2009年、英蘭(当時)ユニリーバの最高経営責任者(CEO)に就任したポール・ポルマンは、程なく四半期決算の発表と業績予想をとりやめると宣言し、周囲を驚かせた。長期的な視点で持続可能な成長を実現するためには、短期利益を求める株主の圧力を排除する必要があると考えたからだ。当時は株価下落を危ぶむ声もあったが、株主に長期投資家が増え、サステナビリティー(持続可能性)を軸にした経営が可能になった。その真意について、近著 『Net Positive ネットポジティブ 「与える>奪う」で地球に貢献する会社』 (アンドリュー・ウィンストンとの共著)から一部抜粋して紹介する。
今こそ短期利益志向から抜け出すべきとき
ピーター・ドラッカーは次のように言ったとされる。「企業にとっての利益は、人間にとっての酸素のようなものだ。それが十分なければ生きていけない。しかし、人生とは呼吸することにほかならないと思っているなら、その人は何かを見落としている」。それに先立ってヘンリー・フォードも、利益目的だけの企業は存在理由がないから滅びると言った。「ビジネスでお金を儲(もう)ける最善の方法は、儲けについて考えすぎないことだ」
半世紀もの間、我々に染みついた利益へのこだわりから、そろそろ抜け出すときではないか。株主価値は結果であり、目的ではない。世界に貢献する長期志向の企業をつくるうえで唯一最大のハードルは、四半期決算に対する執拗な重圧だ。それは企業や経済をねじ曲げてしまう。年金基金や政府系ファンドなどの一部の機関投資家は、長期的な視点を重視し、気候変動のようなシステミック・リスクについて心配している。だが、上場企業に多大な影響を与えるのは(そして影響を波及させるのは)、やはり投資家や証券アナリストだ。
一般的に株主は利益が順調に増えることを望み、企業は彼らを満足させようとして経営に当たる。上級幹部向けのインセンティブとしてストックオプションが広まると、合法的に、あるいは法律すれすれのやり方で利益を操作しようとする動きがさらに強まった。例えば自社株買いはたいていの場合、短期的に株価を上昇させ、企業価値を高める投資をしていない事実から注意をそらすための戦術だ。
株主リターンは唯一の目標ではない
多くの投資家は企業の長い友人にはならない。株式の平均保有期間は20世紀半ばには8年だったが、2020年には約5カ月に急減した。株主をあがめている限り、長期的な思考を要する、すべてのステークホルダーのウェルビーイングに資する最適なシステムは構築できない。残念ながら、気候変動のような、人類の生存を脅かす長期的課題に直面しても、グローバル企業はますます短期志向になっている。ある大規模な研究は、企業が長期的思考をもっと採り入れれば、「投下資本利益が年に1兆5000億ドル増える」と結論づけている。これは相当な株主価値だ。
株主への執着をいったん捨てろという主張には哲学的な理由がある。市場は経済的な現実とまったく切り離されていることが少なくないからだ。2020年のパンデミックのさなか、世界ではおよそ4億人が失業したが、主要株価指数はいったん大きく下げたあと、すぐに回復して過去最高値を記録した。だから、株価は最終的に将来のキャッシュフローとリンクすると考えるなら(本来はそうなるはずだ)、株主にアピールして株を買ってもらう必要はない。長期的なキャッシュフローを増やせば、買い手はついてくる。そして、もし株式市場が実際の企業業績やキャッシュフローとリンクしていないのなら、それはカジノだ。短期志向の株主にわざわざ気を遣う必要などない。
株主リターンは結果であり、唯一の目標ではないと大部分の企業が理解するまでには、まだ時間がかかるだろう。CEOの頭のなかではいまだに投資家が大きな位置を占めていると、ダウ・ケミカルのCEOだったアンドリュー・リバリスは言う。残念ながら、データがそれを裏づけている。スタンフォード大学がCEOとCFO(最高財務責任者) を対象に実施した2019年の調査によると、89%が事業計画においてステークホルダーの利益を考慮することが重要だと考えているが(これは朗報だ)、ステークホルダーの利益が株主の利益より重要だと答えたのは5%にすぎなかった。
短期重視圧力から逃れる最善策は「投資家と話さないこと」
CEOとCFOは短期重視が最も抵抗が少ない道だと明らかに考えているが、いずれは後悔することになる。エコラボ会長のダグ・ベイカーが言うように、企業を経営するうえで短期的なプレッシャーは必要な部分もあるが、短期の業績だけを重視したら、投資家との会議はうまくいっても、その後にもっと大きな問題が待っている。
短期重視の圧力から逃れる最善の方法は、投資家とあまり話さないようにすることだ。投資家と世間に向けて、「四半期ごとの決算発表も業績予想も行いません」とはっきり言おう。ポールはCEOになって約3週間で、この思い切った策を実行した。結果が凶と出ても、取締役会はそんなにすぐクビにはできないだろうと考えたのだ。四半期決算発表の中止は極めて珍しかった(今でも珍しい)。たいていのCEOは投資家と年に何百回もミーティングを持つ。戦略、成長、イノベーション、顧客満足などとは無関係の時間がずいぶん費やされている。利益一辺倒を続けていると、金融市場の人質になってしまう。利益は目的ではなく、最終的な成果だ。そして10年の在任期間で、ポールは優れた最終成果を残した。トータルの株主リターンはFTSE指数の131%をはるかに上回る292%を記録した。
「気候変動を信じていないのならアップルの株を売るべきだ」
その成果については、四半期ごとに投資家と話すのではなく、長期戦略であるユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン(USLP)の目標を目指すことで実現した。このような姿勢は過去に例がないわけではない。ミルトン・フリードマンが利益第一を説く40年近く前、ジョンソン・エンド・ジョンソン会長のロバート・ウッド・ジョンソンは「我が信条」と呼ばれる文書を起草し、同社は患者、医師、看護師に対して何よりも責任を負うと宣言した。第二の責任は社員に対して、第三が地域社会(環境保護もここに含まれる)、そして最後に株主がくる。株主は「正当な報酬」を享受することができるが、今すぐ最大限のリターンを得るのではなく、「正当な」リターンを受け取る。
残念ながら、ユニリーバに続いて四半期決算発表をやめる企業はほとんど現れなかったが、ネットポジティブな企業はこれにならうだろう。ユニリーバほど大胆ではないものの、同じように投資家に抵抗したCEOもいる。2014年、アップルは気候変動とエネルギーに関する新しい目標を発表した。CEOのティム・クックは、明らかに利益が出る気候プロジェクトだけを手がけるよう迫る投資家に対して、気候変動を信じていないのならアップルの株を売るべきだと言った(そのミーティング以降、株価は500%上昇した)。クックは、短期的な利益を超えた理由でいろいろな選択をしていることを指摘したうえでこう言った。「ROI(投資収益率)だけを目的に経営してほしいのなら、うちの株を手放すべきです」
四半期利益への執着に背を向けるのが最善策
こうした方向転換への道筋はほかにもある。資産運用会社が長期的な価値の創造に意味を見いだしていれば、株主に対する優先度を下げるために苦労する必要はない。FCLTグローバルという組織はこの変化を起こすために活動しており、ブルームバーグ、シスコ、ダウ、DSM、タタ、ユニリーバ、ウォルマートなどの多国籍企業を、バークレイズ、ブラックロック、カーライル・グループ、フィデリティ、ゴールドマン・サックス、ステート・ストリート、TPGなどの大手資産運用会社や投資家と結びつけている。FCLTは、長期的視点に立つ企業のほうが優れたパフォーマンスにつながることを示す分析を行うほか、企業の実践をサポートするためのロードマップやツールを開発している。
投資家は正しい方向へ向かい始めているが、その大部分が長期的視点に立った経営へ舵(かじ)を切るまでは、四半期利益への執着に背を向けるのが最善策だろう。
ポールによる四半期決算発表のとりやめは、投資家に対する強力なシグナルになった。だが、それは会社(ユニリーバ)に対してもっと大きなインパクトを及ぼした。マネジャーたちは、もっと大きな発想をしてよいというメッセージを受け取った。イノベーションと停滞気味のブランドに投資し、長期的な意思決定をすることが許された。四半期目標を達成すために利益を操作するという、よくある悪癖とは大違いだ。
企業は、環境・社会に与える「負の影響」をゼロにするだけでなく、そこを起点に「プラスの影響」を大きくし、利益をしっかり出すべきだ──この「ネットポジティブ」の経営哲学に基づき、ユニリーバの前CEOで著者のポール・ポルマンは、短期投資家と袂(たもと)を分かち、長期視点で経営に臨み「サステナビリティー(持続可能性)と利益伸長」が両立できることを証明しました。「パーパス経営」のお手本とも言えるポルマン流経営の神髄が、この一冊に凝縮されています。
ポール・ポルマン、アンドリュー・ウィンストン著、三木俊哉訳、日経BP、2530円(税込み)