『日経マネーと正直FPが教える 一生迷わないお金の選択』(日経BP)の著者で、個人の資産形成をテーマに取材・執筆を続けてきた日経マネー・大口克人編集委員。大学の授業やテレビでも漫画を活用するほどの漫画好き。お金と経済について漫画を題材に解説する本連載。今回は借金の恐ろしさが分かる2冊を取り上げます。
100万円の借金は20年後に1637万円に
個人的に借金が苦手で、なるべくしない方がいいものだと考えています。近著「一生迷わないお金の選択」では超富裕層の「今は金利が低いんだからお金は借りなきゃ損。現金を使うなんて愚かだね」という考え方を紹介しましたが、私はその点、ただの庶民なんでしょうね。
借金が怖いと思うようになったのは、『 ナニワ金融道 』(青木雄二著、講談社ほか、リンクは極!studio版極!単行本シリーズ Kindle版の1巻)や『 闇金ウシジマくん 』(真鍋昌平、小学館)の影響かもしれません。これらの舞台は、銀行や消費者金融で借りられなくなった人を相手にする街金(まちきん)、闇金です。現在、利息制限法で許された金利の上限は額に応じて年15~20%ですが、作中で出てくるのはこれをはるかに上回る高利です。仮に合法の年15%でも、100万円を借りて返済せずに放置していると、5年後の元利は201万円、10年後は405万円、20年後は1637万円になります。複利運用の逆で、マイナスの雪だるまがどんどん膨らんでいくわけです。これがトイチ(10日で1割=単利で年365%)ならどうでしょう? あっという間に天文学的な額になりそうです。
当然、こうした高利で借りると利息を返すだけでも精いっぱいになり、元本は全く減りません。必死で自転車操業を続けても最終的にはパンクして、自己破産や夜逃げ、死など極めて悲惨な目に遭います。金融漫画でよく出てくるように「借金を借金して返そうと思い始めたらもう終わり」なのです。従って、これらの作品を一度でも読んでおけば借金に対する健全な警戒心が育ち、それは結果的に資産形成にも役立つと思うのです。
すべての金融漫画のルーツ、「ナニワ金融道」
ナニワ金融道、略してナニ金の連載が週刊モーニングで始まったのは1990年。もう35年も前で、全19巻ですが今では紙の本の入手は困難でしょう(Kindleなど電子書籍では普通に買えます)。以降、何度もテレビドラマや映画になっていますのでそちらでご存じの方も多いはず。作者の青木先生が亡くなった後も、世界観と絵柄を引き継いだ「新ナニワ金融道」「新ナニワ金融道R」など多くの関連作が登場しています。
今でこそ金融漫画はたくさんありますが、実はそのすべてはナニ金がルーツです。それまでは金融屋など裏社会が舞台になることも、手形や公正証書が漫画に出てくることもありませんでした。しかも本作は金利や法律など細部まで非常にリアルに描かれており、驚くほど学びの多い名作です。金融記者である私自身、「保証人と連帯保証人の違い」などはこの作品で学びました。他にも街金というのはどういう世界なのか、悪人どもがカネを転がしてカネを生む構造、地上げの仕組みなどが非常によく分かります。
主人公は勤め先の倒産をきっかけに街金の「帝国金融」に入社し、大阪一の金融屋を目指すことを決めた青年・灰原達之(はいばら たつゆき)。帝国金融は反社組織でこそありませんが、高利のカネを貸し付けては法の裏をかくような方法で相手を返済不能に追い込み、ビルを乗っ取ったりします。ピカレスク・ロマンとしても面白いわけです。他にも「地上げ屋のやり口はひどいが地上げ自体は悪いものではない」と地上げの構造も分かるし、投資知識のない教頭先生を悪徳先物業者が「カタにはめて」破滅させるエピソードもあり、「お金については、ちょっとしたことを知らないだけで大損する」という真理が学べます。
帝国金融の社員は魅力的だが恐ろしいところもある金畑社長やクセの強い先輩の桑田など、個性的なメンバーぞろいです。客もカード詐欺を繰り返す泥沼亀之助や、会社を計画倒産させようとする軽薄一郎などロクデナシばかり。彼らが借りる金利は「年利40%(当時は合法)」なので、作中で「焼き畑農業」といわれている通りほとんどの客が破滅しては消えていきます。そこには人間ドラマもあり、「分かっていても目先の高利の金に手を出してしまう人間の愚かしさ」や「転落していく人の哀しみ」が胸に迫ります。一方で本作は、そうした過酷な現実の中で灰原が一人前の金融マンになっていく成長物語でもあります。
名ゼリフも多く、営業電話が苦手な社員の吉村に灰原は「相手が電話でどんなに怒鳴っても受話器があなたを殴りますか? あなたの首を絞めますか? ただの声だけのことじゃないですか」と諭します。若かった私も「そうだよなあ!」と思い、それから電話を恐れないようになりました。他にもマルチ商法の回では「この商売、倍々ゲームのシステムを理解しとらんアホは、借金の山だけ残して地獄へ沈むことになるんや。厚さ1ミリの紙を倍々に折って行ったらわずか38回で月まで届く距離になるってことがわからんのやろな」という含蓄のあるセリフが出てきます。少し古い作品ですが、読んでいないのは大いなる損だと言ってもいいでしょう。
ストーリーの面白さに加え、青木先生独特のユーモアのセンスも特筆ものです。作中の大阪の街中の看板には「スナック下心」「唐栗電器株式会社」「献金急便」など、笑わずにはいられない文字が描かれていますし、登場人物の名も泥沼亀之助に始まり肉欲棒太郎、弁護士の悪徳栄先生、三宮損得教頭、マルチ商法にはまった刑事の欲田山海(よく、ださんかい!)など、ダジャレまじりの珍妙なものばかりでした。
もう一つ本作の特徴を成すのが、青木先生ならではの泥臭い絵柄。先生は経営していたデザイン会社を倒産させてしまい、その後45歳という驚異の遅さで漫画家デビューした人なのですが、とにかくナニ金以前にはこんなコテコテの絵柄の漫画は見たことがありませんでした。青木先生には30年前に一度だけ「日経マネー」で取材させていただく機会がありましたが、大変気さくな方で上下ジャージ姿で出てこられ、仕事場の床に座布団もなくじかに座ってお話を聞いたのを今でも覚えています。写真はその時に「漫画の宣伝用に作ったんや」と記念に頂いた帝国金融のハンコとティッシュです。
日本神話で言えばスサノオの「闇金ウシジマくん」
「闇金ウシジマくん」がビッグコミックスピリッツで連載されていたのは2004~19年ですから、やはり少し前の作品になります。ただこちらも何度もドラマ化、映画化されていますので、読んでいなくとも名前を知っている人は多いでしょう。単行本は46巻あるので全部読もうとすると結構大変ですが、時々「コンビニ本」と呼ばれる軽装版のコミックで有名エピソードが出ていることがありますから、それを探すのも「入門」としてはいいかもしれません。
ナニ金は街金の話なのでお金をだまし取った・取られたが中心で、人が死ぬようなことはありませんでした。一方、ウシジマくんはそれとは異なる闇金で、完全な違法業者です。主人公の丑嶋馨(うしじま かおる)=ウシジマくんの会社「カウカウファイナンス」の金利はトイチどころではなく、トゴ(10日で5割)やヒサン(日に3割)です。本当に悲惨な暴利で、まともに返せるわけがありません。トゴだと10万円借りても利息を先に引かれて5万円しか渡してもらえず、「10日後に10万円返せ」となります。パチンコで遊ぶカネや流行の服を買うカネをカウカウで借りてしまった人たちは、当然返せないので、利息のみを差し入れる「ジャンプ」を繰り返すことになり、最終的にはすべてを吸い取られていきます。風俗業界に沈められたり自殺したり、富士の樹海に裸で置き去りにされたりといった形で終わります。
つまりウシジマくんは日本神話におけるスサノオのような存在、災厄そのもので、近づいた人は全員が不幸になってしまうのです。本作を読めば、どんなに人生を甘く考えている人でも「闇金で借りるのだけはやめよう……」と頭にたたき込まれるはず。これが今の世の中、いい薬になるのです。
一方で学びも多く、そんなウシジマくんたちも資金が潤沢なわけではなく、「金主」という闇の住人から高利で借りている、とか、関係するヤクザに「あいつは稼いでいる」と目を付けられ、常にカネをむしられるので付き合いに苦慮している、といった裏社会の構造にも興味深いものがあります。最近話題のトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)や半グレの生態もこれに近いものがあるでしょう。
ただしバイオレンス描写も多く、ほとんどのエピソードは結末が悲惨なので読後感も良いとは言えず、特に女性には勧めにくい面があります。私自身、実際に起こった事件を元に描かれた「洗脳くん」のエピソードは途中で読むのをやめようかと思うほど強烈でした。とはいえ、ウシジマくんは強烈な磁力を放つ存在ですが「悪」ではないので、ごくまれには人を救うこともあります。読んでいてホッとするようなエピソードも確かにあるのです。漫画読みとしては、「長い長い暗闇(人間の本性)の先に、かすかに見える明かり(人間の善の部分)」を味わう作品なのではと思っています。
作者の真鍋先生に取材で話を伺った時のことも忘れられません。こんな恐ろしい話を描いているのに、先生は「僕が最近読んで面白かった漫画を教えましょうか。それはね、『君に届け』(笑)」とおっしゃったのです。真鍋先生の口から『別冊マーガレット』で連載されていた国民的少女漫画、それも純愛漫画の代表作の名前が出たことに私は心底驚き、椅子から落ちそうになりました。「こういう振れ幅の大きい人だから、人間の深淵をのぞき込むようなこんな漫画が描けるのだな」とますますファンになった次第です。


