幸福学、心理学、そして脳科学による調査・研究によって、「Kawaii」という感情は人の幸福度を高め、あらゆるビジネスを向上させる強力なキーコンセプトであることが分かってきた。書籍『Kawaii経営戦略』の共著者で、「Kawaii」を日本で最も体現してきたと言っても過言ではないサンリオエンターテイメント社長の小巻亜矢氏が、Kawaiiを経営に取り入れる新しい視点を紹介する。

幸福度の高い社員が生産性を上げる

 2021年、サンリオエンターテイメントはPwCコンサルティングと共同で「Kawaii研究所」を立ち上げました。『 Kawaii経営戦略 幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する 』(髙木健一、小巻亜矢著/日本経済新聞出版)は、その第1弾の研究結果をまとめた1冊です。

 一見、正反対のようにも思える「Kawaii」と「経営戦略」にはどのような関係があるのでしょうか。今回はそれをお話ししたいと思います。

 まず、なぜ「かわいい」ではなく、「Kawaii」という表記なのか。

 一般的に「かわいい」「カワイイ」というと、「キャラクターがかわいい」「赤ちゃんがかわいい」「アイドルがかわいい」といった「かわいい対象のもの」を思い浮かべると思います。

 一方、この本のKawaiiは対象そのものではなく、「かわいいと感じる人の心理状態」。それがどのようにビジネスに役立つのか、どのような可能性があるかに着目しています。

小巻さんと『Kawaii経営戦略』
小巻さんと『Kawaii経営戦略』
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 Kawaii研究所が脳科学や幸福学、心理学の観点からKawaiiを研究したところ、それが幸福度やウェルビーイング、さらにはパーパス経営、SDGs(持続可能な開発目標)、組織でのリーダーシップにまで関係することが分かってきました。

 私自身はサンリオで長く働く中で、Kawaiiが人を笑顔にする瞬間を幾度となく目撃してきましたし、間違いなく「人を幸福にするものだ」と確信してきました。

 ただ、ビジネスの場ではどの企業も、Kawaiiや幸福といった社会的価値よりも、生産性を上げ、経済的な価値を最大化することを重視してきました。サンリオピューロランドであれば滞在時間の最大化、利益率のアップです。もちろんそれも大事ですが、車の両輪のように、いらしてくれたお客様の幸福度も大事です。はたして「来園して終わり」「グッズを買っておしまい」という瞬間的なものなのか、それとも幸福は持続するのか。

 また、それを支える社員の幸福度はどうなのか。幸福度が上がることによって、やる気や生産性のアップにつながるのか。この本ではそうした疑問を科学的に解き明かし、数多くのアンケート結果やビジネスの事例も紹介しています。

70代男性もKawaiiを感じる

 ただ、「Kawaii」と聞くと、「若い女性が感じるものでは」と思う人も多いでしょう。

 しかし、サンリオエンターテイメントとPwCコンサルティングが共同で実施した「全国Kawaii実態・幸福度調査2021」で、一見「Kawaii」とは親和性がなさそうな70代の男性に「かわいいと思う頻度」を尋ねたところ、「ほぼ毎日」16.7%、「週に数回」17.2%、「週に1回」18.0%、「月に1回」16.4%、「月に1回未満」20.7%、「ほぼない」11.0%となり、「ほぼない」は、どの頻度よりも低かったのです。「Kawaii」は性別や年齢にかかわらず、誰にとっても身近な感情なのです。

 また、「自分自身についてKawaiiと思っている人は幸福度が高い」「身近な人に対してKawaiiと思っている人は幸福度が高い」「相手からKawaiiと思われていると思っている人は幸福度が高い」といったことも分かりました。「身近な人に対してKawaii」と思うことは、笑顔になる、ほっとする、癒やされる……といった感情をもたらし、心理的安全性にもつながります。

 同時期に行った「従業員Kawaii実態・幸福度調査2021」で、サンリオエンターテイメントの社員に「家族、同性の友人、キャラクターなどの14項目に関してKawaiiと思う頻度」を聞いたところ、「週1回以上 Kawaiiと思う」割合が、14項目すべてで全国平均を大幅に上回りました。

 全国の平均幸福度が17.0%なのに対して、サンリオエンターテイメントの従業員の平均幸福度は21.5%。男女、年代別のどの層を見ても平均幸福度は全国平均よりも高く、平均幸福度は20.8~22.2%と高い結果になりました。実際にスタッフと話していても、「エレベーターでキャラクターと乗り合わせると、ほっとする」「ステージを終えて楽屋に帰っていくキャラクターの後ろ姿に癒やされる」といった声を耳にすることもあり、Kawaiiと幸福度には相関関係があると考えられます。

 さらにPwCコンサルティングが実施した別の調査では、幸福度が高い人ほど「消費意欲が高く」「新サービスなどへの感度が高く」「熱狂度も高い」という興味深い結果も出ています。つまり、多くの企業にとって、幸福度が高い人=優良顧客予備軍ということになります。

「自分自身についてKawaiiと思っている人は幸福度が高い」と話す小巻さん
「自分自身についてKawaiiと思っている人は幸福度が高い」と話す小巻さん
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Kawaiiは日本発の言葉・感情

 もともとKawaiiは枕草子の「うつくしきもの」と同義で、日本発の言葉・感情とされています。

 さらに現代ではKawaiiの中に「きもかわいい」「ダサかわいい」といった意味も含まれ、多様な存在を受け入れる懐の深い言葉ともなっています。例えば、強面(こわもて)の上司から「自分は子どものときのトラウマで〇〇が食べられないんだ」といったことを聞くと、一種の「ギャップ萌(も)え」となり人間関係をぐっと縮める効果もあります。

 そのため、英語のpretty、cuteなどではニュアンスを完全に伝えきれません。Kawaiiが「Omotenashi」「Moe」「Manga」などと並んで、海外でもそのまま意味が通じるのは広く知られていますが、当てはまる言葉がないから、そのような感覚が意識されてこなかったから、とも考えられます。

 「これからは落ち込んだ日本経済を元気にするのはコンテンツだ」と言われていますが、Kawaiiは間違いなく、日本発の強力なコンテンツです。年代、性別を問わずに受け入れられ、多方面からビジネスにアプローチできるフックとなるはずです。

取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
© 2022 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN 著作 株式会社サンリオ

「幸せ」で人を動かす。

ウェルビーイング、パーパス経営、マーケティング、リーダーシップ、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)、SDGs、イノベーション……あらゆるビジネスのど真ん中に「Kawaii」があった。多数の事例を基にメカニズムを解明。

髙木健一、小巻亜矢(著)/日本経済新聞出版/2200円(税込み)