ラグビーワールドカップ2023日本代表チームの姫野和樹主将、流大副主将はじめ選手7人を輩出した帝京大学ラグビー部。今回は監督として全国大学ラグビーフットボール選手権9連覇、V10を達成した岩出雅之さんに、著書の『逆境を楽しむ力 心の琴線にアプローチする岩出式「人を動かす心理術」の極意』を踏まえ、帝京大学ラグビー部の組織改革について聞きました(聞き手は、「日経の本ラジオ」パーソナリティーの尾上真也)。

1回目「W杯日本代表を7人輩出 帝京大ラグビー「逆境を楽しむ力」」から読む

岩出雅之(いわで・まさゆき)氏
岩出雅之(いわで・まさゆき)氏
帝京大学スポーツ局長、スポーツ医科学センター教授。1958年和歌山県新宮市生まれ。76年和歌山県立新宮高校卒業、80年日本体育大学卒業。教員となり、滋賀県教育委員会、公立中学、高校に勤務。96年より帝京大学ラグビー部監督。2009年度全国大学ラグビーフットボール選手権大会で初優勝。以来、17年度まで9連覇を記録。21年度に同大会で優勝しV10を達成。現在は、帝京大学スポーツ局長として、同大学のスポーツ全般を統括する。
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「脱体育会系」を目指した理由

「日経の本ラジオ」パーソナリティーの尾上真也(以下、尾上) 岩出さんの『逆境を楽しむ力』は2022年5月に出版されましたが、18年には『常勝集団のプリンシプル』も出版されました。どちらの本でも帝京大学ラグビー部は「脱体育会系」という組織構造だと書かれていますね。

帝京大学スポーツ局長 岩出雅之さん(以下、岩出) スポーツ界だけに限りませんが、いい意味でも悪い意味でも、日本企業や常識の中に上下のヒエラルキーが強く残っていますよね。帝京大学も最初はそうだったと思いますが、Z世代を始めとした学生は、この常識がなかなか受け入れられずに飽きたり、諦めたり、未成長な中で起こる心の葛藤に負けてしまうことが多いんですね。

以前は強い大人にしていくためにヒエラルキーがあったと思うんですけど、今の世代には合わないんじゃないかと。余裕のない下級生に雑用などをすべて押し付けるのではなく、下級生の心と体にも余裕を持たせ、「自分づくり」の時間を確保してあげないといけません。

 一方、上級生には時間的にも精神的にも余裕があります。二つ目のゴールである「社会人になって活躍する」の準備も見越し、ラグビー部での最後の1、2年で自立性やリーダーシップを養ってもらいたい。そのために、従来の4年生が一番上で底辺に1年生がいる正三角形のヒエラルキーを逆さまにして、逆三角形にしたらどうかと思いついたんです。それまで、下級生が一手に引き受けていた雑用を上級生に徐々に移していけば、下級生には時間的にも心理的にも「余裕」ができ、上級生は社会に出る準備としてリーダーシップやたくましさが身につくのではないか。これまでの常識をパラダイムシフトするという発想でした。

尾上 「逆ピラミッド化」に取り組み、3年生や4年生が雑用をやって、1年生や2年生は自分づくりだと。スポーツ界での常識は逆ですよね。

岩出 もちろん、1年生がやっていた雑用を一気に上級生に移したら不満が出るので、毎年少しずつ、時間をかけて移していきました。その結果、下級生は「心ここにあらず」ではなく、ラグビー部での体づくりや練習、そして最も大切な勉強にじっくり取り組めるようになりました。人間にはさまざまな欲求があります。アブラハム・マズローによると、階層の低い順から「生理的欲求」「安全欲求」「社会的欲求」「承認欲求」「自己実現欲求」の5段階あるといいます。生理的欲求から一段、一段と満足させていくことによって、最後にやっと「自己実現欲求」になります。

 学生たちは大人のように最初から「自己実現」「自己成長のために頑張る」という風にはなりません。多くの学生には余裕のなさによって混乱したり、さまよったりしてしまうので、まずはいい余裕を与えることによって、自分自身を見つめられるようにしてあげることが大事です。

尾上 逆ピラミッド化の組織を始められたのが、初優勝後ぐらいのタイミングだったと。

岩出 きっかけの一つは、ラグビー日本代表の堀江翔太君です。彼は、大学選手権初優勝の前々年のベスト4を経験しています。堀江君のキャプテンシーや上下関係をあまり意識させない下級生との関わり方を見ながら、「そういう時代が来ている」と実感しました。堀江君はプレーヤーとして素晴らしかったですが、人間的にも、先輩風をふかすことなく、下級生ともフラットに付き合っていました。だから後輩からすごく人気があり、面倒見もすごくよかった。堀江君が寮で後輩と一緒に、楽しそうに歌を歌っている姿を見て、「これがあるべき姿なんじゃないか」と思いましたね。そのとき、組織の逆ピラミッド化の構想はすでに頭の中にあったんですが、まだそれをやり切る自信を持ち合わせていなかった。その僕を、後押ししてくれました。

堀江翔太選手(中央)のフラットな上級生としてのキャプテンシーが、逆ピラミッド型チームの土台を築いたという(写真:志賀由佳/アフロ)
堀江翔太選手(中央)のフラットな上級生としてのキャプテンシーが、逆ピラミッド型チームの土台を築いたという(写真:志賀由佳/アフロ)
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「俺についてこい」から支援型リーダーの時代に

尾上 堀江選手は下級生からリスペクトされていたんですね。

岩出 はい。上級生が率先して雑用をこなすと、下級生から「頼れる先輩」とリスペクトされるようになり、上級生もそれが当たり前になり、自信やリーダーシップが身についていきます。最初の頃は、下級生がやっていた雑用を上級生がやることに抵抗があったと思いますが、始めて4〜5年たつと、僕が上級生にちょっと相談すれば、すぐにやってくれるような雰囲気になってきました。逆ピラミッド型組織の効果は、ずばり「心理的安全性」であり、従来の体育系組織は「心理的安全性」が決定的に欠けてしました。当時、僕は「心理的安全性」というワードを「心理的安心感」と言っていました。

尾上 日本で心理的安全性の大切さが言われるようになったのは、ずっとあとですよね。

岩出 はい。2016年に米国でニューヨーク・タイムズ紙が、グーグルの「プロジェクト・アリストテレス」について報道したことがきっかけで、心理的安全性の大切さが世界中に広く知られるようになったといわれています。2016年は、ちょうど帝京大学が7連覇をしたときです。

尾上 その頃から上級生もリーダーシップを身に付けていったと。

岩出 はい。リーダーシップとは、キャプテンや副キャプテンの資質のことだと思われがちですが、リーダーシップはすべての部員に持ってほしいし、持っているべき資質です。若い1年生、2年生をうまくリードしていく力は、上級生に絶対必要です。それは社会に出てからもとても必要とされるものです。

「人をリードできない」「リーダーになると委縮してしまう」という人もいますが、それは慣れていないだけであって、その力がないわけではありません。リーダーシップは先天的ものではなく、経験によって身につけることができます。そういう場をクラブの中で提供して、自分の役割をしっかりこなすと同時に、回りの人たちとの関係性をうまく持ちながら、チームのみんながしっかりと活動できる空気感をつくる。社会に出た後を意識して、学生のうちにこうした経験をいかに積めるかが重要です。

尾上 確かにそうしたリーダーシップが身に付いていると、ラグビーを離れて社会に出てからも十分役に立つスキルになりそうです。

岩出 リーダーシップを発揮できる人は、メンバーや周囲の人たちの可能性やモチベーション、承認欲求をくすぐるのが上手です。こういう人が上に立つと、その組織のメンバーは嫌々ではなく、自分たちの意志で前に進もうとします。リーダーシップとは、メンバーが秘めている内発的な動機をくすぐり、本人の意志でちゃんと動いていくように仕向けていく力です。

尾上 特に、今のZ世代は自分たちの中からわき出てくるものが行動の大きな要素になっていると感じます。

岩出 「俺についてこい」というタイプの支配型のリーダー像から、支援型のリーダー像である「サーバント・リーダーシップ」の時代に変わってきていると思います。指示・命令という外発的な動機では、メンバーの能力を十分に引き出すことはできません。メンバーが内発的な動機で動くように「支援」すると、メンバーは成長を目指して自律的に動き始めます。

尾上 ラグビー部での「リーダーシップ養成」は実際に成果をあげていますね。

岩出 社会人になって、すぐにリーダーを任された選手もいます。現在、日本代表キャプテンの姫野和樹君は卒業後トヨタ自動車に入り、1年目からのキャプテンを務めました。帝京大学ラグビー部の歴代キャプテンは、みんな社会人チームのキャプテンをしていますが、大学でキャプテンではなかった選手も社会人チームでキャプテンをしている選手もたくさんいます。大学時代からダブルゴールを意識して、そういう経験をたくさん積むことが大切です。

尾上 姫野選手に、堀江選手に、日本代表のキャプテン副キャプテンの流大選手。やっぱり帝京大学ラグビー部で培ったリーダーシップが世界でも通用しているんですね。

岩出 もちろん彼ら自身のすさまじい努力があるからなのですが、ラグビーの技術は体力やスピード感などは社会人になってから大きく伸びていきますが、受け身のマインドセットで過ごしていると成長しません。帝京大学ラグビー部の部員は、自分を高めたいという成長マインドセットで学生生活を送っているので、就職先でもそれを持ち続けてくれているはずです。日本代表でも、今の世代にあったリーダーシップをうまく発揮してくれていると思います。

文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集部) 写真/鈴木愛子