NHK朝の連続テレビ小説『ばけばけ』で注目度急上昇中の小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)・セツ夫妻の人柄がよく分かる本について、夫妻のひ孫で小泉八雲記念館の小泉凡さんに伺う本連載。今回は数多くの訳本がある『怪談』のなかでのお薦めや、手引書について聞きました。
1回目 『ばけばけ』だけじゃない ひ孫が語る小泉八雲、世界も再評価 から読む
八雲の真骨頂 再話文学で書かれた『怪談』
前回は八雲が持っていた「オープン・マインド」な視点を感じられる本を紹介しました。
今回は八雲の「怪談」についてお話しします。八雲の怪談は妻・セツの話を英訳したもの。耳にした物語に生命を吹き込み、易しい英語を使って物語にしていく、この「再話文学」こそが八雲の真骨頂だと思います。
1904年に書かれた『怪談/Kwaidan』はホラーを強調するのではなく、「怪奇の美」「愛情」「知恵」「慈悲」「武勇」「生々しい情念」などを、比較的易しい言葉を選びつつも、達意な文章で表現しています。そこには八雲の「超自然の物語には必ず一面の真理(truth)がある」という信念も感じられます。
この本には怪談以外にもエッセーや「虫の研究」も収録。どの作品にもアニミズム的な思想が感じられ、八雲自身も自然や異界を畏怖し、循環的な生命観に共感していたことが分かります。
現在、『怪談』には数多くの訳本が存在するので、読者の方が自分好みの1冊を探してもらえればと思います。私が特に面白かったのは円城塔さんが英語読者の立場で「直訳」した『 怪談 』(ラフカディオ・ハーン著、円城塔訳/角川文庫)です。
『怪談』は英語で書かれていますが、数多くの日本語がそのまま使われています。例えば、雪女は「yuki onna」ですし、耳なし芳一の平家は「heike」。英語の読者にとっては意味不明の言葉が羅列されているわけです。円城さんはそうした日本語の部分をダン・ノ・ウラ、オニ・ビ、ホーイチ・サンなどと、漢字をあてずにそのまま片仮名で書き、英語読者の違和感を日本語読者が味わうようにしています。こんなユニークな翻訳本で読むのも楽しいですよね。
ちなみにゾンビ、ツナミという言葉も八雲が世界に広めたといわれています。
八雲の『怪談』が分かる手引書
八雲は「耳なし芳一」「雪女」といった物語以外にも数多くの怪談を書いています。どれから読めばいいのか分からない、という人は『小泉八雲の怪談づくし』(小泉凡監修解説、小泉八雲記念館編、渡辺亮画、八雲会)を読んでみてください。
この本は八雲の怪談の全貌を知ることができる手引書です。日本時代のあらゆる著作から74話の怪談を選び、日本語訳の要旨と、作品によっては私が「Bonさんのひとこと」というコメントとイラストを添えています。本書を一通り読んでから、「この作品はこの本に収録されているのか」「この怪談にはこんな意味があったのか」と、八雲の作品と向き合っていただけるとうれしい限りです。残念ながら一般の書店では取り扱いが少ないのですが、八雲会か小泉八雲記念館に問い合わせてもらえれば、入手可能です。
私はこの本では作品を解説していますが、実は子どもの頃は八雲の作品を読んだことがありませんでした。「先祖の七光り」と思われるのが嫌で嫌で仕方がなかったので、近づかないようにしていたんです。両親もそれほど八雲については話さず、深く知ることのないまま過ごしていました。
その後、私は旅や乗り物が好きで、「フィールドワークをしたい」という思いから、大学で民俗学を専攻。修士課程のときに人類学の教授から「英語の論文を1本、翻訳して出すように」という課題が出ました。さて、何を読もうか、困ったな……と思っていたら、友達が「こんな論文があったよ。君が読めば」と言って、八雲の論文を紹介してくれたんです。それは米国の民俗学の学会誌に掲載された「アメリカの民俗学者 ラフカディオ・ハーン」という論文でした。
いや、嫌いなんだけどな、でも「民俗学」と書いてあるな…と思いながら読んだところ、目からうろこが落ちました。米国の民俗学を切り開いたのが八雲だと分かり、自分が民俗学を志したのも先祖の導きなのかもしれないと思えたのです。
当時、私は民俗学で何を研究するのか、テーマにも行き詰まっていました。すると人類学の教授が、「七光りと言って毛嫌いするよりも、社会は君にしかできないことを求めていると思う。せっかく民俗学を志したのだから、ラフカディオ・ハーンという人を民俗学の立場から評価したら、どうかね」と言ってくれ、さらに目からうろこが落ちました。「自分にしかできないことをしよう」と開き直ったのです。そこで初めて、真面目に作品に向き合いました。
最初はとにかく書かれた作品を年代順に読み、民俗学の研究対象となりそうな作品を抜き出していきました。そうすると八雲の興味関心は衣食住や人生儀礼、信仰、説話──と、ほぼ全分野にわたっていることが分かりました。
ああ、すごいな、と改めて思いました。それからずっと八雲の研究を続けています。
次回は私のもう1人の先祖、八雲の妻・セツについてお話しします。
関連リンク 小泉八雲記念館 八雲会取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集) 写真/吉澤咲子


