名画がなぜ名画たり得るのか、その技法を写真に応用するとどうなるか、どういう場面で使えば「いい写真」を撮影することができるのか――。『実践講座! 名画から学ぶ写真の見方・撮り方 「被写体の探し方」から「名画を超える写真」まで』(日経BP)の著者で、総フォロワー数約570万人の日本最大級の写真コミュニティー、「東京カメラ部」の塚崎秀雄さんに「名画」に注目した理由や、写真を撮影することで得られる喜びや幸せについて聞きました。
被写体の見つけ方や構図の作り方を名画から学ぶ
いい写真と悪い写真の判断基準はとても難しいものです。現在、東京カメラ部には約570万人のフォロワーが登録していて、1日に送られてくる作品は2万~3万枚にも上ります。そこから紹介する写真を選ぶわけですが、その判断基準がとても難しい。投稿者から「どうしていいのか」あるいは「どうしてダメなのか」と聞かれた時に、理論的に説明するのは困難な作業です。
というのも、写真の良しあしは感性で判断されるところが大きい。写真を見た時に、「うまく言えないけれど、なんかいいよね」と思うことがあるでしょう。「なんかいい」という暗黙知的な良さ。それが写真の魅力の1つですが、学習意欲が高い撮影者はそれでは納得できません。「いい」「悪い」の理由を理論的に知りたがるものなのです。
そこで、説明の材料に「名画」が生み出されたときの知恵を使うことはできないかと考えました。絵画は長い歴史の中で、どうすれば良くなるのかについて、様々な創意工夫がなされ、それらが「個人の感性」にとどまらず、「言語化」されています。その「言語化」された知恵を写真の説明に応用して、「この写真には、あの名画と同じこういった技術が使われています。だから、多くの人が“いいな”って思うんです」。そんなふうに解説できれば、撮影者も納得しやすいのではないかと。そこで東京カメラ部のYouTubeにて「名画から学ぶ」という企画を始めたところ、予想以上の反響をいただきました。写真好きのほか、絵画ファンやイラストレーターの方からも「面白い」「参考になる」といった声を頂きました。
YouTubeでスタートした「名画から学ぶ」。この企画を発展させて一冊にまとめた書籍が前著『名画から学ぶ 写真の見方・撮り方』(翔泳社)でした。この本では絵画や写真が素晴らしい作品になるために、どのようなテクニックが使われているかを解説しました。予想以上に多くの方に手に取っていただき、反響もとても良かった。そして、うれしいことに「撮影時に使えるもっと詳しい情報が欲しい」という声も頂戴しました。
特に多かった声が「被写体の見つけ方」と「構図の作り方」についてでした。「構図の考え方について理解できたが、実際に被写体の魅力を引き出す構図が作れないので、もう少し詳細な実践法を知りたい」といった要望もありました。そうした読者の要望に応えるために執筆したのが『 実践講座! 名画から学ぶ写真の見方・撮り方 「被写体の探し方」から「名画を超える写真」まで 』(日経BP)です。
この本で紹介している技術は、私が編み出したものではありません。絵画や写真の歴史の中で、多くのアーティストが実践してきた様々なテクニックを、言語化して、整理して、一冊の本としてまとめたものです。紹介しているテクニックの中には、読者の方が「すでに感覚的に分かっている」というものも多くあるでしょう。でも、言語化された理論として読むことで、撮影に対しての理解がより深まるはず。できるだけ実例を交えながら、かつ専門用語は使わないように解説しましたので、ビギナーの方も取り上げたテクニックをすぐに試してみることができるのではないでしょうか。
普段の暮らしに「撮影」を取り入れ、幸せを広げたい
私は1人でも多くの方に「写真撮影を楽しんでほしい」と願っています。その理由は、「写真は幸せを運んでくれる」からです。今の時代、情報があふれ、世の中の嫌なことが目に付きやすくなっています。毎日のように、戦争や紛争などの暗いニュースが目に飛び込んできます。ネットやSNS上には中傷や批判が飛び交い、目にするたびに悲しい気持ちになります。
そんな時こそ、カメラを持って撮影に挑んでほしい。人はカメラで何かを撮る時に、興味を引くもの、きれいなもの、好きなものを探します。そして、その美しさや好きなものは、意外に身近なところにもある。遠方の絶景スポットに出かけなくても、通勤している最中とか、子どもの送り迎えをしている時とか、介護をしている瞬間とか。何かしているほんのふっとした瞬間に「あ、ここきれいだな」「これ、なんかいいな」と思える場面がいくつもあるものです。カメラで被写体を探すことで生まれる、そうした「気づき」の瞬間を積み重ねていくことで、人生がほんのちょっとかもしれないけれど楽しくなるし、「この世の中もそんなに捨てたもんじゃないな」と気づかせてくれます。
東京カメラ部の写真展に入選した女性の方に、トークショーで自身の体験を語っていただきました。「出産後に鬱になり、子育てがつらくなって、子どもを連れて外出するのが嫌になってしまった。そんな時に家にあったカメラを見つけて、ちょっと使ってみようと撮影を始めたんです。そのカメラで自分の子どもを撮るようになったら、イライラすることが減りました。以前はお散歩中に子どもが立ち止まり、動かなくなることにストレスをためていましたが、その様子をカメラに収めるうちにシャッターチャンスだ!と楽しくなってきました。立ち止まって、虫を眺めている子どもを“かわいいな”って再び思えるようになったんです。写真によって救われました」
カメラは、どんなものでも構いません。手ごろなコンパクトカメラでも、スマホでも、レンズ交換式カメラだって、なんでもいいんです。身近な世界を写真に収めようと、ちょっとだけ被写体に心を注ぐ。それだけのことで視野が広がるし、寛容性が高まると思います。
皆さんの日常の中には、名画にも劣らないほどの「いとおしい世界」があふれています。
そして、カミーユ・ピサロの言葉を借りれば――
「誰も見向きもしない辺ぴな場所に美しいものを見る人こそ、幸福である」
次回からは、名画から学ぶ撮影の実践法をいくつか紹介したいと思います。
取材・文/川岸 徹 構成/市川史樹(日経BOOKプラス編集)
名画と写真を鑑賞しながら、名画がなぜ名画たり得るのか、その技法を写真に応用するとどうなるか、それぞれの手法をどういう場面で使えばいいかを解説。東京カメラ部のノウハウがこの一冊で学べます。
塚崎秀雄著/日経BP/2200円(税込み)


