韓国で「こんな先輩がほしかった」と大反響のビジネス書『会社のためではなく、自分のために働く、ということ』(チェ・イナ著、中川里沙訳)。若い世代に支持される著者の仕事観とは。

数十億ウォン(数億円)を稼げば働かなくてもいいのか

 近年、「FIRE(ファイアー)族」が注目を集めている。知ってのとおり、「FIRE」とは「Financial Independence, Retire Early」、すなわち「経済的に自立し、アーリーリタイア(早期退職)する」の頭文字をとった言葉だ。『エコノミック・レビュー』によると、Z世代やミレニアル世代のもつリタイアや資産管理に対する価値観は、親世代とは異なるそうだ。資産管理に対する認識が希薄だった親世代は、できるだけリタイア時期を遅らせ、貯蓄で老後に備えようとした。一方、20~30代の人たちは、投資で築いた資産をもとにアーリーリタイアし、悠々自適な人生を送ろうとしている。金融業界ではこうした資産管理の認識の変化を歓迎しているという。

 生活のために昼夜を問わず働かなければならなかった親世代のことを思うと、20~30代の人たちのこうした考えは賢明といえるだろう。仕事に明け暮れるだけが人生ではないからだ。一方で疑問も生まれる。『エコノミック・レビュー』の記事では、たくさん稼いでアーリーリタイアすることは、資産管理に対する認識のポジティブな変化だと説明されているが、私には仕事への考え方と心構えの変化とも読みとれる。さっさと稼いでリタイアし、残りの人生を楽しもうとする人たちにとって、仕事とはなんなのだろうか?

〈チェ・イナ本屋〉では、さまざまなテーマを設け、訪れた人の琴線に触れる選書をしている。とくに若い世代の働く人に人気で、写真は「20代の不安な気持ちに寄り添い、勇気を与える」ことをテーマにしたコーナー
〈チェ・イナ本屋〉では、さまざまなテーマを設け、訪れた人の琴線に触れる選書をしている。とくに若い世代の働く人に人気で、写真は「20代の不安な気持ちに寄り添い、勇気を与える」ことをテーマにしたコーナー
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 私はときどき企業で講演をする。テーマはさまざまだが、とくに多いのは、「仕事の意味」や「自己成長」だ。講演で私は次のような問いを投げかける。

 「ある日、宝くじで数十億ウォン(数億円)当たったとします。もうこれ以上、日々の生活や老後の心配をしなくてもいいとしたら、みなさんは仕事を続けますか、それとも辞めますか?」

 どんな仕事をしていて、どんな会社に通い、どんな状況に置かれているかによって、答えは変わるかもしれない。ただし、この質問の要点は「生涯、生活や老後の心配をしなくてもいいほどの大金を手にしたら、仕事を辞めるか」ということにある。あなたはどうだろう? 「もちろん辞めます!」と答えるだろうか。

 ここで、アメリカの心理学者アブラハム・マズローの「欲求5段階説」を見てみよう。これは、人間の欲求は重要度に応じて階層をなすとする、モチベーション理論の一つだ。人間には生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、尊厳欲求、自己実現欲求があり、低次の欲求がある程度満たされると、高次の欲求を満たそうとするのだという。

 ピラミッド形式の図で紹介されることの多いこの理論によると、最も高次の欲求は自己実現欲求。それは人間とほかの動物を区別する、つまり人間を人間たらしめる欲求だ。では、私たちは何によって自己実現するのだろうか。趣味を楽しんだり、人助けをしたりして達成することもあるかもしれない。でも、私は、「仕事」を抜きにして自己実現を語ることはできないと考えている。

 仕事とはいったいなんなのか。私たちはなぜ働くのか。もちろん、生きていくためだ。生計を立てるには働いてお金を稼ぐ必要がある。ただし、経済的な余裕があって何不自由なく暮らしていてもなお、仕事に情熱を燃やす人がいる。あるいは、余裕のない状況でもお金以外の目的のために働く人もたくさんいる。私にはその気持ちがよくわかる。

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自主退職を経て学生に

 かつて私は〈第一(チェイル)企画〉という広告代理店に勤めていた。ところが40歳を超えてから、「いつまでこの仕事を続けるのかな? 仕事を辞めたらどう過ごせばいいんだろう?」という不安に襲われるようになった。そんな不安を抱え、心変わりを繰り返しながら10年近く過ごしたすえに、とうとう退職を決意した。

 じつのところ、会社を辞めるときには、「私の人生にもう仕事はない。これからは働かないぞ」と固く誓っていた。収入がなくても、節約すればそれまでの貯金でなんとか暮らしていけるように思えたのだ。幸いにも私は、ここに住みたい、この車に乗りたい、このバッグが欲しいなどと贅沢を望むタイプではないので、つつましく暮らせればそれでよかった。

 ところが、退職して2年ほどたつと考えが変わった。働かなければという強い思いが湧き上がってきたのだ。そして私は、自分の計画にはなかった書店を開き、今日まで8年間、営業を続けている。自分で書店を始めたのは、お金を稼ぐことが目的ではなかった。

 広告業界では、週末に働くこともめずらしくなかった。そんななか、たまの休みの日に読書をしていると、私はとても満ち足りた気持ちになった。そして気づいたのだ。自分は本をたくさん読むほうではないけれど、活字と過ごす時間が好きだ。新しく何かを知ったり、なんとなく知っていたことと本のなかの一節が頭のなかで出合い、ひらめきがもたらされたりする瞬間を楽しんでいるのだ。まだ知的好奇心が残っているのだ、と。そんなわけで私は、第一企画という会社を「卒業」したら学生として勉学に励み、学びながら生きていこうと決心した。

1998年、韓国の大手広告代理店「第一企画」に所属し、世界的な広告祭カンヌライオンズの審査員を務めた頃のチェ・イナ氏。写真は日本を訪れたときのもの
1998年、韓国の大手広告代理店「第一企画」に所属し、世界的な広告祭カンヌライオンズの審査員を務めた頃のチェ・イナ氏。写真は日本を訪れたときのもの
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 私はすぐさま行動に出た。仕事を辞めて自由な時間を楽しんだあと、大学院に入学した。広告業界で働いていた人たちの多くは、大学院に進学するとマーケティングやブランディング、コミュニケーションなど、かつての業務に関連する分野を専攻するが、私は西洋史を専攻することにした。仕事に役立てるために勉強するわけではなかったので、純粋に関心のある分野を選んだ。

 そうして勉強していたある日、テレビドラマ『ミセン―未生―』を見ていたときのこと。主人公のチャン・グレが所属する営業3課が、中断していたヨルダン事業の再開に向けて、社長や役員を説得するためにプレゼンテーションの準備をするという内容だった。プレゼンの構成を何度も変え、コンセプトを修正し、時間に追われながら準備する彼らを見ていると、私自身がプレゼンするわけでもないのに、胸がドキドキした。同事に、心のなかからこんな声が聞こえてくるようだった。「あれ? 私だってプレゼンしなきゃいけないのに、ここで何をしてるんだろう?」

 広告代理店に勤めていたとき、私はよくプレゼンター役を買って出ていた。会社を代表するプレゼンターだったのだ。だからなのか、テレビドラマのなかで誰かがプレゼンを準備し、自分のアイデアを発表するのを見た瞬間、私のなかの何かが刺激されるような感覚を覚えた。そうなったらもう、どうしようもない。「働かない」という私の固い決意はあっけなく崩れた。

 大企業の役員だった私が自主退職を決心するまでの道のりは、平坦ではなかった。長いあいだ自問自答と模索を繰り返したすえ、学生として学びながら生きるという結論に至ったのに、それが『未生―ミセン―』によって翻されたのである。もっとも、前兆はあった。このドラマはただのきっかけにすぎず、本当はもっと前から別の理由が近づいてきていた。

(写真はすべてチェ・イナ氏提供)

韓国の大手広告代理店を40代で辞め大学院で学び直した著者は、ある日もう一度働くことを通して社会に貢献すると決め、人々の悩みに寄り添った〈チェ・イナ本屋〉を始める。会社員、起業家、学生と多様なキャリアを歩む著者の言葉や選書が、仕事で悩む人々の評判を呼ぶようになる。「がんばりすぎず力を抜こう」という時代、それでも、仕事をがんばるあなたへ。なぜ、どのように働くのか。本質を問う仕事論。

チェ・イナ著、中川里沙訳、日経BP、1980円(税込み)