日本でもっとも「モノとしての本の魅力」を知っていると思われる編集者で、『デザインのひきだし』編集長、津田淳子さんインタビュー2回目は、装丁や造本の観点から津田さんのおすすめ本を紹介してもらう。津田さんは年々、資材価格が上昇していく中でも、上手に紙を選び、自ら見積もりをとって工夫をしていけば、多様で豊かな紙の本をつくり続けることは可能だと話す。
1冊ごとに表紙が違う、蛇腹折りの特装本
今回から、装丁・造本の観点から選んだおすすめの本を紹介していきます。1冊目は『宝島』(森見登美彦著/ミモザブックス)です。私は本書を、とある書店で見かけたのですが、本ごとに表紙が違っていたのでびっくりしました。この本の表紙は、着物の生地を使っているそうで、異なる生地のものがたくさん。まるで御朱印帳のような蛇腹折りの製本も素晴らしいと思ったら、装丁は名久井直子さんでした。名久井さんは仲のいい友人で、よくわが家に遊びに来ては印刷や紙の話をしています。


私は書店で気になる本があると「〇〇さんの装丁かな?」と予測し、当たったら喜び(笑)、外れたらその意外性に敬意を表して購入するようにしています。名久井さんは「これは名久井さんだな」というものもありますが、まったく分からないことも多い、すごいブックデザイナーだなと思っています。本書は森見登美彦さんという著者、七福神の恵比寿様が主人公という物語の世界観、名久井さんのブックデザインのすべてが合わさった、素晴らしい1冊だと感じています。
版元のミモザブックスは、新潮社の文芸編集者だった照山朋代さんが1人で立ち上げた出版社だと伺っています。奥付を見たら、製本は日宝綜合製本。よく存じ上げている製本会社でしたが、こうしたチャレンジングな本をつくるには、無理を承知で引き受けてくれる関係各所を探さなくてはなりません。数々の苦労を乗り越え、本書が世に出たというのは編集者目線から見てもすごいことだと思います。
ちなみに、日宝綜合製本は国内最大級の製本会社で、岡山県に本社があります。昔からベネッセコーポレーションの進研ゼミを手掛けてこられた製本会社で、学習教材から本書まで、技術範囲の広い製本会社ですね。
「箔押し買い」した1冊
続いては、書店の店頭でキラリと輝いていた『 筋肉が全て 健康・不老・メンタル、人生のすべてが変わる唯一の方法 』(ガブリエル・ライオン著/御立英史訳/ダイヤモンド社)です。この本は箔の使い方が素晴らしく、思わず買ってしまいました。
ビジネス書の装丁に箔押しが使われるのは珍しくありませんが、タイトルやイラストの一部分に使われることが多いのではと思います。しかし、本書はカバーにも帯にも豪華に箔が使われ、筋肉の1本1本を細いラインの箔押しで表現しているのが本当に美しくて、書店店頭でパッと目に入ってきました。
帯とカバー両方に箔押しするには費用も時間もかかります。でも墨文字のタイトルと「これが結論」という惹句のレイアウトは、箔押しでないと成立しないデザインだと思うので、箔の使い方、考え方が素晴らしいなと感じました。
紙の価格上昇を受け入れる工夫
出版不況下では、箔押しなどコストのかかる加工技術は敬遠されがちです。さらに近年、紙の値段が上がっています。でも、原材料費や燃料費の高騰、また人件費の高騰などで紙の値段が上がるのは致し方ないことで、もし値上げせずに製紙会社が倒産したり、紙の製造をやめたりしたら、世界に類を見ない、種類の豊富な日本の紙が使えなくなってしまう一大事です。
そうならないように、製紙会社は適正な価格を示し、使う側はどうコストを調整するのか、どのような定価付けをするのかを考えていくしかないと思っています。そのためには装丁に見合う資材を上手に選び、できる作業は自分で行うといった工夫も必要です。
例えば、私は箔押しをしたければ、直接、箔押し会社に電話をして見積もりを取りますし、箔押しの面積や作業効率を相談して、箔押しできる範囲を決定します。また、表紙の紙にリーズナブルなボール紙を使ったり(もちろんチープに見えないように工夫します)、表紙の製版用データづくりを自分で行ったりもします。いかに自分で動いてコストを下げるかを考えることも多いのです。
幸い私は『デザインのひきだし』の取材を通じて、多くの印刷会社や製本会社の方々と知り合えているので、自分で見積もりを取り、どの作業にどのくらいのお金がかかるかを把握できます。そうすればこの加工を採用するために、ここの部分は今回あきらめようなどと全体のコスト調整を検討できるので、予算内に収めながら本づくりをすることができています。

年2回刊行する『デザインのひきだし』の場合、発行部数が決まっているので、おのずと予算が決まります。そこからデザイナー、ライターやカメラマンなど制作費にいくらかかるかが決まれば、紙と印刷、製本にかけられる予算が分かります。そこからそれをどう使うかが私の腕の見せどころ。3500円という本体価格に見合ったものにして、読者のみなさまが満足、納得してもらえる本にしたいと思っています。
紙の本というのはよくできた、完成されたシステムだと思っています。ページを前からめくれば、物語が進み、取扱説明書がなくても誰でも読み方が分かります。私は電子書籍も読みますが、紙の本のほうが記憶に残りやすいように感じますし、紙の本ならではの使い方ができるなと思っています。
この素晴らしい紙の本をつくるからには、紙の本ならではの製本・印刷技術を使いたいですし、それらを使っていくことが出版文化の継続にも重要ではないかとも思っています。どんな本をつくるときも、その本にふさわしいデザイン、製本、印刷技術にチャレンジしていこうと、心に決めています。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子
