「昭和」が終わって三十数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするために、有効で安全なトリセツを考えてみましょう。今回は昭和人間が大好きだった「テレビ」について。
昭和人間とテレビのあいだには、切っても切れない太い絆があります。特に昭和30年代後半から昭和40年代に生まれた昭和人間にとって、生まれた時からテレビは大きくてまぶしい存在でした。現在50代60代の昭和人間は、大事なことも大事じゃないこともみんなテレビに教わり、テレビに育てられたと言っても過言ではありません。
ただ、昭和人間とテレビが蜜月関係にあったのは、残念ながら過去の話です。今も付き合いはありますが、関係はかなり冷めてしまいました。一部のベテラン昭和人間を除けば、テレビを見ている時間よりスマホやパソコンを見ている時間のほうが長いだろうし、ニュースはもちろん、ドラマもスポーツ中継もネット経由で見がちです。
日本でテレビ放送が始まったのは1953(昭和28)年2月1日のこと。初日の受信契約数は866件でした。その後、1959(昭和34)年の「皇太子ご成婚」や、1964(昭和39)年の東京五輪などをきっかけに、一般家庭への普及が進みます。白黒テレビの世帯普及率が90%を超えたのは東京五輪の年。昭和40年代に入るとカラー化がどんどん進んで、1970(昭和45)年にはカラーテレビの世帯普及率が90%を上回ります。
昭和人間の子ども時代は、テレビが何よりの楽しみであり流行の発信源でした。例えば、1969年~16年にわたり(一部空白期間あり)毎週土曜日に放送されていた「8時だョ! 全員集合」。現在60歳前後の昭和人間が小学生だった頃は、あの番組を見ないと月曜日にクラスメイトの話の輪に入れませんでした。教室の机を並べ、誰かがその上でカトちゃんの「ちょっとだけよ」を再現して大いに盛り上がったものです。少し下の世代には、志村けんが憧れの大スターでした。
昭和50年代に当時の中高生がくぎ付けになったのが「ザ・ベストテン」です。調べてみたら自分が17歳の時ですが、文化祭の出し物のために、あの番組を見ながら、もんた&ブラザーズの「ダンシング・オールナイト」の振りを必死で覚えました。家族の前では恥ずかしくてできないので、別の部屋にあった小さな画面の白黒テレビの前で動きを真似たものです。以来、あんなに全神経を集中してテレビを見たことはありません。
ほかにも、アニメやドラマ、バラエティなどなど、名前を挙げたい番組は山ほどあります。昭和人間は誰しも、テレビにまつわる思い出を語り始めたらキリがありません。せっかくの共通体験ですから、そのへんは同年代同士で大いに楽しみましょう。
「今のテレビは面白くない」愚痴の裏にあるもの
ところが、あんなに大好きだったテレビが、あんなに憧れの存在だったテレビが、いつの間にかすっかり輝きを失ってしまいました。若者の皆さんにしてみれば、テレビは物心ついた頃から「まあ、その程度のもの」という感じかもしれません。しかし、昭和人間の目には、今のテレビの姿は非常に寂しく映ります。
いわゆるゴールデンタイムに民放各局の番組をチラチラ眺めても、どれも同じようにしか見えないし、何をどう楽しめばいいのかよく分かりません。「そもそも番組のターゲットは若者で、昭和人間世代じゃないから」という理由もあるでしょう。こっち側が「心の柔軟性」をなくしているから、面白さを感じられない可能性もあります。
しかし、はばかりながら生まれたときから「テレビっ子」だった実績に免じて言わせてもらうと、明らかにそれだけではありません。いかにも予算がなさそうな雰囲気といい、もうひと手間をかけていない気配といい、薄い内容を2時間も3時間も引っ張っている間延び感といい、「なんでこうなっちゃったかな……」とため息をつきたくなります。
さっきからずいぶん失礼なことを言ってますね。すみません。もちろん、面白い番組がたくさんあることも、取材力にせよ影響力にせよやっぱりたいしたものであることも、よく分かっています。毎回、楽しみに見ているドラマもバラエティ番組もあります。決して作り手や出演者のせいにするつもりはありません。そして何より、自分のフィールドである活字メディアだって人のことは言えないのは重々過ぎるほどの承知の上です。
テレビの場合、メディア構造の変化で、ネットメディアやネット配信といったライバルが次々に現れて、向かうところ敵なしだった時代に比べたら目立たなくなっただけのこと。お菓子の世界で言えば、かつて王者だったまんじゅうや煎餅が今でも根強い人気があるいっぽうで、見た目も味も派手なスイーツの台頭で影が薄くなっているようなものです。作り手側は昔も今も同じように、熱意を注いで工夫を重ねていることでしょう。出演者もしかり。
テレビに深い愛着を抱いている昭和人間ではありますが、いや深い愛着を抱いているからこそ、ついつい「今のテレビは面白くない」と苦言を呈したくなります。ただ、それはあまりに恩知らずな言い草。長年あれだけ世話になっておきながら、勢いがなくなったからと急に上から目線になり、悪口を言って悦に入るのはいささかはしたない行為です。
しかも、客観的には「己の感性の衰えを棚に上げて文句を言っている」という恥ずかしい構図に見えかねません。今のテレビをどう思うかを語る流れになったら、「厳しい環境だと思うけど、よく頑張ってるよね」などとねぎらいの言葉を口にしておきましょう。そのほうが深いことを考えていそうに見えそうだし、苦い後味を感じずに済みます。
「部屋にテレビがない」話は昭和人間の大好物
若者の皆さまにはどうでもいい話ですが、そんなわけで昭和人間はテレビに対してややこしい感情を抱いています。何かの拍子に昭和人間が「最近のテレビは面白い番組がないよねー」みたいなことを言い出したとしても、身内や地元の悪口みたいなもので、テレビの存在価値を本気で否定したいわけではありません。
話を合わせるつもりで「今時、テレビなんて誰も見ないっスよ」とか「テレビなんて完全にオワコンですからね」などと言うと、それこそ親きょうだいの悪口を言われたみたいな気持ちになって、心の中で「お前に何が分かる!」と反発を覚える可能性があります。そういう場合は「子どもの頃は、どんな番組が好きだったんですか?」と聞くと、張り切って語り始めるでしょう。ご面倒をおかけして恐縮です。
「部屋にテレビがない」という話は、もしそうならどんどんしてください。「最近の若者らしいエピソード」ということで、それなりに盛り上がるでしょう。一部の昭和人間は、得意気に「今はテレビがなくても、スマホやパソコンでテレビ番組が見られるからね」という微妙にピントがズレた話をしてくるかもしれません。テレビ番組を見る気がそもそもないとしても、そこは訂正すると面倒なのでスルーがオススメです。
ただ「ニュースはネットで見れば十分ですから」というセリフは危険。「テレビのニュースなんて偏向してますから」というセリフは、もっと危険。そういう一面も確かにありますけど、昭和人間は「ネットから得られる情報の狭さや偏り具合に比べたら、テレビニュースのほうがはるかにマシ」と信じています。即座に「こいつは情報リテラシーが低い残念なヤツ」というレッテルを貼るでしょう。ま、昭和人間だって主にネットでニュースを見ているので、目くそ鼻くそではありますが。
かつての輝きは失ったとしても、見たい気持ちや生活の中での必要性は薄れたとしても、テレビに育ててもらった昭和人間としては、テレビと縁を切るわけにはいきません。さらに輝きを失ってしまうのか、あるいは奇跡的に盛り返すのか、目の黒いうちはしっかり見届けるのが元テレビっ子としての使命です。せめてもの恩返しのつもりで、具体的には何の力にもなりませんけど、心の中でエールを送り続けましょう。
- テレビから受けた恩に感謝する気持ちは持ち続けたい
- 今のテレビの悪口を言って悦に入るのははしたない
- 若者にテレビを否定されると昭和人間はカチンとくる
文/石原壮一郎
