「昭和」が終わって三十数年。あなた自身が「昭和人間」の場合も、身近な「昭和人間」についても、取り扱い方にはちょっとしたコツが必要です。「昭和人間」ならではの持ち味や真価を存分に発揮したりさせたり、インストールされているOSの弱点をカバーしたりするために、有効で安全なトリセツを考えてみましょう。今回は昭和人間にとって意外な落とし穴が潜んでいる「平成ワード」について。
50代や60代の昭和人間にとって、平成時代は「ついこのあいだ」です。しかし、平成生まれの若者にとってはどうでしょう。たとえば2004年時点で30歳の若者にとっての平成20(2008)年は、自分がまだ中学生だった「はるか昔」です。16年前なので、これまでの人生の半分以上を遡らなければなりません。
ちなみに平成20年の流行語には、エド・はるみの「グ~!」や北島康介の「なんも言えねー」、はるな愛の「言うよね~」などがあります。5年後の平成25年の流行語は、林修の「今でしょ!」、滝川クリステルの「お・も・て・な・し」、ドラマ『あまちゃん』の「じぇじぇじぇ」など。
昭和人間から見ると、平成25年組の「今でしょ!」や「じぇじぇじぇ」は、ちょっと前に覚えた言葉という感覚です。どうかすると、平成20年組の「言うよね~」や「なんも言えねー」も、「まだ大丈夫」と思いつつ使ってしまいかねません。
いや、もちろん昭和人間も、それらが「過去の流行語」であるのは百も承知です。しかし、「ガチョーン」や「許してちょんまげ」といった「昭和ワード」とは、かなり意識が違うかも。「昭和ワード」は、あくまで「大昔の言葉」という前提で、「あえて使わせていただきます」という謙虚なスタンスで繰り出します。
しかし「平成ワード」に対しては、そこまでの謙虚さや慎重さはありません。冷蔵庫にあった卵の賞味期限が数日過ぎていても、「まだ大丈夫かな」と思いながら使ってしまうのと似た感覚でしょうか。卵はたぶん問題ありませんが、不用意に繰り出される「平成ワード」は、その場に緊張感が走るといった小さな惨事を引き起こしかねません。
使用にくれぐれも気を付けたい5つの「平成ワード」
「そんなこといちいち気にしていられるか!」と言い切れる強さを持った人は、そのまま突き進んでください。若者のみなさんがたくさんいる場で、新しめの言い回しをしたつもりで「平成ワード」を使って相手が反応に困っても、笑ってもらうつもりで「平成ワード」を使って相手に気をつかわせても、具体的に問題が生じるわけではありません。
いっぽうで「心の中で『やれやれ、これだから昭和人間は』と思われたくない」という気持ちがある人もいるでしょう。「平成ワード」云々に限らず、自分が使う言葉の選び方に慎重になることは、円滑なコミュニケーションの基本です。気が済むまで気にしましょう。「気にしてられるか!」と言い切れる強さと、自分の言葉を受け取る相手の気持ちを考えない無神経さとは紙一重……というか同じことです。
「あえて面白がりながら『平成ワード』を使うのはまだしも、うっかり今の言葉のつもりで使わないように気を付けたい」という方のために、例文込みで「昭和人間が使うと危険な5つの『平成ワード』」をあげてみましょう。当然ですが、ほんの一例です。
(「だ・よ・ね~」は平成7年の流行語。EASTEND×YURIのヒット曲『DA・YO・NE』から生まれた。続いて発売された『MAICCA~まいっか』もヒット)
(「最高で○○、最低でも○○」は平成12年の流行語。柔道の田村亮子がシドニー五輪の際に「最高で金、最低でも金」と意気込みを語った)
(「ちょい不良(ワル)オヤジ」は平成17年の流行語。中年男性向けの雑誌『LEON』が発信源。同誌は「ちょいモテオヤジ」も提唱したが浸透度はいまいちだった)
(「どんだけぇ~!」は平成19年の流行語。タレントのIKKOが発信源。IKKO自身は今も使い続けているが、本人が使うのと他人が使うのとは意味合いが違う)
(平成22年の流行語。ジャーナリストの池上彰がテレビ番組などで繰り出すセリフ。本当に「いい質問」のときにも使えるし、考える時間を稼ぎたいときにも使える)
説明文にある「平成○年の」は、もっとも流行したと思われる時期を指しています。「もっと前からある」「流行ったのはその年だけじゃない」など、存分に突っ込んでください。
「地球にやさしい」「価格破壊」「マイブーム」「リベンジ」「カリスマ」「ワタシ的には」なども平成の前半に流行語になった言葉。その後広く定着したので、使っても微妙な古さを醸し出すことはありません。平成の後半に流行語になった「自己責任」「想定内」「ググる」「婚活」「パワースポット」「マウンティング」なども同様。このへんの全般的に意識が高めな言葉を積極的に使いたいかどうかは、また別の話ですが。
「マッチングアプリは怪しい」も平成の刷り込み
気を付けたいのは「ワード」だけではありません。昭和人間は平成の頃に刷り込まれた「新しい価値観や常識」が、令和の今も「スタンダード」だと思う癖があります。
平成の前半に「就職氷河期」が大きく話題になった影響で、「若者が就職するのはたいへんだ。新入社員は狭き門を通り抜けてきた際立って優秀な人材だ」と認識し続けているケースは少なくありません。必ずしも間違いではないかもしれませんが、就職状況が大きく変わっている今、それだけだと多くのことを見誤りそうです。少なくとも、今の若者には「正社員の座をつかみ取った自分は特別な存在だ」という思いはないでしょう。
昭和人間が仕事でメールを広く使い始めたのは、平成の中頃でした。当時、上司や先輩からたたき込まれた「メールよりも電話のほうが丁寧だ」「メールでお詫びをするなんて失礼極まりない」といった認識は、もはや完全に時代遅れ。しかし、メールと出合った初期に刷り込まれた「常識」を上書きするには、それなりの自覚と気合いが必要です。
男女関係のあり方も、大きく変わりました。「アッシー」「メッシー」という言葉が流行した平成初期は、「男性は女性に徹底的に尽くす」というアプローチが良しとされていました。今よりもはるかに根深い男女差別が存在していた時代ですが、そこからは目をそらしつつ、男女とも「お姫様と家来ごっこ」を楽しんでいた節があります。しかし、今の若者には、そんな茶番に費やすエネルギーも暇も懐の余裕もありません。
昭和人間は「マッチングアプリ」のことも激しく誤解しています。たしかに、平成の頃の「出会い系サイト」は、いかがわしい要素が詰まりまくっていて、出会ったきっかけとして大っぴらに発表できるものではありませんでした。しかし昨今、若いカップルが「きっかけはマッチングアプリです」と言うのは、かつて昭和人間が「きっかけは友だちの紹介です」と言っていたのと同じぐらい一般的になっています。
若者の皆さんにとっては、昭和人間が的外れなコメントやアドバイスをしても、「いつものこと」という認識でしょう。ただ、昭和人間が過ごしてきた時代背景に少しだけ思いを馳せる癖を付けると、やがて自分が50代60代になったときに、若者から「だから平成生まれは」とウンザリされる事態を少しは予防できるかも。ま、そんな先のこと言われてもピンとこないですよね。自分たちもそうでした。広い意味では同じ宿命を抱えた似たもの同士ってことで、引き続きよろしくお願いします。
- 「平成はついこのあいだ」という認識が惨事を引き起こす
- 平成の頃に出合った言葉や価値観は、もはや古びている
- 昭和人間の時代背景に思いを馳せると少し寛大になれる
文/石原壮一郎
