことばが出てくる「9歳の壁」
赤ちゃんのときから日本語が話される環境に育てば、自然ときれいな発音で日本語を話すことができるようになります。みなさんもきっと、自分の日本語に対して疑問を持つようなことはなかったはずです。
ただもしかすると、小学校で急に学校の授業が難しく感じた時期があったかもしれません。現在進行形で勉強が難しい、という方もいるかもしれませんね。そう感じているのは、あなただけではありません。
小学3年生から4年生頃の時期、勉強がわからなくなり、嫌いになる子が増えます。これは「9歳の壁」といわれる現象です。3年生から4年生の時期は、いろいろな教科で抽象度の高い内容が出てくるようになります。そうすると、生活の中で使われてきた日常のことばだけでは、理解が追いつかなくなってしまうのです。
「抽象」ってそもそもどんなこと?
ちなみに「抽象」というのは、物事のある要素や性質を抜き出してまとめたもので、この反対は「具体」です。例えば、「机」「椅子」「食器棚」「ソファー」などは具体的なことば、これらの性質を抜き出してまとめた抽象的なことばは「家具」となります。同様に、「サッカー」や「卓球」は具体的なことば、「スポーツ」は抽象的なことばです。この本で何度も出てくる「思考」や「推論」も抽象的なことばですし、「ことば」自体が抽象的なことばです。
抽象的なことばは目で見ることができないので、理解が難しい。机や椅子は見ることも触ることもできますが、「家具」は目にすることができません。
学校では学年が上がるにつれて、どの教科でも抽象的なことばが使われるようになります。「食物連鎖」「消化器官」「飽和水蒸気量」「密度」「溶解度」などは、いずれも小学校の理科で習うことばですが、ぱっとイメージが浮かぶことばではありません。「食物連鎖」を目で見ることはできませんし、日常生活で聞いて自然と覚えることばでもありません。こういった抽象的なことばが、次々と教科書にでてくるようになることで、勉強がわからなくなり、嫌いになってしまうのです。
みなさんの「ことばの探偵」としての推論の力、分析力、応用力は素晴らしいものです。ですから、特別な日本語の訓練をうけなくても、日常的なコミュニケーションができるようになりました。しかし残念ながら、生まれ持ったことばの学習能力だけでは、学校の勉強で必要な抽象的な概念を身につけることはできないのです。
外国にルーツをもつ子に必要な、大人の目配り
みなさんの中には、外国にルーツをもつ方がいると思います。
日本で生まれ育ち、お父さん、お母さんの話す言語があまり話せない方もいるかもしれません。そういうみなさんの日本語の発音は、周りの人と変わらず、日本語が得意でないお父さん、お母さんはすっかり安心しているかもしれません。それは学校の先生も同じです。みなさんの日本語力に、まったく問題がないと感じていると思います。
しかしみなさんの中には、勉強が難しいと感じている方がいるかもしれません。もしかするとその原因は、抽象的なことばかもしれません。困っているのであれば、ぜひ周りに相談してください。
勉強につまずいている子、外国にルーツのある子が、抽象的なことばの獲得に困っていないか。学校の先生には、その部分に注意していただければと思います。抽象的なことばというのは、日常生活ではあまり使われることがありません。読書などを通じて、身につけていくものです。学校で学びに使うことばは、日常生活のことばとは違うのです。