伝え方を変えても、1on1を重ねても、同じことを繰り返す部下。上司はやがて「この人は変わらない」と諦めてしまう。しかし、そこで思考を止めてはいけない、と人事コンサルタントの平康慶浩さんは言います。新刊『「困った部下」は、つくられる。』より抜粋します。

「何度言っても変わらない」のはなぜなのか

 たとえば何度同じことを言っても変わってくれない部下がいる。そんな時、上司としては「また同じことを言わなければいけないのか」と嘆息してしまうだろう。先月も言った。先々月も同じようなことを伝えて指導した。その場では改善の返事が返ってくる。けれども実際には行動は変わらない。

 だから言い方を変えてみたり、話すタイミングを変えてみたりもする。さらに1on1などの個別に話す機会も作ってみた。それでも変わらないどころか、むしろ悪化する場合すらある。

 最初は「まだ慣れていないからだ」と思う。次は「伝え方が悪かったのかもしれない」と上司として反省する。その次は「もっとはっきり言わなければ」と語気を強める。部下は神妙な顔で「わかりました」と答える。しかし翌週には、また同じことが起きている。

 そうなってしまう人は、それなりに部下育成に注力してきた人であることが多い。後輩の指導もしてきた。若い頃には、自分自身も誰かに鍛えてもらったからこそ、その経験を育成に活かそうとする。それなのに、この部下だけは、何度言っても変わらない。

 そうなるとやがて、一つの結論に落ち着くかもしれない。「この人の資質が悪いのだ」と。

 本人の性格か、それまでの経験の積み方か、人間関係か。何度言っても変わらないのを個人としての仕事への向き合い方の問題だと整理すれば、「自分は正しく指導した。育たないのは本人の問題だ」と区切りをつけられる。管理職としての罪悪感も、少しだけ薄れる。

「資質の問題」と片づけると、部下の行動は悪化

 しかし、本当にそうだろうか。私は、同じ人が職場を変えると別人のように動き出す場面を、何度も目にしてきた。「資質」で片づけられるほど、話は単純ではない。

 確かに、本人の性格的な傾向は存在する。しかし「資質の問題」と結論づけてしまうと、「もうどうにもならない」という諦めに変わる。諦めた上司の下で、部下は育つだろうか。

 答えは、ほぼ確実に否だ。

 そして、この「資質の問題」という結論には、もう一つ、見えにくい副作用がある。それは、上司自身を思考停止に導いてしまうことだ。「あいつは、もともとそういうやつだ」と決めた瞬間、上司は、その部下について、考えるのをやめる。期待しなくなってしまうのだ。

 すると先ほどの、期待を示すことのちょうど逆に、期待していない部下の行動がどんどん悪化してゆくのだ。

 「資質」という便利な一言は、部下を諦めさせるだけではない。上司からも、打ち手を考える力を、静かに奪っていくのだ。

 楽な説明は、いつだって、思考の終わりを意味する。

「指示待ち」「空気を読まない」の背景

 では、具体的に部下のどんな行動が、上司に「困った」と感じさせるのか。少し整理してみよう。

 たとえば朝出社したにもかかわらず、何にも手を付けず、席についても動かない部下がいる。朝までのメールは確認しているようだけれど、自分から上司や周囲の人に対して「今日は何をすればいいですか」と聞きに来ることすらしない。上司が声をかけて、初めて動き出す、いわゆる「指示待ち」の部下のことを想像してみてほしい。上司からすれば「昨日の作業がここまでだったから、今日はこの部分を進めます」という自発的な行動や提案が欲しいのだけれど、それはいつまで待っても出てこない。そしてなぜそうなるのかが、どうしても理解できない。

 しかし本人には、本人なりの事情がある。考えていないわけではないのだ。「考えた結果、何をすべきかわからない」のだ。そして、そのわからなさを、上司に伝えることもできない。「わからないと言ったら怒られそうだ」という恐れが、行動をさらに止めてしまう。

 報連相ができない部下は、もう少し厄介だ。任されていた業務において問題が起きてしまった。あるいは作業の締め切りに間に合わない。実はクライアントからクレームが来ている。それでも、部下自ら上司には何も伝えてこない場合がある。そして手遅れになってから事態が判明し、上司は激怒するだろう。

 そのとき、なぜさっさと報告しなかったのか、と問うと「自分でなんとかしようと思っていました」と返ってくる。「解決策が出てから話す」ことが丁寧な対応だと、本人は本気でそう思ってしまっているのだ。そしてその判断こそが問題だということが、わかっていない。

 空気が読めない部下は、また少し違う。会議の場で、その場で一番偉い役員に忖度して、誰もが言葉を控えている場面。そこで突然、一見正しいような、でも確実にずれている場違いな発言をして、場が凍りつく。直属上司は「なぜ今そんなことを口に出すのか」と思い、やきもきする。その一方で本人は「正しいことを言った」と自慢げだったりする。

 そして上司は役員から、「部下の一人もマネジメントできない」と評価を下げられるし、空気を読まなかった部下は、周囲の人たちから距離を置かれてしまうことになる。

「困った部下」にも本人なりの事情がある(写真:Svetlana Rey/stock.adobe.com)
「困った部下」にも本人なりの事情がある(写真:Svetlana Rey/stock.adobe.com)

「できないのか、やらないのか、知らないのか」

 これらは一見バラバラで、かつ一人ひとりの資質の問題に見えるかもしれない。しかし実際には共通の理由があるのだ。それはいずれも「本人なりの合理性」に基づいた行動である、という点だ。部下自身の経験と判断の中では、その行動が最も適切だという結論になってしまっているのだ。

 だからこそ、何度言っても変わらない。言葉でいくら伝えても、本人の自分の行動に対する「合理性」が変わらないかぎり、行動は変わらないわけだ。

 だから「困った部下」を見るとき、「できないのか、やらないのか、知らないのか」をまず確認する必要がある。

 できないなら経験が必要だ。
 やらないなら動機づけの問題だ。
 知らないなら教えれば解決する。

 この区別をしないまま「なぜやらないのか」と問い続けても、話はかみ合わない。

 私が、ある会社で出会った若手は、絵に描いたような「指示待ち」だった。だが、本人にじっくり話を聞くと、ぽつりと、こう漏らした。「前に一度、良かれと思って先に進めたら、『勝手なことをするな』と、みんなの前で叱られたんです」。たった一度の、その経験が、彼を「指示を待つ人」に変えていた。彼は、考えていないのではなかった。むしろ考えた末に、「この職場では、動かないのがいちばん安全だ」という結論に、たどり着いていたのだ。

 指示待ちは、しばしば無能の証しではない。過去の経験から学んだ、本人なりの合理的な適応の結果なのである。そして、その経験を与えたのは、他でもない、その職場だ。

ミドルマネージャーの多くが悩む「困った社員」の問題は、職場の構造から発生している? 上司の「良かれと思って」から部下の心が離れていくメカニズム、部下との関係を壊さずに相手の問題を指摘するテクニック、上司部下関係が凍り付いたときにどう対処するかなど、人事のプロが具体的なシチュエーションを例に、新たな悩みの解決の糸口を提示する。

平康慶浩著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)