二酸化炭素排出など企業が環境・社会に与える「悪い影響」をゼロにするのは、サステナビリティー(持続可能性)経営のスタートにすぎない。そこを起点にプラスの影響をどれだけ大きくできるか。これが、ユニリーバの前最高経営責任者(CEO)ポール・ポルマンが主張する「ネットポジティブ」だ。「悪い影響」の中には、節税や経営者への高額の報酬など、企業があまり触れたがらない問題もある。そこにどう切り込んでいくべきか。ポルマンの最新刊 『Net Positive ネットポジティブ 「与える>奪う」で地球に貢献する会社』 (アンドリュー・ウィンストンとの共著)より一部を抜粋してお届けする。
企業が見て見ぬふりをする問題
2500年以上前の有名な寓話(ぐうわ)がある。象に初めて出くわした盲人たちが、それが何かを知ろうとする。耳、体側、脚、牙、鼻など、各人が異なる部位を触ってみて、象とは何かについて異なる結論を出す。象の正体をめぐって言い争うというバージョンもあれば、ひとつの統一見解に至るというバージョンもある。
ここでは、企業が対応しなければならない、象のように大きな問題を扱う。リーダーはその問題が何か分からないふりをするが、それは真実ではない。リーダーたちはそれが象であることをちゃんと分かっている。問題の規模や形状を理解している。しかし、お金を使いたくない、あるいはステークホルダーに関わりたくないという理由で気にもかけないか、その話題に触れることを避けている。納税、政治とカネ、人権などの問題を企業に認識させ、これに取り組ませるのは簡単ではない。
気候変動はかつて「部屋のなかの象」、すなわち誰もが気づいていながら見て見ぬふりをする問題だった。企業のトップたちはそれについて話すのを避けていた。気候ガバナンスの初期の頃、つまり1992年のリオデジャネイロ地球サミットから、パリ協定前のCOP会合までの時代、政府の閣僚が関与するのはまれで、企業も(わざと)代表者をほとんど参加させなかった。気候変動に関するイベントでCEOに講演を依頼しても、広報部レベルの対応にとどまった。
アマゾン、スタバ……納税額を抑えようとする著名企業
気候変動の場合がそうだったように、今も、あまりにも多くの経営者が、新しい「象」が自社には無関係であるかのように振る舞っている。例えば、企業の税負担が公平かどうかはサステナビリティーとは無関係に思えるかもしれないが、それは間違いなくネットポジティブの必須要素だ。社会に貢献しようとする企業は、税金逃れのためにたくさんの会計士や弁護士を雇ったりしない。隣人が税金を納めていない、あるいは億万長者とされる人物が道路や学校、病院、国防のために750ドルしか払っていないとしたら、あなたはどう思うだろう? 税金を払わない会社が果たしてパーパス志向といえるだろうか?
アマゾンは8年間で34億ドルの税金を払った。その間の売上高は9600億ドル、利益は260億ドルだ。支払った税金がゼロの年もあった。企業の納税の透明性向上を求める英国のNGO、フェア・タックス・ファウンデーションはアマゾンを「租税回避に最も意欲的な会社」と呼んだが、同レベルのテック大手がほかにもたくさんあるとも指摘した。ガーディアン紙によると、フェイスブック、グーグル、ネットフリックス、アップルは「タックスヘイブンや低税率国を通して売り上げや利益を移転し、負担すべき税金の支払いを遅らせることで税金を逃れている」。
租税回避はテック企業だけのお家芸ではない。スターバックスもたびたび税逃れを指摘され、欧州委員会やオランダ当局と法廷闘争を繰り広げた。同社は2800万ドルという比較的小さな金額でこの問題の決着を図った。英国の税務当局は2020年にGEを納税で不正があったとして訴え、10億ドルを追徴課税した。新型コロナのパンデミック後、景気刺激策として多額の財政出動をした各国政府は、税収減に警戒を強めている。だが組織的な取り締まりができるまで、租税回避が減ることはないだろう。2018年の分析では、フォーチュン500企業で利益を出した379社のほぼ4分の1が、実効税率0%またはそれ以下の扱いを受けていた。つまり税金を納めないか、還付を受けるかしていた。この91社には、よく知られた企業も数多く含まれている。アメリカン・エレクトリック・パワー、シェブロン、ディア・アンド・カンパニー、ダウデュポン、デューク・エナジー、イーライリリー、フェデックス、IBM、ジェットブルー、リーバイ・ストラウス、マケッソン……。
「合法」と「責任ある行動」はまったく違う
こうした企業がやっていることは一般的には合法だ。でも正しい行為か? 責任ある行動か? 社会のおかげでビジネスができるのに、その社会にあまり税金を納めないようでは、パーパス重視の企業とはいえない。政府の業務効率についてはいろいろな意見があるかもしれないが、政府が幅広い公共サービスを提供しているのは間違いない。教育、医療、警察・消防、防衛・平和、社会的セーフティネット、そしてエネルギーや水、廃棄物、人々を動かすための近代的で広大なインフラ……。税金は最小化すべきコストではなく、健康やウェルビーイング、社会に対する投資である、と考え方を変えなければならない。
アマゾンは製品を配送するために道路に頼っている。税金を払わない者は、払っている残りの者たちにツケを回す。その額は小さくない。それぞれの国は、提供するサービスや防衛の規模を選択する。経済協力開発機構(OECD)加盟国における徴税額の対GDP比率は、平均で34%。米国は24%と低く、セーフティネットや公共サービスが充実しているスウェーデンは44%だ。OECDによれば、必要最低限のサービスを提供するためには、低所得国でも最低15%は必要だ。だが75の最貧国のうち30カ国は、税収がその最低ラインに届いていない。一方、世界のGDPの10%がオフショア口座に隠されていると推測され、利益移転により各国が失う法人税収は年間5000億~6000億ドルに上る。OECDはBEPS(税源浸食と利益移転)という枠組みをつくった。ここでいう「税源」とは社会を支える資金のことだ。
はっきりさせておこう。納税を避けている限り、企業はネットポジティブになれない。それは「与える」より「奪う」ほうが多いからだ。
世界的な最低税率の設定の動きに支持を
企業はまず透明性を高めることから始めるべきだ。ユニリーバは、詳細な税務原則、自社の実効税率(2019年で27.9%)、国ごとの施設や売上高、納税額のデータを公表している。非営利イニシアティブのBチームが策定したものなど、「責任ある税務原則」に署名するとよい。非営利のサステナビリティーコンサルタント、BSRによるレポート「21世紀の社会契約を築くための企業の役割」は、「税務管轄区域での売上高に応じた」税金を払うように税務戦略を修正することを提言している。つまり、すべての利益を低税率地域に移すことは認められない。
投資家も「税率が異常に低い企業に注目」し、監査リスクや無責任な租税行動によるイメージダウンのリスクを評価することで協力できる、とジャギンズは言う。第二に、利益移転のメリットを低下させるため、世界的な最低税率の設定を支持すること。OECDはこの問題に取り組んでおり、最低税率21%が提案されている。しかし企業は、米財務省やバイデン大統領が求める15%を支持する可能性が高い。十分とはいえないが、何もないよりはいい。だから、条件の公平化を目指すこの取り組みを支援しよう。第三に、BSRはグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)やBEPSプログラムの基準や報告ガイドラインの利用を提言しており、活用しよう。行いがよければ、税務当局や政府との信頼関係ができる。スキルと能力を備えた企業は、国の税制構築や税基盤の拡大をサポートできる。
取締役会に反し自身の年俸を横ばいに
高すぎるCEOの報酬も問題だ。米国の最大手企業350社のCEOは、2019年に平均的な社員の320倍の報酬を得た(1989年は61倍、1965年はわずか21倍だった)。米国で上場する大企業300社のCEOが受け取った報酬の中央値は2020年に1370万ドルになった。経営者と一般社員の報酬差が一番大きいのは米国だろうが、他の国々でも同様の傾向は見られる。ビジネス界の稼ぎ頭たちが給与の増加分を全部持って行ってしまったら、格差はさらに拡大する。何か手を打たないと、経営者の報酬は、格差、エリート不信や企業不信、経済的不安定に関係する問題の火種になり続けるだろう。
解決策は、率先して控えめをよしとすることだ。最近、AT&T、GE、インテルなど多くの企業で、経営者の報酬案が株主に拒絶されている。それから、この問題が「操業の許可」を左右しかねないことを受け入れるべきだ。年俸の上限を設定している国は少ないが、いずれほとんどの政府が、限度額以上の報酬に課税するなどの策を講じるだろう。経営幹部の報酬を下げ、一般社員と比べて合理的な水準にとどめよう(できれば後ろめたさを感じさせる)。ユニリーバは具体的な比率を設定しなかったが、CEOのポール・ポルマンは取締役会の希望に反して自身の年俸を横ばいのままにするという異例の措置をとった。
幹部の報酬の伸びを抑え、下位層に分配する
慣例にとらわれず、革新を起こそう。伝統的な給与体系はあまりにも短期重視で複雑だ。経営幹部を長期の株主にする、もっとシンプルな考え方が必要だ。取締役会は全体のバランスのなかで報酬をチェックし、公平になるよう慎重を期さなければならない。後継者をどうするかも重視する必要がある。外部からスカウトした経営者に過大な報酬を払わなければならないとしたら、面倒なことになりかねない。
何よりも重要なのは、上層部の報酬だけを重視するのではなく、従業員の生活水準を改善し、賃金を全社的に公正なレベルまで引き上げることだ。所得の絶対的な平等を求めるのはあまり意味がないが、少なくとも、いつも取り残されている人々の安定した生活基盤を築かなければならない。透明性を高めよう。ユニリーバは年次報告書で、パフォーマンス基準を報酬と結びつけることを明記した。幹部の報酬の伸びを抑え、下位層に資金を回してバランスをとるのは、思った以上に効果がある。医療サービス企業のケアセントリックスは上層部20人の報酬額を据え置き、その分を使って、新入社員500人の賃金を米国最低基準の時給7.25ドルから16.50ドルに引き上げることができた。それは全社員への利益分配にもなった。
企業は、環境・社会に与える「負の影響」をゼロにするだけでなく、そこを起点に「プラスの影響」を大きくし、利益をしっかり出すべきだ──この「ネットポジティブ」の経営哲学に基づき、ユニリーバの前CEOで著者のポール・ポルマンは、短期投資家と袂(たもと)を分かち、長期視点で経営に臨み「サステナビリティー(持続可能性)と利益伸長」が両立できることを証明しました。「パーパス経営」のお手本とも言えるポルマン流経営の神髄が、この一冊に凝縮されています。
ポール・ポルマン、アンドリュー・ウィンストン著、三木俊哉訳、日経BP、2530円(税込み)