就活や転職、起業などでは、「やりたいこと」を見つけることが大切だといわれることが多い。 『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』(幻冬舎) の著者で、学生時代から「nanapi」など多くのネット企業や事業を立ち上げてきた連続起業家のけんすう(古川健介)さんは、「やりたいこと」を探す必要はないという。その真意を聞きました。(聞き手は、日経BP書籍編集者の中川ヒロミ)
「やりたいことが見つからない」悩みが多過ぎる
ずっとブログやX(旧Twitter)で発信してきたからなのか、ありがたいことに「本を書きませんか」というお話はたびたび頂いてきました。でも、どうしても何万字という長い文章を書ける気がしなくて、ずっとお断りしていたんです。 『物語思考 「やりたいこと」が見つからなくて悩む人のキャリア設計術』(幻冬舎) という本を書くに至ったのは、ひょんなきっかけからでした。
きっかけというのは、幻冬舎の編集者・箕輪厚介さんとのやりとりです。箕輪さんと約束していた予定を、僕の事情で延期してもらわなきゃいけなくなり、「すみません。何かで埋め合わせさせてください」と言ったら、すかさず「じゃ、本書いてください」というバランスの悪い提案をいただいて。「これで本を書くことになるって、ちょっと面白いかも」と思っちゃったんですね。自分を物語のキャラクターと設定して、すべての出来事をプロセスとして楽しもうという発想。まさに物語思考的なきっかけで、この本も生まれたというわけです。
そもそも「どうにかしなきゃな」と問題意識を向けていた現象はあったんです。インターネット上のQ&Aサイトで学生さんや若手社会人の方々と会話をしていると、「やりたいことが見つからない」系の悩みがめちゃくちゃ多いんです。その不安は分からなくもないのですが、「やりたいことが見つからないと、キャリアは始まらない」みたいな思い込みは行き過ぎだなと思っていたんです。
この現象はここ10~15年で急速に広まった印象があります。僕が就職活動をしていた20年前には、こんなことを言っている同級生は1人もいなかったですからね。おそらくSNSで強めの発信を目にする頻度が増えたことの影響なのかなと思います。
一方で、現実としては「やりたいことを見つけて、それに夢中になって、成功する」というキャリア設計はかなり難易度が高いんです。多くの人が立ち止まったり、自信をなくしたりする原因の一つではないかと気になっていたので、せっかくならその思い込みを壊せる本を作りたいなと思って書きました。
といっても、いざ書こうと思ったら大変でした。「98点くらい取れたかな」と思いながら箕輪さんに原稿を出すと、「この辺がちょっと引っ掛かったんで、この章を全部書き直してください」と返ってくる(笑)。そんな展開が何度もあったので、最初に設計した全体像なんてもう影も形もありません。でも、そんなプロセスも苦ではなかったです。こうして全部ネタにして、伏線回収できますからね。
『物語思考』の中でも「いつか伏線回収できると思えば、失敗は怖くないですよ」という話はしていて、これは若い人たちに向けて強調したい点です。ひろゆきさんと対談したときにも意気投合したのですが、何かに挑戦して運よく成功するのもいいけれど、派手に失敗したとしても、それはそれで飲み会でめっちゃウケる話題を作れるんだから得なんです。経験することで新しい情報もゲットできるし、いいことずくめ。失敗ってリスクはないんです。
3つのメッセージが広まったらラクに生きられる人が増える
この本で伝えたかったメッセージは3つです。
1つ目は、「やりたいことを見つけるのはもうやめましょう」ということ。もちろん、やりたいことが明確にある人はそのまま突き進んでいただきたいんですけれど、ないのに頑張って探そうとするのは非効率です。
2つ目は、「過去から自分を決め込むのではなく、未来から逆算して今の行動をつくっていきましょう」。キャリアを考えるときには、「これまでやってきたことを振り返って、今後の方向性を考える」という手法が推奨されがちですが、これだと人生サボってきた人は絶望するんですよ。「この10年間、特に何も頑張らずにボーッと生きてきたんだけど」という人は、「だから私の人生、詰んだ」とくじけちゃうんです。でも、もし30歳の人が過去10年サボっていたとしても、これから20年全力で頑張ったら、その時点でキャリア20年の実績になるわけです。80歳まで生きるとしたら、さらに30年あるのだから、前途は明るいですよね。
3つ目として言いたいのは、「自分を大事にし過ぎるのはやめましょう」です。「自己肯定感が高いことは素晴らしい。だから自分を大事にすべき」という言説が広まり過ぎていることの危険性を僕は感じていて。自分を大事にするあまり、傷つくことを恐れて何も行動しなくなったり、ダメな自分を受け入れられなくなったりすると思うんです。それって、逆に人生しんどくなるはずです。
「やりたいことを探そうとしない」「過去の積み上げで今を決めない」「自分を大事にし過ぎない」――。この3つの認知転換が少しでも広まったら、もう少しラクに生きられる人が増えるんじゃないか。そんな期待をしているところです。
取材・文/宮本恵理子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス)写真/鈴木愛子




