2025年秋に放送を開始したNHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』。主人公の松野トキと、その夫・レフカダ・ヘブンのモデルは小泉八雲の妻・セツとラフカディオ・ハーン(小泉八雲)。今、改めて小泉八雲・セツ夫妻に注目が集まっています。『ばけばけ』だけでなく、近年世界的にも再評価が進んでいる八雲とセツがよく分かる本について、八雲のひ孫にして小泉八雲記念館館長の小泉凡さんに聞きました。

小泉八雲記念館館長の小泉凡さん。八雲・セツのひ孫にして、八雲と同じく民俗学者でもある
小泉八雲記念館館長の小泉凡さん。八雲・セツのひ孫にして、八雲と同じく民俗学者でもある
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分断が進む世界だからこそ、人々は八雲の世界にひかれる

 私は小泉八雲のひ孫として島根県の小泉八雲記念館の館長を務めるとともに、大学で八雲文学や妖怪文化を教え、八雲の現代的意義を発信しています。

 今秋からNHKの朝の連続テレビ小説で『ばけばけ』が始まり、改めて八雲に注目している方も多いのではないでしょうか。
 実は、世界では2022年ごろから八雲に対する再評価が始まっています。22年にはイタリアのミラノで、怪談をテーマにした展覧会が開かれました。フランスの画家であるベンジャミン・ラコンブの作品をプロジェクションマッピングとサウンドで体験するという没入型展示に、半年間で9万5000人が訪れました。
 私も現地で5回ほどギャラリーツアーを担当しましたが、1回につき30人ぐらいの観客が集まってくれました。もともと「八雲の怪談が好き」という人は少ないでしょうから、日本のアニミズムや妖怪、「Kawaii(かわいい)」カルチャーに興味を持っている人が多いのだと実感しました。

 23年にはアイルランドのアーティスト3人が「ブルー・ムーン・プロジェクツ」を結成し、怪談をテーマにしたアート展を企画。すると、あっという間にアイルランド人20人、日本人20人のアーティストが集結し、40点の版画と写真作品が制作されました。この展覧会は現在も続いており、大阪・関西万博のアイルランドパビリオンで展示されました。
 アイルランドではダブリンのファームリー・ギャラリーで見られます。オープニングには200人ぐらいの方が来てくれました。八雲がアイルランドにルーツを持つ作家だと知られるようになったのは、ここ十数年のことですが、今では「ラフカディオ・ハーン ジャパニーズ ガーデンズ」という八雲の生涯を庭園で表現した名所も生まれています。

 24年には米国・ニューオーリンズの謝肉祭「マルディグラ」で八雲が取り上げられました。マルディグラではさまざまなパレードが行われますが、伝統あるRexという団体が「ラフカディオ・ハーンの2つの世界」というテーマで出場したのです。「耳なし芳一」や「雪女」など26台の山車がつくられ、観客の前を練り歩く様は壮観でした。これまでの「怪談」というイメージを払拭するような、カラフルな山車もニューオーリンズならでは。ニューオーリンズは八雲が生涯で最も長く住んだ街でもあり、時代を超えてつながる縁が感慨深くもありました。

 これまで八雲については日本からの発信が圧倒的に多かったのです。それが世界各地でこれだけ注目されているのは、現代が「分断の時代」だからかもしれません。
 八雲と妻のセツが紡いだ物語は、分断とは正反対の「つなぐ」機能があります。まず、日本の怪談を英語で紹介するという点で、東洋と西洋をつないでいます。それから人と自然、生きている人と亡くなった人、現実と超自然の世界──要するに人間の世界だけで完結する作品ではないのです。
 八雲には「人間は自然を畏怖して生きるべきだ」と考えていました。森羅万象に生命が宿り、それが循環していくというアニミズムの思想に共感していたのです。

 そういえば、24年にはカリフォルニア大学サンタバーバラ校で「Animism Today!」というシンポジウムも行われました。日米の宗教学者が参加し、日本からは神話学者の平藤喜久子さんらが出席しました。
 私も「現代によみがえるアニミズム:ラフカディオ・ハーンの世界から」というテーマで発表したところ、多くの方が共感してくれました。米国といえばプロテスタントが建国の主体となった国ですが、アニミズムの思想が大事だと学術界でも注目されはじめています。
 特に今の政治によって分断が進むなか、「つながりを得たい」と考える人が増えているのではないかと思います。

「米国はポピュリズムの政治に陥りやすい」と予言

 八雲は日本学者・言語学者のチェンバレン宛て書簡で「自然を畏怖することを教えてくれたのは、ゴーストです」と書きました。そして、「人生に生きる目的を教えてくれたのもゴーストです。でも、今はゴーストがもういない。電気と蒸気と数字の世界で味気なく、むなしいです」とも。
 これは1893年の手紙ですから、さらに今の世界はどうなっているでしょうか。

 八雲は「電気と蒸気と数字の世界」を嫌い、自宅に電話を引くことさえ拒絶しましたが、一方でちゃんと未来を見ていた人でもありました。

 いくつかその言葉を紹介すると、「日本の将来で一番大切なことは、自然との共生とシンプルライフを続けること。そうすれば、日本は生き残れるだろう」「日本の驚くべき低賃金」「将来は政治戦争よりも経済戦争の時代になるだろう。そうなると中国を中心に世界が回っていくだろう」「米国ほど大衆の世論と政治が結びつきやすい国はない。ポピュリズムの政治に陥りやすくなる」「いずれロシアはスカンディナビア方面に侵略し、東西の両文明に脅威を与えるのではないか」…。まるで昨今の社会を語っているような言葉ですが、八雲は今から100年以上も前に、予言者のように言い当てています。

 なぜ、八雲が未来を見ることができたかというと「オープン・マインド」の持ち主だったからではないでしょうか。八雲は今で言う「上から目線」が大嫌いでした。当時は西洋中心主義の西洋人が多いなか、ニュートラルに物事を捉えられました。また、左目を失明していたため、五感で物事の本質を捉えようとしていました。だからこそ、未来を正しく見られたのだと思います。

 明治時代の詩人・野口米次郎(イサム・ノグチの父)は「八雲は予言者だ」と言いました。「予言者とは人を驚かせることを言うのではなく、真実なる事実を告げるのが予言者である」と。確かに八雲が言ったことは、現代において「真実なる事実」となっているのではないでしょうか。

 そうした八雲のオープン・マインドな視点に触れられるのが『知られぬ日本の面影』です。池田雅之さんの翻訳で新編集、角川ソフィア文庫から『 新編 日本の面影 』(ⅠとⅡ、書影とリンクはⅠ)として刊行されています。

『新編 日本の面影』(ラフカディオ・ハーン著、池田雅之訳・角川ソフィア文庫)/画像クリックでAmazonページへ
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 これは八雲が来日後に初めて書いた本で、五感を駆使して山陰地方の暮らしや人々の心を描き出しています。八雲が「ワードペインター(言葉の画家)」と呼ばれるゆえんである「選び抜いた言葉」が使われ、しかも現在形で書かれているため、読者も今まさに山陰地方を旅しているかのような感覚を味わえます。街は「形あるもの」だけではなく、音や見えない世界によってもつくられていると分かるはずです。
 特に宍道湖の落日の描写は秀逸です。陰のある美しさと移ろいの美を見いだし、それが日本人の審美眼の探求へと結びついていきます。今でもこの本を読み、多くの外国人が島根県・松江市を訪れています。

 八雲といえば「怪談」と思われがちですが、実は「紀行文」も素晴らしい。ぜひ、この機会に読んでもらえればと思います。
 次回は八雲の「怪談」についてお話しします。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子