日本でもっとも「モノとしての本の魅力」を知っていると思われる編集者で、『デザインのひきだし』編集長、津田淳子さんインタビュー最終回は、前回に続き、装丁や造本の観点からのおすすめの本を挙げてもらい、紙の本の素晴らしさについて聞く。日本は紙や印刷の種類が豊富で、海外のデザイナーがうらやむほどだという。
あやとりの紐を特別な箔で表現
前回、箔押しを使った本として『 筋肉が全て 健康・不老・メンタル、人生のすべてが変わる唯一の方法 』(ガブリエル・ライオン著/御立英史訳/ダイヤモンド社)を紹介しましたが、『 あやとり 』(千種創一著/短歌研究社)は、特殊な箔押しが印象的な1冊です。
本書は、人々の消えゆく言葉と記憶を歌人の千種創一さんが書き留めた歌集。本書の帯には「人と人を結ぶ糸は永遠だ、って錯覚してしまうのはなぜだろう。」とあります。タイトルの「あやとり」の紐(ひも)を表現するため、箔押しのなかでも「攻め箔」という技術が使われています。紐の立体感を表現するために細かな模様が入っていて美しい箔押しがなされています。この細かな模様のおかげで、紐感が高まって素晴らしい表現になっているなと感動しました。
また、表紙は「クロス装」といって、布地を使った装丁になっており、カバーはありません。昔はクロス装の本も多かったのですが、近年はコストのせいか、かなり少なくなっていると思います。
カバーをせずクロス装の美しい表紙がそのまま見えるのがいいのですが、カバーがないと汚れやすく、改装ができないこともあり、避けられがちでもありますよね。私も流通上、返品されたときのことを考えれば、汚れて廃棄することを避けたいので、多くの場合、カバーをかけます。でもこの本はカバーなしで潔く、クロス装の美しさをダイレクトに堪能できます。
箔押しも、クロス使いも、すべて素敵だな……と思ったら、装丁はこれも名久井直子さんでした。「さすがだわ!」と、悔しいながら(笑)買った1冊です。
仮フランス装の付録がついた漫画特装版
続いては市川春子さんの『 宝石の国13 特装版 』(講談社)。遠い未来の地球を舞台に宝石たちが戦うファンタジー作品で、13巻の特装版には、本編の漫画だけではなく、『詩集 無機物の意思受容』という本がついてきます。

この詩集の装丁は「仮フランス装」。昔、フランスなどヨーロッパでは仮綴(と)じ本を買い、装丁工房に頼んで好みの革装に仕立てて読んだそうです。その本家の「フランス装」に着想を得たのが仮フランス装です。フランス装に使われた仮綴じ表紙のような、四方を折り込んで貼った表紙を使い、上製本仕立てにした製本方法です。本としてのたたずまいが美しい装丁方法です。

市川さんは漫画家であり、デザイナーでもあるので、著作のデザインはどれも美しいなと感じています。新刊が出るたびに楽しみに拝見していますが、この特装版からは誇り高い文学の香りが感じられ、本当に素晴らしい1冊だと思います。
文庫本ではあり得ない豪華カバー
3冊目は伊坂幸太郎さんの『 777 トリプルセブン 』(角川文庫)です。書店で平積みされていた一角がメタリック全面帯(カバーとほぼ同じサイズの腰高帯)のおかげでピッカピカに光っていました。思わず「文庫本にこの豪華な帯(カバー)をかけるなんて!?」と買ってしまいました。
この帯はたぶん「コールドフォイル」という手法で作られていると思います。一般的な箔押しは、箔を押す部分が凸になった金属の版を作り、それで箔押し用の箔を重ねて紙に熱と圧をかけて押すと、箔押ししたい部分に箔が転写されます。
一方、コールドフォイルはオフセット印刷機で箔転写する印刷加工技術です。箔押ししたい部分に糊(のり)となるインキを印刷します。そこに箔を置いて密着させ紫外線を当てると、糊が固まって箔が転写できる仕組みです。さらにその上から色を印刷することもできますので、『777』はカバーの絵柄を刷り重ね、メタリック表現しているのだと思われます。タイトルは箔を抜いているので、その部分は紙の白が出ていますね。
これは20数年前くらいに開発された印刷技術で、雑誌の表紙や部数の多い単行本、商品パッケージなどで使われますが、文庫本では見かけたことがありませんでしたから、驚きました。
最初はびっくりして、そして、もとのカバーデザインの上に、コールドフォイルのゴージャスな帯をかけていることに感動し、速攻で購入してしまいました(笑)。手掛けたデザイナーは高柳雅人さん。さすがだな、素晴らしいなと思いました。
日本は紙や印刷の種類が豊富
『デザインのひきだし』も私も、2026年から水鈴社に移り、新たなスタートを切りました。私の頭の中には作りたい本がたくさんあります。
前回、ご紹介した森見登美彦さんの『宝島』は、ミモザブックスの照山朋代さんが「GIFT STORY -Birthday- 」シリーズの、誰かに贈るために作られた本ですが、私もプレゼント用の本を作ってみたいですね。本は自分で買っても、人から贈られてもうれしいもの。日本でもっと本を贈る文化が根づくといいなと思っています。

そして、紙や印刷、製本の世界をもっともっと伝えていきたい。私が昔の技術について調べるとき、参考文献として読むのは江戸や明治、大正や戦前の昭和に書かれた本です。今の時代でも調べることができるのは、先人が知識をまとめ、紙の本として残してくれたからだなと強く感じています。そうした知識があるから、現代に生きる私は新たな本作りをできているんだと思うと、印刷技術を後世に伝える大切さを感じます。
効率化だけを考えれば、今はオフセット印刷やデジタル印刷が適しているのだと思いますが、それだけではなく、伝統的な技術や昔からある印刷ならではの良さもあります。場面に応じて使い分けていくためには、その技術を使い続けていかないと、後世に残りません。だから、私は自ら率先して使いたいと思っていますし、そういった技術を1人でも多くの方に知ってもらい、使ってもらう機会が増えてほしいと、本を作っています。
現存する紙や印刷技術を後世の人にも使ってもらえるよう、製紙会社や印刷加工会社がこれからも続いていけるよう、『デザインのひきだし』で、その面白さを伝えるのが自分の仕事だと思っています。
昔の印刷技術を知るためには、その当時の印刷見本帳や関連技術書が大変参考になります。でも、江戸や明治、大正、昭和初期に書かれた本は二度と手に入らないかもしれず、一度入手したら手放せません。蔵書が増え続け、自室の壁はすべて本棚になり、それでも収まりきらず別の部屋も占領し、またそれでも収まりきらず、段ボール箱に詰め、積み上げて暮らしています(苦笑)。
日本は世界的に見ても紙や印刷の種類が豊富で、海外のデザイナーがうらやむほど。今後もこうした豊富な紙や目を見張る印刷加工技術を使って、みなさんが思わず手に取りたくなる紙の本を作っていきたいと思います。
取材・文/三浦香代子 取材・構成/桜井保幸(日経BOOKプラス編集) 写真/鈴木愛子


