「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムが、経営理念体系をアップデートした。2024年に更新したのに続き、26年9月に創業20周年を迎えるタイミングで変更を果たした。従来の4層構造から、「能力」の定義を追加した5層構造へ。9月に発刊した書籍『 熱狂しない経営 「北欧、暮らしの道具店」クラシコムが20年磨き続けた“らしさ”の正体 』には間に合わなかった大きなアップデート。今なぜ変更したのか、何を目指したのか、クラシコム代表取締役社長の青木耕平氏に聞いた。[日経クロストレンド 2026年10月7日付の記事を転載]
- 経営理念体系を再び改訂した理由
- 新設した「観察力・洞察力・判断力」の意味
- 理念を評価制度やロール定義につなげる狙い
クラシコムの経営理念体系が従来の「ミッション・マニフェスト・ポリシー・フォーム」から約2年半ぶりに「ミッション・マニフェスト・ポリシー・ケイパビリティ・プレゼンス」の5層構造にアップデートされた。
新体系では、旧体系で「フォーム」と呼ばれていた層が「プレゼンス」に変わり、ポリシーとプレゼンスの間に「ケイパビリティ」という新しい層が挟み込まれた。構造そのものが変わったと言っていい。また、フォームに定義されていた「センシティブ」が「オーセンティック」に変わった。
クラシコム代表取締役社長の青木耕平氏は「変化のきっかけは、掲げていた言葉が持つ厄介な性質に気づいたこと」だったと言う。
▼前回のアップデートの詳細はこちら(日経クロストレンド記事) なぜクラシコムは理念体系「MVV」を変えたのか? 青木代表の真意旧体系では、センシティブ・チャーミング・サステナブルの3つが身につけるべき「フォーム」として掲げられていた。それに対して青木氏はこう振り返る。
「思い描くことの容易さの半面に、目指すことの難しさがあった。むしろ目指そうとすると遠のいてしまうような性質もあるものだな、と思った。例えば、『チャーミング』を“目指す”のは結構難しいし、『センシティブ』であろうとすることを意識しすぎるとナイーブになりすぎてしまったり、感性至上主義に傾いたりする恐れもあった。フォームで定義していたのは大事なことだったが、スタッフが自らの仕事に引き寄せて扱うには抽象度が高かった」(青木氏)
そして、「創業から年数を重ねる中で、もう少し扱いやすい単位のものがないと、スタッフが自分自身に具体的に何が足りないのか、あるいは何ができていて、何ができていないのかを意識するのは難しいなと思っていた。では具体的には何なんだろうということを、何年も考えてきた」と青木氏は続ける。
では、「センシティブであってほしい」「チャーミングであってほしい」と言うとき、スタッフに何を身につけてほしいのか。青木氏がたどり着いたのは、目指すフォームを形づくる力として定義した「ケイパビリティ」(能力)という新しい層だ。
目指すフォーム(姿)を直接追いかけるのではなく、「物事をありのままに知り、正しく判断できる“能力”が身につけば、結果として繊細さを持ったままチャーミングに振る舞えるのではないか」(青木氏)と考えたのだ。
観察力で分かるのは自分の基準からのズレ
新しく定義された3つのケイパビリティは、それぞれこう説明されている。
- 観察力——自分の視点からの視野の広さと解像度の深さ
- 洞察力——関係する人たちの側からは物事がどう見えているかを知る力
- 判断力——観察力と洞察力を駆使して物事を立体的かつありのままに見たことを基に、会社の目的・方針・理念・過去の経緯に照らして判断を確定させる力
ここで注目すべきは、観察力と洞察力が明確に切り離されている点だ。
観察力は、物事を広く、深く見る力。仕事に習熟すれば、見える範囲も深さも広がる。経験を積んだ社員が、自身の仕事を客観視し、改善点を見つけられるようになるのもその一例だろう。
ただ、観察力を高めるだけでは限界があると青木氏は指摘する。
ビジネスの現場では、観察力は「視野」と「視座」の二軸で語られることが多い。それに対して青木氏は、「よく視野が狭いとか、視座が低いと表現されるが、もちろん訓練によって視野は広がるし、視座も上がる。しかし、俯瞰(ふかん)できるようになったり、客観的に見られるようになったりしても、それはあくまで自分の価値観や自分の常識でものを見ているに過ぎない。別人になることもできない。カメラに例えれば、観察力が高まるということは、操作技術が上がって、角度が変わったり、広角になったり、フォーカスが合わせられるようになったりするということ。でも、あくまでカメラは1台しかない状態で、写せる世界には限界がある」と説明する。
つまり観察力だけを高めても、あくまで「自分の基準」からのズレにしか気づけないという。そこで併せて必要になるのが、洞察力だ。
洞察力に必要なのは対話力と実験力
洞察力について青木氏は「自分とは異なる価値観や美意識を持つ人が、この事象をどう見るのか、どういう見方があるのかに気づかなければ、本来、気づくべきことに気づきようがない。洞察力とは、世の中にはまったく違う仕組みのカメラがあって、そのカメラから見ると全然違う映り方をしていることがあり得るということに気づき、理解できるようになること」と言う。
それはただ相手に共感することでも、意見を受け入れることでもない。自分には理解しがたい見え方や語り方が現実に存在しているということをそのまま認識する力だ。例えば、「自社の判断を変える必要がない場合でも、相手が何を見て、何に懸念を抱いているのかを理解した上で決めることと、見えないまま押し通すことは異なる。それを認識した上で、考えたり判断したりしていかなくてはならない」(青木氏)
確かにビジネスでは、状況が複雑化し、必ずしも容易に合意形成できるとは限らない相手と向き合うシーンは珍しくない。「そのときに洞察力が不足していたら、自分は客観的に見て、いろいろなことを知っていて分かっているのに、どうして相手は理解してくれないんだろうと思ってしまう。それはある種の未熟さだと思う。観察力と洞察力は別の能力なので、いくら自分の仕事の研さんを深めていても、意識していないとなかなか到達できない」と青木氏。
ここで一つの疑問が浮かぶ。観察力と対にするなら、「想像力」でもよかったのではないか。
実際、他者の視点に立とうとする能力は、多くの企業で想像力や共感力として語られる。実は青木氏は、意識的にその言葉を避けたという。
「洞察から想像をイメージすることもあるだろうが、あくまで想像は『自分の視点』の中で行われることに過ぎない。実際には、洞察力は相手から教えてもらう“対話力”であり、小さく試して市場やお客さまの反応から学びとる“実験力”のこと。対話したり、実験したり、チャレンジしたりすることが目的ではなく、その結果を受けて“分かる”ことが目的」だと青木氏は説明する。
ただし、青木氏は「相手に問うことは、相手の言うことを聞いたり、共感したり、意見をそのまま受け入れたりすることではない。僕からはこう見えているけれど、あなたは違うの? どう見えているの? と問う姿勢だ。分かるために相手の認識を“知る”こと。ときには相手との見え方の違いに驚くこともあるが、それは事実として変えようがない」と言う。
また、対話という言葉も慎重に使いたいと青木氏は考えている。「対話を前に出すと、“分かり合う”ことが目的のようになってしまう。しかし、それは目的ではない。“分かる”ことが重要であり、相手がこちらのことを分かってくれるかどうかについては、こちらは責任を持てないから」(青木氏)、というのが理由だ。正しく伝える努力はする。それでも、説得したり分かってもらったりすることは目的化しない。
実行可能な状態にする第3のケイパビリティとは
観察力と洞察力によって状況を捉えることができた後、仕事として必要になるのが、ケイパビリティの3つめの「判断力」だ。
青木氏は、「会社の目的や、共有する倫理観に照らして、何を優先し、どう意思決定するか。公正さのように簡単には定義できない価値を扱うときにも、事実の理解と他者への洞察を通じて、適切な判断ができるのが判断力」だと説明する。
3つのケイパビリティを設定することで、「観察はできているけれど、洞察はできていない。あるいは、ありのままが見えているのかもしれないけれど、会社の目的や倫理観に照らして正しく判断するための精通度が低いということもある。そこで、今回定義したことで、能力を分解して操作可能にしたという認識」だと青木氏は言う。
理念をロール定義に接続するわけ
今回の経営理念の刷新は、理念をスタッフの評価や育成、役割(ロール)定義に接続する狙いもあった。というのも「チャーミングかどうかを直接評価するのは難しい。でも例えば、観察力は十分だが、洞察力はまだ不足しているとか、洞察力の基となるカメラの存在には気づけていても、何が写っているかはまだよく見えない、あるいは、ある程度見える、はっきり見えるといった具合に段階を設定できる。このように最後は理念がロール定義に落ちていないと、掲げている意味がないのではないかと考えた。そこが、今回一番変えようと思った動機だった」と青木氏は言う。
当然ながら、これは能力を点数化して管理することが目的ではない。クラシコムでは半期ごとに各人にロールを設定し、そのロールの期待値に合っているかをフィードバックしている。そういうときに、その人に何が足りないのか、何を伸ばすべきかを分解して話せるようになることに意味があるのだ。
「あるスタッフに課題があってフィードバックしなければいけないときに、それぞれがいろいろな語彙を使って『おまえは、ずれている』『考えが浅い』と違う言葉で言い始めたら、訳が分からなくなる。正しくフィードバックするために、語彙をそろえたかった」(青木氏)
▼クラシコムの組織づくりの詳細はこちら(日経クロストレンド記事) 19期連続増収・増益のクラシコム 組織づくりが意外に“ドライ”なわけでは、ケイパビリティを掲げ、解像度が上がることで、逆に、目に見えているものだけを目的化して追う人が出てこないのだろうか。以前の経営理念の「フォーム」のように抽象度が高いことにもメリットはあるのではないかという疑問も生まれる。
それに対して青木氏はこう答える。「ケイパビリティは目指しようがないものでもあると思う。今の観察力が何点だ、とは言えないし、何ができていたらできていることになるかも定義しようがないから。ただ、マネジメントの観点からしても、スタッフの観点からしても、『分かる』が分解されて、以前より理解しやすく、操作可能なものに近づけたと考えている」と話す。
興味深いのは、青木氏が「経営理念を全スタッフに暗記させるつもりはない。説明を求められたときに、マネジャーがこれを軸に説明できれば、理念の役割を果たせていると考えている。マネジメントは、自然言語で秩序をプログラミングしていく仕事だと思う」と言語観をソフトウエア開発になぞらえている点だ。
「ソフトウエア開発で、書き方も定義もばらばらなコードが積み重なれば、後から修正するのは難しい。組織も同じで、言葉の意味が通っていなければ、保守性も悪くなり、問題が起きたときにどこを直せばよいのか分からなくなる。つまり、経営理念の整備は組織の保守性を上げる作業」(青木氏)なのだ。
「ざわざわ」する前に追認する
クラシコムは2026年9月に創業20周年を迎えた。ビジネスが続いていけば、経営理念だけでなく、様々なことが変化していくのは自然なこと。むしろ変化し続けているからこそ、ビジネスも成長し続けることができている。変わらないために変わり続けているのだと考えられる。
実際、クラシコムで半年に一度行われている社員全員が参加する全体会議で、近年の青木氏は毎回、変わらないために、変わり続けることをスタッフに語り続けているという。今回の経営理念の刷新も26年夏の全体会議で説明された。
そこで語られる変化は、経営理念の刷新のような経営が旗を振って起こすものだけとは限らない。むしろ、現場で既に起き始めている変化を取り上げることも多いという。
「変えたほうがいいと思っている人がいるから、現場が変わってきているということがある。もちろん、それを追認する場合だけでなく、そっちに変わったらだめだと言う場合もある。ただ、追認する場合は、きちんと公式に追認しないと、動き始めた人たちが動きづらくなってしまったり、社内が分断したりしてしまう。僕の役割は、こうしたほうがいいという多様な感覚の中で、適切なものを採用して、そうじゃないものを止めたりして、説明責任を果たしていくことだと考えている」と青木氏。
そして、そのタイミングの見極めも重要だという。
「社内が“ざわざわ”するようになってからでは遅い。ざわざわしているというのは、分断した状態なので、そこまで行くと直すのが大変になる。その手前、やっている人は良いと思っているけれど、見ている人は悪いとは思わないが、あれ何だっけ、くらいになっている状態のうちに全体の絵の中での位置づけを説明し、その変化を採用するか否かを公式見解として示していくことが大切」と青木氏は語る。
では、理念体系の更新は、今後も続くのだろうか。
「最も正確な形と、現時点で組織全体が受け入れられ得るものには違いがまだあるので、今回の体系に含まなかった部分が実は結構ある。今回の変更の着想自体は2年ほど前からあって、社内のいろいろな場面で小出しにしながら、みんながどう感じるか、実使用に耐えそうかを見てきてようやく導入した」と青木氏。さらに、「今後よりよくしていくために必要な要素も既に考え始めている」(青木氏)とも続ける。
さらに、次にやるべきこととして挙げたのは、意外にも「減らす」作業だった。「今は増えていく一方なので、今度は(要素を)減らしていくことも重要になる。世の中の変化や共通認識の成熟度合いなどに合わせて、ここはもう見なくていいよ、と伝えることも必要になってくる」と青木氏は話す。
理念体系とは、掲げて終わるものではない。運用され、実験され、改訂され続ける対象なのだ。そしてその改訂を可能にしているのは、ほかならぬ観察力と洞察力なのだろう。
日経クロストレンド(編)/日経BP/2420円(税込み)






