多様性が叫ばれ、コンプラが重視される現代。ただ、それを意識するあまり、職場でもなかなか本音のコミュニケーションができないといった側面も。昭和時代はどうだったのでしょうか? ややこしくもデリケートな昭和人間の生態を描いた新刊『 昭和人間のトリセツ 』著者の石原壮一郎さんにうかがいました。

居酒屋でのけんかが日常茶飯事だったバブル時代

 日本中が好景気に沸いていたバブル期、私は20代半ばの社会人でした。『QA』(平凡社)という月刊誌で編集の仕事をしていましたが、まあまあ貧乏な編集部でしたから、バブルの華やかさとはまるで無縁でしたね。

 ただ、当時を振り返ると、周りには「怪しいおじさん」がたくさんいました。「今度こういう事業をやるから一緒にやらないか? 大丈夫、今の会社に勤めながら1日数時間だけ手伝いに来てくれればいいからさ」などとオイシイ話を持ちかけて、「やってもらう以上は『出資』してもらわないとね」と。もちろんそんなお金はないのでフェイドアウトしましたが、うさんくさいビジネスの誘いが、あちこちで飛び交っていた時代でした。

 職場にも、いろんな「変な人」が溢れていました。社会人として当たり前のマナーができていない人、コミュニケーション能力が極端に低い人、徹夜明けで床に転がっている人、飲み会の時だけ張り切る宴会部長……、社会性ゼロの人も個性の強い一匹狼も、職場で同じように働いていたんです。学校の先生にしても、今の時代ならPTAでつるし上げを食らってクビに追い込まれそうな先生もいっぱい。それでも生徒に愛されていたりと、ある意味、多種多様な人が共存していました。

 酒の席でしばしば起こるけんかも日常茶飯事でした。軽い口げんかから殴り合いまで。なかには女性同士でつかみ合いをしている場面に出くわすこともありました。昭和の日本は、野蛮だったんです。

 ただ、けんかしたからといって、完全な決裂というわけではありません。しばらくしたら、また仲良く笑い合って一緒に飲んでいたりするのです。昭和の人間関係は、そうしてぶつかり合いながらお互いを理解し、親交を深めていくようなところがありました。けんかがひとつのコミュニケーションとして成り立っていたのでしょう。人間関係の修復が比較的容易だから、人とぶつかることを必要以上に恐れないし、良くも悪くも感情をあらわにすることに、さほど抵抗がなかった。その間をつなぐものとして、「お酒」が大事な役割を担っていたように思います。

 今では、一度のけんかはすなわち「関係の決裂」につながりますよね。人前で感情をあらわにすることはよくないことであり、「大人ならきちんとコントロールすべき」という風潮を感じます。意見がすれ違い、感情を害したときでもグッと気持ちを抑えてにっこり微笑み、「君には君の考えがあるからね」なんて物わかりの良い人物を演じなくてはいけません。これって健全だと言えるのだろうかと、どこか疑問に感じてしまうのも正直なところです。

前期昭和人間は地雷のありかに気づかない

 昭和は、コンプライアンスもあってないような時代でした。風向きが急に変わったのは、ここ数年のことではないでしょうか。それまでは、テレビでも芸人の容姿いじりや独身いじりが普通にあり、身近なところでも、未婚の男女に対して「そんなことだから結婚できないんだよ」などと面と向かって失礼なことを言う昭和人間も少なくありませんでした。

 言われた側もある程度「受け流す」ことに慣れていて、「やれやれ、またおじさんがなんか言ってるよ」くらいでスルーしていたケースも多かったと思うんです。

 もちろん、それが良いと言うつもりはありません。当時だって、平気でスルーしているかのように見せかけて、実は深く傷ついていた人だってたくさんいたことでしょう。人それぞれ立場や生き方があるという認識が広がって、こっそり傷つく人が減ったとしたら、変化したのは間違いなく良いことです。

「正直、自分の発言のどこがコンプラ違反なのか、ピンと来ていない前期昭和人間は少なくないでしょう」
「正直、自分の発言のどこがコンプラ違反なのか、ピンと来ていない前期昭和人間は少なくないでしょう」
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 ただ、「髪切った?」と女性に聞いただけでセクハラと言われてしまうような、行き過ぎた今のコンプラ社会に対しては、一部の昭和人間は息苦しさを感じているのも確かです。「気を付けなくてはいけない」ことは理解しているけれど、「自分の発言の何がコンプラ違反に該当するのか」ピンと来ていないんですね。とくに、前期昭和人間は。


 昨今の「昭和な感覚は悪だからたたいていい」という風潮にも違和感を覚えます。もちろん我々昭和人間には直したほうがいい所がいっぱいありますが、なんでもかんでも「それは不適切」「コンプラ的に問題がある」「ハラスメントだ」と目の色変えてたたく側にも、果たして正義はあるのかと考えてしまいます。

 コンプラは社会で生きる人々が楽になるためにあるはずなのに、まるでコンプラ自体が目的化しているように見えてしまいます。鵜の目鷹の目でターゲットを探しだし、みんなで一斉に批判する。果たしてそれが、私たちの幸せにつながるのだろうか、生きやすい社会になっているのだろうかと思えてなりません。

おばさん呼びはNGなのに、おじさんはなぜOK?

 2023年に『 失礼な一言 』(新潮新書)という本を出しましたが、この本の裏テーマは「失礼なことを言わなければ人間関係は深まらない」というところにありました。失礼なことを言ったり、言われたりすることは、人間関係のコミュニケーションの中では、ある意味避けられないことでもあります。それなのに、「分かりやすい悪者」だけを見つけて攻撃するのは、いかがなものだろうと思います。

 例えば、「容姿いじり」について攻撃する割には、おじさんの容姿については、「いじってOK」のようなノリがありますよね。「おばさん」呼びはタブーなのに、「おじさん」呼びは問題視されない。いや、怒っているわけではないんです。個人的には、おじさん呼びで構いませんし、ネタにしていじってくれても全然OK。ただ、腑に落ちないのは、こちら(おじさん)から同じことはできないということ。それってやっぱり「フェアと呼べないのでは?」と思うわけです。

 タブーばかりが増え、どこに地雷があるか分からない。怖がりながらビクビクして人と接することで、コミュニケーション力がどんどん低下しているような気がします。それは巡り巡って少子化の原因のひとつにもなっている気がします。なんて言うと「何でもかんでも少子化を嘆く話につなげるのは昭和的な発想だ」とお叱りを受けそうですが。

昭和人間は白でも黒でもなくグレーが好き

 令和の社会では、人にせよ価値観にせよ「敵」か「味方」のどちらかに分けがちですよね。分かっている人とそうではない人、白か黒か、みたいな。それに比べると、昭和人間はもう少し曖昧で、白でも黒でもなく、「グレー」が好きでした。大体のことは、「どっちでもいいんじゃない?」と考えて生きてきた気がします。

 それは、昭和の時代に漂っていた独特の「緩さ」が生みだしたものかもしれません。失敗にも割と寛容で、酔っぱらって羽目を外したり、仕事で大きめのミスをしたり、そんなことがあっても「バカだなあ」と笑われたり一時叱られたりするだけで、必要以上に責められたり居場所がなくなってしまうようなことはなかった気がします。多少の「やらかし」には目をつぶるような「緩さ」があって、「一発アウト」とはならなかったし、敗者復活戦のチャンスもあった。どんな人でも受け入れるような懐の深さがあった時代だったとも思います。

 懐が深い時代だったのは、きっと多くの人のあいだで「人間は完璧ではない。自分だって失敗もするし間違えることもある」という大前提が共有されていたから。「多様性」を叫びながら、正論や建前で他人を型にはめようとする滑稽な構図になっている現代より、実は昭和のほうが、ある意味、多様性が受け入れられていたかもしれません。なんとも皮肉なことです。

 現代に生きる人たちにとって必要なのは、人に対してもう少しおおらかな目を向けるスキルではないでしょうか。そんなに他人に対して完璧を求め、重箱の隅をほじくるようにあら探しばかりしていると、結局は、自分にとっても誰にとっても生きづらい世の中になってしまうと思うんです。もうちょっとバランスよくやれないもんか、世代を超えてみんなで考えたいですよね。

取材・文/西尾英子  写真/鈴木愛子

日経プレミアシリーズ『 昭和人間のトリセツ
ややこしくもデリケートな「昭和生まれ」の深淵に切り込む本邦初? の書籍

なぜ10年前の出来事を最近のことのように語ってしまうのか? LINEが無意味に長文になる理由は? ――仕事観やジェンダー観など多様な切り口から「昭和生まれの人間」の不可解な生態に肉薄し、その恥部をも詳らかにする日本初の書籍。「【注】知っておかなくても構わない昭和・平成用語集」も収録。

石原壮一郎著/日本経済新聞出版/990円(税込み)