姫野和樹、堀江翔太、流大、坂手淳史、松田力也選手など、ラグビーワールドカップ2023の日本代表選手7名を輩出した帝京大学ラグビー部。その強さ、人を育てる力はいったいどこから来るものなのでしょうか。『 逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人を動かす心理術」の極意 』の著者で帝京大学ラグビー部監督として、全国大学ラグビーフットボール選手権で前人未踏の9連覇を達成した岩出雅之さんに聞きました(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティーの尾上真也)。
強いチーム作りに必要なのは一人ひとりのメンタル強化
「日経の本ラジオ」パーソナリティー 尾上真也(以下、尾上) 今回のゲストは『逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人を動かす心理術」の極意』著者で、帝京大学スポーツ局長の岩出雅之さんです。岩出さんは1996年に帝京大学ラグビー部監督に就任。2009年度に全国大学ラグビーフットボール選手権大会で初優勝。以来、17年度まで前人未到の9連覇を記録。21年度に同大会で優勝し、V10を達成後、勇退されました。帝京大学ラグビー部は、なぜそんなに強くなったんでしょうか。
帝京大学スポーツ局長 岩出雅之さん(以下、岩出) 当然、最初から今のような力は持っていませんでした。一番大きな部分としては僕自身に力がなかったことかと思います。
尾上 そうなんですか。
岩出 高校、大学とラグビーをしていて、大学卒業後は教師になりました。ラグビー部を指導したいという希望はあったのですが、ラグビー部のある高校に赴任できるまで10年近くかかりました。その高校でラグビー監督となり、チームを全国大会に送り出すことができ、幸いなことに高校日本代表のコーチや監督を務めることもできました。
その後、縁あって帝京大学ラグビーの監督をさせていただくことになったのですが、当初、若者の育て方や導き方に対して確固たるものを持っていたかというと、指導者としては非常に未熟でブレがあったと思います。まず、僕自身が学ぶことがスタートでした
尾上 初優勝までは13年ぐらいありましたね。その間は結構苦しい期間だったのですか。
岩出 最初の10年はベスト4が一度あっただけでした。最初の頃は、大学ラグビーの伝統校と呼ばれる早稲田大学さん、明治大学さん、慶應義塾大学さんにはまったく勝てませんでした。今、振り返ると僕自身が勝ちたいという思いが強すぎて空回りしていて、選手の心理や成長のプロセスをうまくサポートしたり、強みを引き出したりできていませんでした。
尾上 ラグビーの技術指導だけではないことを選手に伝えていますよね。
岩出 はい。ラグビーというのは、身体がぶつかり合うので痛いし、突進してくる巨漢の相手にタックルするので怖いですよね。走らないといけないし、すごく疲れるスポーツです。だからこそ、日々身体を鍛え、しっかりと食事を取り、練習を継続することが必要ですが、大学生はまだメンタルの部分が成熟していません。青年期独特の心のもろさで筋力トレーニングや練習に向き合うことに飽きたり、諦めたりしてしまう。
強いチームにするには、一人ひとりのメンタル面を成長させないとトレーニングが甘くなります。また、ラグビーは15人という人数の多い競技ですから、試合ではさまざまな状況変化に臨機応変に対応するため、選手間で緊密にコミュニケーションを取り合うことも求められます。ただ、パスやキック、タックルの技術や戦術だけを指導しても成り立たないというか、へこたれちゃうんですよね。
心を自分自身で「大人にした」代表選手たち
尾上 ラグビーはメンタルとフィジカルの両面が必要なんですね。
岩出 ボールを蹴る、パスする、走ることに加えて、相手との取っ組み合いが入ってくるわけですよ。転がされて、寝て、起きてというレスリング的なものも入ってくる。いろいろな意味でしんどい要素がたっぷりです。そこを楽しめるようになるには、単に技術を習得するだけでなく、メンタル面が大きくかかわっています。
尾上 確かに。スポーツの中でも本当に過酷だと感じます。
岩出 今、まさに、フランスでラグビー・ワールドカップが開催されています。ワールドカップの代表選手たちはそこを乗り越えており、心技体の充実度は、高校生や大学生のレベルとはまったく違います。
尾上 ワールドカップは日本代表の選手が33人いる中で、帝京大学出身の選手は何と7人。その中でも6人が、9連覇の最中に選手として活躍していましたが、やっぱり彼らは帝京大学にいたからこそ、日本代表にも選ばれているように感じますが、いかがですか。
岩出 もちろん彼らは優れた資質を持ち合わせていたと思います。ただ、アスリートとして優れた身体能力を持っていても、それを生かし切れるかどうかは、先ほどの「飽きる」「諦めてしまう」を越えられるかどうかにかかっています。青年期の心をしっかり自分自身で大人にしていかないといけない。その手助けをしつつ、大学4年間で一緒に成長できたのではないかと思っています。日本代表の選手たちは自分自身に厳しく、常に成長することを意識していました。
そして、チームワーク、部員同士のつながりや支え合いも大きかったと思いますし、それも帝京大学の強みの1つです。彼らが日本代表レベルに育っていく、そういう挑戦をラグビー部がうまく引き出していたともいえます。
尾上 ラグビーは激しく、けがも多いスポーツです。帝京大学から日本代表の選手になった方々の中には、けがで苦しんだ選手もいますよね。
岩出 アクシデントがあった選手は、いろいろな苦しさと向き合い、けがをする前よりも自分自身を一回りも、二回りも大きくしていく力を持っていました。
尾上 けがといっても擦り傷レベルではないですよね。まさに本書のタイトルにある逆境中の逆境を乗り越えてきたと。そういう逆境も含めて楽しみ、成長していくことを帝京大学ラグビー部で実践されてきたのでしょうか。
岩出 せっかくやってきた練習を無駄にしてしまうのは「けが」だと学生によく話します。とにかくけがをしない練習環境、コンディションを意識し、練習前にはしっかり集中できるいい状態に持っていくようにします。集中力の欠如が、けがにつながりますから。
試合前に「けがをするなよ」と言うと、ちょっと消極的なマインドになるような気がしますよね。でも、帝京大学ラグビー部には、試合前にそう言える文化があります。これは、気を緩ませる言葉ではなく、気を引き締める言葉であり、いい集中力を準備できるんです。
尾上 「きちんと準備して、試合に臨めよ」という掛け声でもあるわけですね。
岩出 練習でも大学選手権の決勝戦でも、必ず言います。
尾上 その状態をつくり出すところから始まっているわけですね。
岩出 心、体、スキルのすべてのコンディションをしっかり準備して整えることが大切です。
尾上 すごく奥深く、その言葉に帝京大学ラグビー部の強さが見えた気がします。
岩出 まずは上級生がそういう姿勢を身をもって見せ、下級生の手本となり、アドバイスや指導もしてくれる。部員たちがそれぞれから学び合い、新しい自分自身をつくっていけるプロセスが文化として根付いています。部員たちが自律的に成長していけば、チームの結果もおのずとついてくる。さらに、在校中から日本代表を狙うような意識も高まっています。実際、大学卒業後1、2年で、リーグワンのチームのキャプテンを務める選手もいます。
尾上 岩出さんは「強くする」「勝利する」ではなく、「成長する」「いい状態をつくる」とほかのスポーツ指導者とアプローチが違いますね。
岩出 帝京大学ラグビー部では「ダブルゴール」という言葉を使っています。選手は「レギュラーになりたい」「優勝したい」「願わくは日本代表にもなりたい」という志を持っていますよね。だから、大学選手権での優勝が1つ目のゴールです。ですが、それだけではなく、卒業後、未来の自分の姿を2つ目のゴールとしてちゃんと意識するように学生に話しています。
そして、そこにつながる準備を大学4年間でどれだけできるか。目の前の4年間は、社会人になって活躍するための基盤をつくる準備期間です。「今だけよければいい」「優勝できればいい」ではなく、2つのゴールを目指して、自分の人生を切り開いていく。一生役に立つ「学び続ける力」を4年間で育んでもらいたいですし、実際、学生たちもそういう挑戦をしていると思います。
文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子

