日経クロストレンドが約4年にわたってクラシコムを追跡してまとめた新刊書籍『 熱狂しない経営 「北欧、暮らしの道具店」クラシコムが20年磨き続けた“らしさ”の正体 』。企業やブランドの“らしさ”はどこに宿るのか、どこから生まれるのか、そもそも“らしさ”とは何なのか、同社の様々な領域の取材から迫っている。今回は、同書籍のテーマである企業やブランドが持つ“らしさ”の在り方について、特別対談をお届けする。語り合うのは、クラシコム代表取締役社長の青木耕平氏と、ヘラルボニー代表取締役Co-CEOの松田崇弥氏だ。[日経クロストレンド 2026年9月18日付の記事を転載]
- 「ブレない」とは、外からの声を遮断しないこと
- ミッションが先にある会社は、迷えない
- ブランドは、届かなかった相手に届くための媒体になれる
- 変化と発明をセットにする理由
「フィットする暮らし、つくろう。」というミッションを掲げるクラシコム。一方、ヘラルボニーは「異彩を、放て。」をミッションに、福祉を起点に新たな文化創出を目指す。
ヘラルボニーは福祉施設に在籍する障害のある作家とアートに関するライセンス契約を結び、それを基にアート作品の販売やアパレル、雑貨などへ商品化。DE&I(ダイバーシティー・エクイティ&インクルージョン)推進を行う企業やブランド・マーケティング部門との事業共創やコラボ商品開発、ホテルといった施設のアートプロデュースなども行っている。
両社とも明確な理念を持ち、成長を遂げている。今回は、両社の代表が対談し、在り方から“らしさ”が生まれてくる背景までを語り尽くした。
まず、“らしさ”について伺いたいと思います。お二人の会社の“らしさ”がどのように培われてきたのか、自社や自ブランドの“らしさ”を、今どのように認識されているか、お聞かせください。
クラシコム青木耕平氏(以下、青木) “らしさ”には、3つくらいの層があると思っています。1つはサービスやブランドとしての“らしさ”。もう1つは、その土台にある会社や組織としての“らしさ”。そして最後に、創業者である自分自身の“らしさ”です。
この3つは、本来、別々のものですから、放っておくとどうしても矛盾しやすい。でも、できるだけその矛盾を少なくしていく。それが結果として、一貫した“らしさ”として捉えられてくるのだと思います。
その状態であれば、外から見たときに、意図的につくったのではなく、「この会社から自然に立ち上がってきた“らしさ”なんだな」と感じてもらえる可能性が高まる。僕らの場合は、そういう状態を目指してきたのだと思います。
ヘラルボニー松田崇弥氏(以下、松田) 僕はこのお盆に家族と一緒に1週間ほど帰省しました。実家では、父、母、兄、双子の兄(Co-CEOの松田文登氏)とその家族がいて、いろいろなことが起こりました。そういう時間を過ごすと、“ヘラルボニーらしさ”は、すごく身近な家族の感情からできているのだと改めて思います。
ヘラルボニーの創業者は僕たち双子だと見られがちです。でも実際には、重度の知的障害を伴う自閉症のある兄への感情があり、母親や父親との関係があり、いろいろな思いから発動した事業です。美談として語れるようなきれいな関係だけではないし、いつもうまくいっているわけでもない。それでも、意思決定の場面では、その関係がすごく重要なんです。
ひとつエピソードを紹介すると、以前、兄に関わる仕事の進め方について、母親から「(他の)作家さんにはそんなことをしていないよね」と言われたことがありました。家族だからと、兄をどこか雑に扱っていた部分があったんです。それで改めて、兄にもきちんと担当社員を置こうという話をしました。
社会を変える活動をしているつもりでも、身近な家族の感情が自分の頭の中を大きく占めている。そこが、ヘラルボニーの“らしさ”なのかもしれません。
「ブレない」とは、外からの声を遮断しないこと
多くの企業は、そうした葛藤を隠しがちだと思いますが、ヘラルボニーは葛藤も含めて表に出しているように見えます。
松田 創業前、前職の頃は家族の話はしていませんでした。でも、この事業を始めた以上、社内でも家族の葛藤についてだけでなく、そのほかのネガティブなことも含めてかなり話していますね。
社内でネガティブなことや葛藤について、自然にオープンにしているということですか?
松田 自然というわけではありませんが、ヘラルボニーが外からどう思われているのか気になるので、僕はエゴサーチをすごくするんです。SNSなどで「ヘラルボニー」と検索して、見逃しているものがないぐらい全部見ます。
その中で、たとえネガティブなものであっても、これは的を射ていると思うものがあれば、全社会議で共有して議論することもあります。以前、ある方がヘラルボニーに対して抱いている違和感をとても誠実にSNSに書いていたことがありました。
単なる批判ではなく、なぜそう思うのかが書かれていた。そこに集まったリプライも含めて、人がどこで引っかかるのかが言語化されていました。それは会社にとってとてもいい学びになると思ったんです。
青木 今のお話を聞いていて、やはり「らしくあろう」とするときには、自分たちのきれいなところをどう見せるかよりも、期待を正しく認識し、期待値を調整するという動きの方が多くなるのかもしれないと思いました。
当然ですが、守れる約束もあるし、期待されていてもそもそも応えようと思っていないこともある。応えたいけれど、まだ応えられないこともある。そこを曖昧にしたまま、期待だけが一人歩きすると、自分たちはそうしたつもりがなくても、矛盾しているように見えてしまう。そういうことが、僕たちにも松田さんたちにもあるんだろうな、と思いました。
営利企業にはお客さまがいて、社員がいて、取引先や投資家もいます。誰か1人のステークホルダーが100%満足していたら、むしろ何かがゆがんでいるのだと思います。だから少しずつ、みんなにノーと言わなければならない。
そうすることで初めて、どの角度から見ても、言っていることとやっていることが極端にずれていない状態になる。“らしさ”とは、きれいにまとまったものというより、ぎりぎりのバランスで成立しているものではないでしょうか。
ミッションが先にある会社は、迷えない
“らしさ”というと、強い特徴を一つ持っているイメージがあります。でも、お二人のお話からは、むしろいろいろなものを見ながらバランスを取り続けることに近いように感じます。
青木 僕に関しては、本当にそうです。始めたときから想像の範囲でうまくいく未来が見えていたわけではありません。普通に考えたら無理でないかと思うようなところから始めて、自分たちの前にあったものと、次に飛んできた球の組み合わせで、その都度何とか成立させてきた感覚です。偶然起こることが自分たちの想像を超えていても、それをどうにか事業の中に組み込むことで、会社が成立しているのだと思います。
偶然を取り込むだけでは、会社はどこに向かうのか分からなくなりそうです。
青木 そうですね。変えられないポイントがあるから、偶然を生かせるのだと思います。
ヘラルボニーの場合は、「異彩を、放て。」というミッションがありますよね。何を売るかは変えられても、そこを変えることはできない。
松田 はい。アパレル領域で何かを成し遂げたい、ということではありません。ミッションに対して、最善だと思うアウトプットを考えた結果、ライセンス事業もやるし、アパレルもやるし、場もつくっているだけ。手段は変わっていくけれど、目的は変えられませんから。
青木 逆のパターンで、オポチュニティー(機会)からアプローチを始める会社もあります。それは悪いことではありません。例えば、AIという大きな機会を捉えようと人が集まるなら、そこから別の領域に広げていくこともできます。
でも、ヘラルボニーやクラシコムのようにミッションが先にあって、事業が後からついてくる形で始まった会社は、そうはいかない。迷わないのではなく、迷えない。そこには苦しさもありますが、価値もあります。
松田 その通りだと思います。制約は、ブランドとしての強さでもあります。「私たちはこういうブランドです」という表明になるし、お客さまにとっての信頼にもなる。事業の可能性は狭まるかもしれないけれど、いい意味での諦めがあります。それが、“らしさ”につながるのかもしれません。
青木 僕たちはたぶん、ブレていることが気持ち悪い人間なんです。
先ほどエゴサーチのお話がありましたが、松田さんは、外から自分たちを見ることができているんだと思います。だから、外から自分たちがどう見えているかを見て、ブレていることに気づくと、ここをアジャストしないとまずいとなる。
確かに、見られ方に相違があったときは、何か発信が間違っていたり、アウトプットが居心地の悪いものになっていたり、どこかにズレがあるわけですよね。
青木 そうですね。ただ、自分は筋が通っていると思っていても、自分自体も万能じゃないし、あえて少しブレた選択をしたりしている可能性もあります。ブレちゃいけないわけでもないから、自分が思い描く「アリなパターン」というか、「ナシじゃないパターン」の中に収まっているかは気になります。
OBゾーンには行きたくないという感覚の中で思いっきりブレたいというか、OKゾーンの中ではいろんなことを試していたいと思っています。
松田 僕も、攻めたいと思うこともあります。もっと清濁併せ呑んで、多少の違和感があっても突破できれば、一気に大きくなることはあるかもしれません。ミッションにとって、その方がいい場合もあるでしょう。途中で大きくズレたように見えても、最後に戻ってくればいいという考え方もあります。
でも、自分にはそのやり方は難しい。僕は、本当に小さい振れ幅で前に進んでいるという自己認識があります。
ブランドは、届かなかった相手に届くための媒体になれる
クラシコムもヘラルボニーも、最初は少数の人が共感する感覚だと思っていたものが、広がるにつれて実は同じ感覚を持つ人がたくさんいることが顕在化してきたように見えます。クラシコムは、世の中に自分がフィットする場所があまりないという青木氏の感覚から始まりましたよね。ヘラルボニーは創業者の双子のお二人が直面した違和感、お兄さんへの思いなどが基点となっています。そういったご自身のN=1の思いからブランドが生まれ、商品が世に投げかけられたからこそ、そういった価値観が消費者の側でも言葉として認識されるようになったのかもしれません。
松田 お盆に地元の同級生と会っていて、ブランドの力を改めて感じました。
みんな、シュプリームを好きだったり、ブランドものの香水や車に憧れたりしている。人口1万人ほどの町にもブランドは大きく届いているんです。だからこそ、異彩を放つ作家のアートを社会に浸透させるためには、ブランドにしなければいけないと思いました。
地元で塗装業をしている友人が、お歳暮にヘラルボニーの商品を買ってくれました。福祉やアートに関心があるわけではないかもしれません。でも、ブランドを知り、背景を知っていくことで、子どもたちへの伝え方はきっと変わっていく。ブランドは広く届いていく強い媒体だと思います。
青木 なぜブランドがそこまで人を納得させるのか、不思議ですよね。みんながいいと言う声があって閾値を超えるとそうなるのか。それだけでは説明できない何かがあるのか。
松田 以前、ラグジュアリーブランドの方と話をしていたのですが、象徴的な柄やブランドの背景を詳しく知っているわけではない人でも、何となくこの感じが好き、といって買ってくださる方が多いそうです。そこで感じたのは、ブランドは信頼で成り立っている、ということです。安心して好きでいられる。
青木 ブランドに信頼がなぜあるのか、そこには“らしさ”も関係があるのだと思います。
長く続くブランドがある一方、すごくはやったのに続かないブランドもある。何をしたから続いた、何をしなかったから続かなかったとは単純には言えないし、再現性はないのかもしれません。
ただ最低限、一貫性がないとそもそも成り立たないと思います。だからといって、一貫していればいいというわけでもない。大切なのは、変わらないことではなく、過去を踏まえてメイクセンスできる説明を続けられることだと思います。それを社会が受け止めてくれれば広げられるし、逆に「それはさすがに違う」と思われることもあり得ます。ただし、その境界は言語化が難しい。だからこそ、少しざわつく、気持ち悪いという感覚を大事にする必要があるんだと思います。
クラシコムの意思決定の基準は「快適さ」
クラシコムでは、変化をどのように感じ取り、判断しているのでしょうか。
青木 自分たちが得をするか損をするかではなく、使命感に駆られてというのでもなく、アカウンタブル(責任を持つこと、説明責任を果たすこと)かどうかという感覚が大きいです。
僕は「快適さ」という言葉をよく使います。これは大きな無理がなく、物事がしっかりと成立している状態のことです。
会社が大きくなったり、外部環境が変わったりすると、このままでは無理が全部自分たちに来てしまう瞬間があります。そのときに「これを始めます」「これはやめます」といった選択をするなど、方向性を変えることがあります。そんなときでも、誰かのためにと言うのではなく、「自分たちに無理が来ているので、成り立つ方向にずらしたい」と一人称で説明します。
そうすることで、乗るか乗らないかを相手が選べます。自分たちが心地よく拡張できることを担保しながら、同じ人がやっていても不思議ではない形に仕上げていく。その積み重ねがブランドになるのだと思います。
変化と発明をセットにする理由
ヘラルボニーで一貫していると感じたのは、アウトレットとして手ごろな価格で提供するときでも、作家への報酬は減らさないようにしていると知ったときです(編集部注:ヘラルボニーは作家とライセンス契約をしており、販売に応じて報酬を支払う仕組み)。もし、「安くします、作家さんへの報酬もディスカウントします」となったら、もともとの在り方に共感している人はむしろ買わなくなる可能性があります。また、一般的にはセールをする「ブラックフライデー」の企画として、値下げをせずに作家報酬を通常の倍などにするといった、作家へ正当なロイヤルティを支払おうとする取り組みも特徴的ですよね。
松田 もし価格を下げて作家さんへの報酬まで下げたら、説明できない感じが残ると思いました。誰も聞かないかもしれませんが。
2025年、カンヌライオンズで「Glass:The Lion for Change」ゴールドを受賞したときも、作家さんへの還元率を倍にするイベントを行いました。お客さまへのポイント還元ではなく、作家さんへの還元を増やす。ヘラルボニーは作家さんに生かされていると考えているからです。そういった思いは伝わると考えています。実際、購入者が直接得をするわけではないのに、売り上げは伸びました。
青木 変化を受け入れてもらうには、文脈の説明だけでは足りない。発明が必要です。すごい技術の話ではなく、その会社にしかできない仕組みをつくることです。
そういう意味では、ヘラルボニーのアウトレットやセールへの対応の仕組みは、一つの発明でしょう。作家報酬を変えないという仕組みがセットになることで、変化がむしろ“らしく”見えます。作家報酬が2倍などになるキャンペーンもそうですね。
松田 僕は、「説明できないことの気持ち悪さ」を解消し続けたいのだと思います。社会から質問されたときに、ちゃんと誠実に答えられる状態でありたい。
青木 僕も同じです。社内でも「なぜそうしているのですか」と聞かれたときに、堂々と説明できるようにしておきたい。とはいえ、すぐに答えを出せない問題、突かれると痛い事柄もあります。そういった場合は「今は説明できないし、説明できるようにしたいけれど、まだ方法が分からない」と伝える。これも正直に説明することの一つだと考えています。
社内でその姿勢を続けていれば、外に対しても自然にそう振る舞えます。内と外で別の基準を使うダブルスタンダードは、クラシコムのような会社には難しいことです。社会に対して抱いている課題や理念に引かれて人が集まる会社ほど、ごまかしの利かない立て付けにしていかなければならないと思います。ヘラルボニーも同じかもしれませんね。
松田 その通りだと思いました。自分が立ち上げた会社だから、「これは自分の会社だ」という感覚は強くあります。社員全員が反対しても、自分と文登がやると言って、やることはある。
ただ同時に、社会が自分たちをどう見ているかもすごく意識しています。外から見たときに痛いこと、説明がつかないことをやっていると気づいたら、きちんと向き合いたい。その感覚を突き詰めていくことが、これからも“ヘラルボニーらしさ”につながっていくのだと思います。
(写真/古立康三)
日経クロストレンド(編)/日経BP/2420円(税込み)








