「丁寧なのに『で、何がいいたいの?』という報告をする部下。『わかりやすく話せ』という指導では改善しなかった理由がわかった」。こんな感想が寄せられているのが、書籍『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)。本パートでは同書から抜粋して、職場で起こりがちなコミュニケーションのトラブルと解決策を認知科学の側面から見ていきます。1回目は、仕事で相手の立場に立つということ。メールの書き方から考えます。

「相手の立場に立つ」ためにも訓練が必要

 「 時間が余ってもテストを見直さない子ども 理由は性格ではない 」でもお伝えしたように、「相手の立場に立つ」「相手の気持ちになって考える」ということは、どんな子どもでも難なくできるわけではありません。
 そしてそれは、成長して大人になってから、つまりビジネスの文脈においても同様です。

 あなたの周囲に、商談や新規提案に限らず、あらゆる仕事で「提案のうまい人」「物事をスムーズに進める人」「気が利く人」はいませんか? こうした人たちはもれなく、「相手の立場に立つ」「相手の気持ちになって考える」という能力に秀でているといえるでしょう。

 ここでは、仕事における代表的なシチュエーションを例に、「相手の立場に立つ」「相手の気持ちになって考える」方法について考えます。これからご紹介するような日常の業務を意識的に行うことで、現時点では「相手の立場に立つ」「相手の気持ちになって考える」のが苦手な方でも、上達していくことができるでしょう。
 当たり前のことと軽視せず、取り組んでみてください。

メールを書く際に考えるべき「相手の立場」

 皆さんは、「最後まで読まないと、用件がわからないメール」をもらったことがありませんか? メールを見れば、多くの場合で「相手の立場で考えられる人かどうか」がよくわかるものです。
 というのも、相手の立場を考えていなければ、「書いている本人の視点だけで伝えたいことをまとめた結果、相手のことをまったく考えていないメール」に仕上がってしまうからです。
 そして、私たちは自分が想像している以上に、「自分中心」に文章を書いていることがままあります。

 文章や説明に「相手の立場」が入っているとはどういうことか、ここでは論文と一般書の違いで見ていきます。
 私はこれまで、言葉の発達や言語と思考の関係に関しての実験や研究を重ね、論文も数多く書いてきました。
 研究論文の執筆では、専門用語を使います。専門用語というのは便利なものです。その言葉を使うだけである概念を説明することができるからです。それができるのは、同じ分野の専門家の中で、スキーマを共有しているからです。専門用語を理解する際に、裏で働いている基本的なシステムを共有しているということです。

 例えば心理学でいう「思考」は、「人が脳で行う認知活動のすべて」を指しますが、それは一般的な理解とは違います。ですから私は『ことばと思考』(岩波新書)という一般向けの書籍では、次のような説明を加えています。

 読者の多くは「思考」ということばを聞くと、じっくりと思案、熟慮することと思うのではないだろうか。「思索」に近いイメージかもしれない。しかし、心理学で「思考」というと、それよりもかなり広い意味で用いられる。心理学では、「思考」はしばしば人が心の中で(つまり脳で)行う認知活動すべてを指すのだ。自動販売機の前で、A社の缶コーヒーとB社の缶コーヒーのどちらを買うか決めることは、立派な「思考」である。


読み手が違えば、持っているスキーマも「いい文章」も違う

 論文では2文字で済む「思考」という言葉を伝えるために、これだけの文字数を使わなければなりません。認知科学や心理学の知識がまったくない人にも伝わるように説明を加えながら書かなければならないからです。
 また同じ書籍といっても、ビジネス書と子育て書では読者対象が違いますから、どんな具体例にするかにも気を配らなければなりません。読者を想像しながら書くことが求められるわけです。

 同じように、ビジネスで説明をしたり、メールを書いたりする場合にも、相手の理解度を想像しながら話を組み立てなければなりません。専門用語を使って簡潔に伝えられる相手なのか、噛み砕いた説明が必要なのか。どのような具体例を使えば、相手に響くのか。
 相手が持つスキーマと自分のそれとが重なり合う部分はどれだけあるのかを考えなければならないのです。

 上司や部下が話を全然聞いてくれなかったとしたら、それはもしかするとあなたが伝わらない形で発信しているからかもしれません。
 相手の状況を推測した上で書かれたメールは、どこを読めばいいか、何をすればいいのか、その理由は何かが明白です。最初の数行読めば、それがわかる。付属の情報は後ろにつけられていて、「必要であれば読む」ということが明白になっているのです。

 書き終わったら読み直してみて、最初の数行で、何についてのメールなのか、大事なことは何かが伝わるように書けているかを確認すること。
 日常的にそうしたことを心がけていけば、自然と「相手の立場で考える」ことにつながっていきます。

「うまく伝わらない」という悩みの多くは、「言い方を工夫しましょう」「言い換えてみましょう」「分かってもらえるまで何度も繰り返し説明しましょう」では解決しません。人は、自分の都合がいいように、いかようにも誤解する生き物です。では、都合よく誤解されないためにどうするか? 自分の考えを“正しく伝える”方法は? 「伝えること」「分かり合うこと」を真面目に考え、実践したい人のための1冊です。

今井むつみ著/日経BP/1870円(税込み)

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