幸福度を高める「Kawaii」という感情は、環境問題や社会課題を解決するパワーも秘める。これまでも物流トラックに「ハローキティ」のステッカーを貼ることで事故の件数が65%減少したり、高齢化が進むタクシー会社が活力を取り戻したりした実績が報告されている。「Kawaii」を経営に取り入れるポイントについて、書籍『Kawaii経営戦略』の共著者、サンリオエンターテイメント社長・小巻亜矢氏は「ニヤニヤする時間」だと話す。
Kawaiiがパワーの源泉に
私が共著者となった『 Kawaii経営戦略 幸福学×心理学×脳科学で市場を創造する 』(髙木健一、小巻亜矢著/日本経済新聞出版)では、「Kawaii」が社員の幸福度だけではなく、生産性も上げるという事例をいくつも紹介しています。しかし、「それはサンリオだからできるのでは?」「自分の会社では想像できない」という人もいるかもしれません。実際にKawaiiをどうやって取り入れ、経営に生かしていくべきかをお話ししたいと思います。
「Kawaiiを経営戦略に取り入れる」といっても、何も「キャラクターを使わなければいけない」ということではありません。まずは経営者の方に、「そもそも何のために経営をしているか」というパーパスを思い出してほしいと思います。
とはいえ、今は新型コロナウイルス禍があり、複雑な世界情勢、電力逼迫、円安……と変動がかなり激しい時代なので、自分の中に「パワーの源泉」がないと、自分と向き合うマインドになるのは難しいかもしれません。
そんなときこそ、Kawaiiが役立ちます。例えば、会議などでいっぱいいっぱいになった頭で、ふと子どもの写真を見て気分が変わる、休日に小鳥を見ているとふっと肩の力が抜けるといったように、Kawaiiと感じる対象に触れて心理的な安全地帯にワープし、「素の自分」に戻る瞬間を持つのです。童心に帰れるような、取り繕っていない自分になれば、「そもそも自分は何がしたかったのか、どういう経営者になりたかったのか」「社員やお客様をどうやって幸せにしたかったのか」を思い出すマインドに近づきやすくなります。
私が存じ上げているある経営者の方は、小泉今日子さんの大ファンで、ずっとポスターを自分の部屋に貼っていたそうです。「キョンキョンのことを考えるとニヤニヤしちゃうんだ」とおっしゃっていました。
ただ、経営者になってはがしてしまったのだとか。もったいない、はがさなくてもいいのに……! と思いましたが、経営者や幹部にこそ、この「ニヤニヤする時間」が必要なんです。まずは素の自分に戻って「自分の本音を思い出す」、そこから「社員やお客様の幸福度を上げるウェルビーイング経営について考える」、「実際の経営にKawaiiを想起させるものを取り入れる」という順番をお勧めしたいと思います。
ちなみに私のニヤニヤのスイッチは、飼っている猫ちゃんです。
『Kawaii経営戦略』では一見、Kawaiiとは縁遠いイメージの企業が成功した実例も紹介しています。例えば、西濃運輸はハローキティとコラボレーションしました。お客様に一番多く「ありがとう」を言われたドライバーや環境に優しい運転をしたドライバーにステッカーを贈呈しトラックに貼るようにしたところ、ドライバーの安全意識が向上して事故件数が減ったり、「子どもたちに見られているから、トラックが汚れていると恥ずかしい」と美意識向上に役立ったりしたという結果が出ています。
また、横浜市に本社を置くタクシー会社、三和交通は、ネクタイ姿で全力で踊る「TikTokおじさん」のコミカルな動画を公開しました。再生回数が数百万回に及ぶものもあります。Kawaii経営戦略にのっとってSNS(交流サイト)で認知度を高めることで、高齢化が進むタクシー業界において、若いドライバーの採用に成功しています。
社会課題を解決するモチベーションに
サンリオエンターテイメントと共同でKawaii研究所を立ち上げたPwCコンサルティングの調査では、「幸福度が高い人ほど、SDGs(持続可能な開発目標)を意識した行動ができる」といった結果も出ています。
Kawaiiと幸福度には相関関係があると第1回「 サンリオエンタ小巻亜矢 Kawaiiがあらゆるビジネスに効く理由 」でお話ししましたが、Kawaiiによって幸福度を高める、幸福度が高い人ほど社会課題の解決に対するモチベーションを保てるという好循環が生まれ、Kawaiiは社会課題をも解決すると言えるのです。
今はSDGsなど企業も個人も取り組むべき社会課題がたくさんあります。ただ、頭では大事なことだと分かっていても、自分の仕事や生活がいっぱいいっぱいだと、つい後回しにしたり、他人事のように感じたりするかもしれません。
そんなときにKawaiiキャラクターが解説してくれたり、パンフレットに印刷されたりしていると、ふと目を留めるきっかけになります。また、そこにKawaii要素があることで、気持ちがなごみ、心理的安全性が保たれます。その結果、「自分が何か面倒なことに巻き込まれてしまう」などと思うことなく、社会課題の解決に向けた一歩を踏み出せるのではないでしょうか。
例えば、SDGsのためにゴミの分別をするのは地道な作業ですし、「自分1人が取り組んだところで意味があるの?」と思うかもしれません。でも、「Kawaii」のおかげで幸福度が高い状態が続いていたら、「まずはできることをやってみよう、未来の世界もハッピーに」と前向きに取り組めるのではないでしょうか。
今、ハローキティがSDGsについて動画で紹介する「#HelloSDGs」という取り組みをしていますが、「あの動画を見て、初めてSDGsが分かってきた」という声も耳にします。
私は子宮頸(けい)がんの予防啓発プロジェクト「ハロースマイル(Hellosmile)」の委員長も務めています。「子宮」「がん」という言葉は、一番届けたい10~30代の女性にとっては普段は耳にすることが少ない。そのため、予防のための十分な知識が定着しないという問題がありますが、ハローキティが「自分の体を大事にしてね」「検診に行ってね」というメッセージを発することで、ふと目を留め、自分事化しやすくなります。
世界は一朝一夕には変えられないかもしれませんが、自分の思考回路は今からでも変えられます。Kawaiiは持続可能な社会に向けた仕組みづくりにも生かせるのです。
取材・文/三浦香代子 写真/鈴木愛子
© 2022 SANRIO CO., LTD. TOKYO, JAPAN 著作 株式会社サンリオ
ウェルビーイング、パーパス経営、マーケティング、リーダーシップ、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)、SDGs、イノベーション……あらゆるビジネスのど真ん中に「Kawaii」があった。多数の事例を基にメカニズムを解明。
髙木健一、小巻亜矢(著)/日本経済新聞出版/2200円(税込み)