「あの部下は何度言っても伝わらない」、そう嘆く前に、管理職には気にかけるべきことがあります。指示の意味を部下は本当にわかっているのか。そもそも、「わかりません」が気軽に言えるような職場環境になっているか――人事コンサルタント・平康慶浩さんの新刊『「困った部下」は、つくられる。』から抜粋します。
「主体的に動く」という言葉の意味
「主体性を持って動いてほしい」。あなたも、似た言葉を部下に言ったことがあるかもしれない。そして、期待通りに動いてくれた経験は、そう多くないはずだ。
あなた自身が若手だった頃、初めて「主体性を持って動け」と言われた瞬間を思い出してみてほしい。そう言われたからと言って、すぐに動けただろうか。おそらく、戸惑いがあったはずだ。主体性とは何か。どう動けば主体的になるのか。その答えを、最初から持っている若手は多くはないはずだ。
私自身、若い頃に「もっと当事者意識を持て」と言われ、頷きながら、内心で「当事者意識って、具体的にどういうことだろう」と途方に暮れた記憶がある。それから随分と時がたち、多くの経験を積んだ。だからこそ、当事者意識を持った行動、というものを理解できるようになった。試行錯誤し、成果を出し、失敗もして、そのたびに「主体的に動く」という言葉の意味が、少しずつ体の中に根付いていった。今では「主体的に動け」と聞いた瞬間に、とるべき行動が具体的に浮かぶ。
上司が自分の若い頃の成功体験を思い出して、具体的な行動を思い浮かべることができるのは、成功経験があるからだ。部下には、まだその経験がない。だから、主体的という言葉を聞いても、そもそも何をすればよいのかがわからないだけなのだ。決して怠けていたり、やる気がないわけでもない。
抽象度の高い言葉は経験の浅い人に響かない
「当事者意識を持て」「オーナーシップを発揮しろ」「プロフェッショナルとして動け」。
ビジネスの現場では、こうした抽象度の高い言葉が日常的に飛び交う。こうした言葉を使う側は、それがどういう意味なのかを知っていて、相手もそれがわかることを前提として話しているだろう。けれども経験が少ない部下の側の多くは、わかったふりをしながら、実際には何が求められているかを掴めていない。
私はある製造業の管理職研修で、参加者に「あなたの言う『主体性』を、部下がする具体的な行動で三つ挙げてください」と問うたことがある。すらすら書けた人は、20人中、3人だけだった。実際には、部下に指示をする側ですら、具体像を持っていないことも多いのだ。それを、経験のない部下に「察しろ」と求めてしまうのは、酷なことだろう。
そしてもう一つ、見落とされがちな点がある。上司は、自分が若手だった頃の「主体性」を基準にしているが、その基準は、その上司が育った時代の、その職場の文化に強く依存しているということだ。ある会社にとっての主体性は、「自分でクライアントの課題を見つけて提案する」ことかもしれないが、別の会社では、主体性とは「決められた手順を、言われる前にきちんと片づける」ことかもしれない。同じ言葉でも、組織によって、指す行動がまるで違う。
だから部下は、たとえ前職で「主体的だ」と評価されていても、新しい職場の「主体性」が何を指すのかを、ゼロから読み解かなければならない。言葉が同じでも、意味することが違うことは、本当によくある話だ。
だからこそこの、組織ごとに違う「暗黙の意味」こそが、新人や転職者が最初につまずく、見えない壁になるのだ。
「お客様の立場に立て」がなぜできないか
「もっとお客様の立場に立って考えてくれ」。上司が会議でそう言ったとする。もちろん部下は頷き「わかりました」と言う。しかし翌日からの行動にすぐに反映されているわけではないし、顧客に提示する企画書を見ても、前と変わっているわけでもない。上司であるあなたが「なぜ、わかったと言ったのに変わらないのか」と思ったとしてもそれは仕方のないことかもしれない。
けれども、ここで何が起きているのかを丁寧に解きほぐしてみよう。
上司が「お客様の立場に立て」と言うとき、その言葉には何年もの経験を踏まえた、暗黙の認識がある。相手の業務フローを頭に入れて話す。決裁者が何を気にするかを先に読む。専門用語を使わずに価値を伝える。値引き交渉の裏にある本当の懸念を察する。そうした具体的な行動のセットが、たった一言に凝縮されている。ベテランにとって、「お客様の立場に立つ」は、そういった様々な知識や経験を踏まえた、複雑な行動を要求している。
しかし部下には、その経験がない。だから「お客様の立場に立つ」は、辞書的な意味以上にはならない。顧客のことを考える、ということはわかる。だが、考えた結果としてどう行動すればよいか、まではわからないのだ。
同様に「スピード感を持って」「クオリティを上げて」「関係者を巻き込んで」などの言葉も同じだ。ベテランには具体的な行動が見え、経験の浅い人には抽象的な期待としか届かない。上司は「わかったはずなのに変わらない」と感じ、部下は「わかった通りにやっているのに評価されない」と感じる。どちらも正しくどちらも間違ってしまっている。
そしてこのような状況を生んでしまう理由として、会社側の仕組みの問題がやはり大きい。
たとえば「わかりません」と言いにくい職場の場合だ。そうなってしまうのは、減点方式の評価が原因だったりする。あるいは、わからないと言う人に対して、能力がないと見てしまう組織文化だったりもする。だからその文化を察した、比較的優秀な人ほど「わかりました」と言ってしまい、そして行動に反映できないままで、さらに評価を下げてしまう。そのサイクルの中で、部下はゆっくりと「困った部下」につくり上げられてしまうのだ。
私が組織文化の変革を指導するとき、「上司から指示された業務の意味がわからないとき、聞き返したり質問できる雰囲気はありますか?」と質問することがある。それに対する答えが、組織文化を象徴しているからだ。
「わからない」と言える空気を作ることは、上司の大切な仕事だ。ここでも上司にできるのは、言葉を重ねることではなく、環境を整えることなのだ。

平康慶浩著/日本経済新聞出版/1870円(税込み)
